眠れる夜の調べ



 夢を見た、きれいな音色がわたしの世界を包む。優しい音楽に身を委ねていると、心地よくて起きたくなくてそのまま夢の中を漂い続ける。ふわふわした感覚、そしてどこか懐かしい記憶の引き出しを一つずつ丁寧に開いていく。
 放課後、夕暮れの赤い光が差し込む窓際に座っていた誰か。わたしが見ていることに気づかずに本を読み続けている、その横顔をずっと見ていたくて寝たフリをしていた。逆光で顔が見えないはずなのに輪郭だけはっきりと目に映る。
 わたしは知っている。こうして時計の音と本を捲る音だけがするこの時間がとても心地よいことを。
 何気ないこの時間がとても幸せであると知っている。
 まどろみは再び訪れる。赤い光が徐々に黒い世界へと消えていく。
 音が響く世界、聴覚だけの世界。
 ぺら、と捲れる本のページ。
 こち、と動く針の音。
 ぺら。こち、こち、こち、こち、こち、こち、こち、こち、こち、こち、ぺら。
 どこまでも続いていく、音と音の重なり。
 懐かしいこの音、わたしは知っている。もう目は開かないけれど、あの窓際に座っていた人物をわたしは良く知っている。大好きだった人だ。
 うつらうつらと、温かくて心地良い感覚がおだやかな波のようにやってくる。
 わたしは夢の中で更に夢へと落ちていった。

 ふと目覚めて壁とにらめっこした時にまどろみの穏やかさは消えていた。
 切なくなって、布団をかけ直してもう一度眠りにつこうとする。寒くないように身体を子供のように丸めようとしてふと気づく。
 布団が暖かい。
 自分の分の体温だけではない。そして夢の夕日が鮮烈すぎて始めは気づかなかったがぼうっとオレンジ色が目に入る。
 スタンドライトの灯りだと気づいて、ゆっくりと反転する。
 夢で見たのとは逆に座っている横顔がすぐそばで本を読んでいた。
 家でしか見せない、コンタクトを外したときの姿で。
 手を伸ばせば触れることすら出来る距離で。
 わたしが動いたことで彼の視線がわたしに変わる。目を合わせることが出来て、わたしは胸が詰まった。

 どうして。

「起こしてしまったか、すまない」
 本を閉じてサイドテーブルへ乗せる彼、わたしは首を振って笑った。
「帰ってくるのは明日じゃなかった?」
 忙しい彼は世界中を飛び回り、家に帰ってくるのは稀だ、だから今日もわたしは一人で眠っていたのに。
「一日早く切り上げられたんだ、連絡をすれば良かったんだが時間も遅かったから」
 こんな突然だったらいくらでも大歓迎である。起きたときに誰かいることの安心感を久々に感じた。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
 大好きな笑顔が零れる、わたしは幸せに満ちた、あの夢の意味を知ってなおさら。
 夢で逢えた幸せより心も身体もこんなにも幸せに満ちている。
 暖をとりたくてほんの彼に身を寄せる。スタンドライトを消して、布団の中に潜り込んだ彼の手を取り自分のそれを絡ませた。布団から出ていた彼の手は少し冷たかった。
「夢を見たの、昔の夢。まだ高校生だった頃の夢よ」
 絡んだ手を握り返す指先はとてもきれいで、わたしはもっと触れたくてついと胸の前へ手を伸ばす。
「怖い夢?」
 絡めていない手で、心配そうにわたしの頬に触れる彼に心配しないようにと微笑む。
 たずねられた言葉に首を振って否定し、囁くように小声で話した。
「幸せな夢」
 あの頃と変わりない、そばに居る幸せは今もなおここにある。
 わたしはこの幸せを失くしていない、まだちゃんと持っている。なら良かったと告げた彼と繋いだ手とは逆の手で、わたしの頬を包み込んでいる手を更に包み込んだ。こんな風に撫でられるのもずいぶんと昔のことのように感じる。
 おやすみと告げ合い、そのまま襲いくるまどろみに身を任せて、眠りについた。
 大好きだった人は、今もそばにいる。だけど、情熱に身を任せていたあの頃は好きの気持ちが多くて折れてしまいそうなこともあったけれど、それは形を変えて今もゆっくりと育んでいる。
 愛する意味を教えてくれて、そばで眠ることを許される今が大切なのだ。
 真っ黒な視界、目に映るものは何もないけれど夢の奥から聞こえてきたヴァイオリンの音色がわたしの心を引き寄せた。





 とうとうやっちゃいました。作るまいと思ってたのに、どこかの某ゲーム会社に踊らされて、新しく部屋まで作っちゃいましたよ;;花宵ですら一話しか更新していないっていうのに;
 雰囲気で伝えるぜ小説です。小説っていうか、小話ですね。分量的に;;でも最初にケータイで書いたからしょうがないんですよとか言い訳してみる(ェ)

   20071224  七夜月

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