You are so beautiful to me. 駅前で待ち合わせ、一時間以上早くついてしまったので、わたしはブラブラとその辺を見てまわる。 続々と集まる仲間たち、懐かしい顔ぶれに頬が緩む。特に、 「せっかくのイブを恋人と過ごすことの出来ない可哀想などこかの誰かのために来てやったんだ。感謝しろよ」 柚木先輩の黒さは健在のようで、会って早々毒を吐かれた。でもそれすら懐かしいと感じてしまってわたしはふふっと笑いを漏らす。すると柚木先輩は肩をすくめて「変なやつだな」と眉を顰めた。 点呼を取るのは天羽さんだった。 「全員いるー?よし、しゅっぱーつ!」 天羽さんの言葉にわたしは人数を数えなおす、左から柚木先輩、火原先輩、志水くんに加地くん、そして冬海ちゃんと天羽さんにわたし。 「ねえ、土浦くんは?」 「ああ、少し遅れてくるって連絡があったんだ。だから先に行っててくれって」 天羽さんは思い出したようにそういったので、わたしも納得した。 海沿いはやはり風が強く吹く。寒い寒いと言い合いながら、昼間はそれでも太陽の光で暖かかったけど、日が沈んで夜になるにつれてやはり寒さはひどくなっていった。手袋をしているとはいえ、手に息を吹きかけると息が白く空に溶ける。 さすがにクリスマスだ。そこかしこでイベントが行われていて、特設ステージの組まれた場所もある。 「寒いね、日野さんこれどうぞ」 「あっ、ありがとう!」 加地くんが差し出してくれたのは白い紙コップのホットチョコレート。甘さが体中に染み渡り、わたしは思い出し笑いをしてしまった。 「日野ちゃん、楽しそうだね。どうかした? あ、それホットチョコレートだ!俺も飲む!」 わたしの笑顔に気づいた火原先輩が、更にわたしの手にあるホットチョコレートを見て、すぐに売店のほうへと走っていく。 「言ってくれれば分けたのに……」 「いや、さすがにそれはマズイでしょ」 わたしの発言に天羽さんが苦笑しているが、その意味が解らなくてわたしは首をかしげる。 「で、なんで笑ってたの?」 「え、ああ……別にたいしたことじゃないんだよ。ほら、月森くんって甘いもの苦手でしょ? いつもコーヒーや紅茶ばかり飲んでたなあって思って。でも、前にケーキを一緒に作ったことがあってね、それだけは食べてくれたの」 一緒に作った思い出の一つ。ケーキ作りをお願いしたら、彼は驚いていたけれど一緒に作ってくれた。とはいえ、料理のまったく出来ない彼にしてもらったことはほんの少しだけど、味だってお店で出せるようなものなんて作れなかった。なのに、あのケーキだけは「おいしい」といってくれて残さずに食べてくれた。 無理して食べなくて良いよって言ったのに、無理じゃないと言いながら結局食べてくれたから、わたしもすごく嬉しかった。本当は無理していたのかもしれない、だけど彼はわたしを傷つけまいと不器用に優しかったからそれを言葉にすることはなかった。 思い出が甦る。ケーキ作りの帰り道、ほんの少しだけ人気の無いところで手を繋いで帰った。お互いに手袋をしていたけど、それでも彼の体温が……。 「あれ……?」 「日野ちゃん?」 「ううん、なんでもない」 わたしは首を振った、今は寒いから意識が全部そちらへ向いてしまって思い出が途切れてしまうのだ。 天羽さんに笑って見せてから、わたしは残りのホットチョコレートを飲み干した。 甘いはずのホットチョコレートなのに、苦味を感じたのはどうしてだろう。 傷つけないようにと、言葉を選んでわたしに話しかけてくれていた。 不器用な彼は嘘をつくことも下手で、なのにやっぱり懲りずに優しい嘘をつくのだ。 何度も何度もぶつかっていたあのとき、彼はまっすぐにわたしを見ていてくれた。言葉を選ぶようになってからも、その姿勢だけはずっと変わらずに、まっすぐな瞳で見続けてくれた。音楽に対する情熱と同じように、わたしへの想いも音楽に乗せてまっすぐにくれていた。 彼と合わせる音が何よりそれを証明してくれていたんだ。 思い出の彼の音は綺麗な音色を奏で続けていくだろう、これからもそれは間違いなく続く。そして、本物の彼の音はもっとずっと素敵な音へと変わっていく。変わらない音と変わる音、どちらも彼の音なのだろう。違いはわたしがそばにあり続けることが出来たか出来ないか、ただそれだけ。 クリスマスキャンドルがたくさん並んだ駅前には、もう点灯式を終えて人々が思い思いの願いを込めて火を灯していた。 土浦くんと連絡を取っていた天羽さんが戻ってくるまで、わたしはその火をみつめていた。そんなわたしに話しかけてくれたのは冬海ちゃん。 「日野先輩…あの、これ……日野先輩の分です」 「ありがとう、冬海ちゃん」 冬海ちゃんが差し出してくれたのは白いキャンドル。文字が書けるようにとマジックも一緒に借りてきてくれた冬海ちゃんは鼻を少し赤くしていた。やはり寒さが堪えているのだろう。隣で志水くんが「願い事……もっと、チェロの音が響いて、僕の音が見つかりますように」と口にしながら真剣に書いている。 「冬海ちゃんは?願い事はもう決まった」 「はい…あの、先輩は?」 「わたし? わたしはまだ……願い事っていっても、急には思いつかなくて」 「あの、その、余計なことだったらごめんなさい。…月森先輩に会えるように…願ったりはしないんですか?」 冬海ちゃんの言葉に思わずきょとんとしてしまったが、それには首を横に振る。 「月森くんがこちらに戻ってくるのが、負担になってしまうならそれは願えないよ。だから、会えるようにじゃなくて、わたしから会いに行くその日まではそれは願わない」 「そう、なんですか…?」 不思議そうな顔をしている冬海ちゃんに、わたしは説得する言葉を捜して邂逅する。 彼が望んだのは、音楽。その道にわたしが一直線で乗ることは出来ないけれど、いつか交わることが出来たらとは考えてる。彼に一から教えてもらったヴァイオリンの基礎、ちゃんと覚えている。最初は触れ合うことでドキドキしたけど、徐々にそれすらなくなって彼の鼓動が……。 「あ、れ?」 みしり、と心が嫌な音を立てた。 「日野先輩?」 さっきからそうだ、ずっと思い出そうとしていると心が悲鳴を上げる。まるで、これ以上考えてはいけないというように。 どうして、思い出を辿ることくらいわけないものだったはずだ。 「あーもう! 土浦くん遅い!」 電話を切ってやってきた天羽さんは、わたしと冬海ちゃんを見るなりくどくどと文句を言った。 「まったくもう、時間になっちゃうじゃないの。何やってんだか」 「時間……? これ、時間制限あった?」 「え? あ、ああ。あるよ、一応ね」 天羽さんはハッとしたように頷き返して、冬海ちゃんからわたしと同じようにキャンドルを受け取っていた。 みんなの願いが込められたキャンドルがどんどん置かれていく。 わたしはというと、結局何も思いつかなくてみんなが幸せになれるようにそう曖昧な表現でしか願いを表せられなかった。 今頃きっと、彼はいつもと変わらずに演奏をしているのだろう。 どこでどんな演奏をしているのかはわからない、けれど彼の音が今もこの世界のどこかで響いていると思うとわたしは幸せな気持ちになれる。 彼の音がどこまでも遠く、遠くに伸びていく。それはいつか、世界中に満たされて彼の音で幸せになる人がいっぱい増えるだろう。 ねえ、教えて欲しいの。今日というこの日を、どんな気持ちで弾いているの。彼の音を聞いた人間が幸せになるように願って? 月森くん、どんな気持ちで弾いている? 楽しい時間はすぐに過ぎ去る。様々なキャンドルを見て、わたしたちはそれぞれ帰宅しようかという話になったとき。 「え、帰るってまだ早いよ!」 天羽さんと火原先輩がストップをかけた。 「日野ちゃん、用事があるの?」 「いえ、そんなことはないですけど」 「だったらさ、もう少しだけ見ていこうよ」 二人が目配せしながら話すのを見て、わたしは納得してしまった。そうか、気を使わせてしまっているんだ。わたしが寂しくないように、少しでも長くみんなと居られるように、彼らはわたしを心配してくれている。 孤独にならないように。 でもそんなのは大丈夫だ、わたしは孤独じゃない。ちゃんと彼のことが記憶に残っている。二年前のあの日、思いを告げてくれた彼に喜びで幸せに満ち足りていたあの日。 初めて彼と抱擁を交わした。 雪の降るあの夜、寒さなんか感じないほど彼は……。 あ た た か か っ た ? 「…………」 「日野先輩……?」 心配してくれる冬海ちゃんの言葉に、わたしは返すことが出来なかった。 だって、気づいてしまったのだ。 わたしは彼を忘れていない、彼の声も彼の奏でる音も、彼自身の言葉もちゃんと覚えている、何一つ色あせてなんか無い。けど。 「もう……覚えてない」 愕然とした。彼のぬくもりが、もうわからない。彼はいつでも温かかった。でも、温かかったことしかわからない。 どんな風だった?どんな気持ちになった? 彼と抱きしめ合ったとき、どんなことを感じた? わからない、全部わからない。 自分の身体を抱きしめる、でも彼のぬくもりが再現できることもなく、わたしは海風に凍えるだけ。 離れていても大丈夫だと思っていた、だってリアルに満ちた彼のことを思い出せると思っていたから。そばに彼が居る、そんなような気持ちになれていたから。けど、それはもう出来ない。 だって、一番大切な彼の温度をわたしは忘れてしまった。 「ねえ、日野ちゃん。どうしたの、大丈夫? 寒い?」 わたしの中にいるのはただの思い出の月森くん。今の月森くんはどこにも居ない、わたしはそれに気づいてはいけなかった。だって気づいたら最後、立ってられなくなること薄々感じていたから。 会えない距離がこんなにも辛いものだと、解っていたからこそ自分自身に鍵をかけた。会えなくても大丈夫なように、思い出という鎧で身を固めてずっと守ってきた。心が壊れてしまわないように、会えなくても大丈夫だって思い続けている。 天羽さんの手が、わたしの肩に触れた。 それは紛れもなく、人間の温かさ。人間が生きている何よりの証で、わたしの記憶で消えてしまった部分。 周囲を困らせることが解っていたのに、もうわたしはわたしを抑えることが出来なかった。 「忘れちゃった……」 気づいてしまったわたしの脆弱な強がりという鎧は壊れ、わたしの脆弱な心がさらされる。冷たい風が直接冷やすのは身体じゃなくて心、イルミネーションの光が段々歪んできて、わたしはそれを止める術を知らずに流した。 「日野さん……」 加地くんの声が耳に響く、当然だろう。いきなり目の前で泣かれたら、わたしだってどうしたらいいかきっとわからない。だけどわたしも止め方がわからない。今までこうならないようにずっと虚勢を張ってきたから、こうなったときどうしたらいいのか輪わからないから。 「もう、わからないの……全部覚えてるつもりだったのに、わたしもう月森くんのぬくもりを覚えてない」 わたしの言わんとすること、全部が全部ごちゃごちゃできっとなんで泣いてるのかもみんなにはわからないんだと思う。けど、説明をどうやってするかなんて考えられなかった。 あると思っていたものがない、それだけでこんなにも世界は冷たかったのだとわたしは悲しくなった。 寒くて寒くて、凍えてしまいそうなこの夜。 みんなの心が一番温かい日だったはずの、この夜に。 「会えなくても大丈夫だと思ってた……だって全部覚えてるつもりだったから。でも、一番大切な彼のぬくもりをわたしは忘れちゃった」 彼と生きてきた、想いあったその証を。 思い出は何も変わらないけど、温かさがないならそれはテレビを見ているのと同じ。声が聞えて姿も見えるけど、それは記憶の一枚を隔てた向こう側の世界。 わたしの大丈夫はもう、届かない世界。 「ごめん、ごめんね。こんなこといきなり言っても困っちゃうよね」 今ここで大泣きしたらもうとめられない。わたしは無理やりでも目元を擦って、笑った。 「日野ちゃん、大丈夫だから。泣いていいんだよ。本当のこといっても誰も困ったりしないから」 今のわたしには優しすぎるその言葉は、わたしの心を素直にさせた。 「会いたい」 その願いは自然と言葉として出てきた。願ってはいけないことだと知っていたはずなのに、わたしは口にだしてしまった。 「会いたい…少しでいいから、彼の温もりを今度こそ覚えておくの。そうしたらまた、わたしは頑張れるから」 天羽さんがわたしを抱きしめてくれる。止まらない涙を覆い隠すように、強く力を入れてくれる。 すると、空気を震わすように加地くんのケータイが鳴った。 「土浦だ。ちょっとごめん、もしもし? あ、間に合った? 本当に?良かった…うん、わかった」 「良かった……土浦先輩、来たんですね」 「本当だね、志水くん…あの、天羽先輩」 「そうだね、じゃあそろそろ行こうか、日野ちゃん立てる?」 天羽さんに促されて、わたしは頷きつつ立ち上がる。泣きすぎてふらつく足を支えてくれたのは、微笑んで腕を支えてくれた冬海ちゃんだった。 周りを見れば、みんなそれぞれ心配そうな顔つきでこっちを見ている。天羽さんの後を歩き出すと、隣にやってきた柚木先輩がわたしの頭を小突いた。 「お前ごときが一人で頑張ること自体、無駄なんだよ」 「でも、頑張らないと」 「一人で立てなくなったら、支えてくれる人間を頼ればいい。半人前なんだからな」 柚木先輩の言葉は重くて、何より胸を打つ。こうやって、この人なりにわたしを理解し、支えてくれようとしているのだ。 わたしは恵まれている、一人で立てなくても柚木先輩の言うとおり、誰かに助けを求めることが出来るんだ。 幸せなんだと、改めて思った。そして、今夜こうして何も言わずにそばに居てくれるみんなに感謝する。 「さてと、それじゃあみんなお願いね」 天羽さんが立ち止まったのは、広場にある特設ステージの前だった。この時間ともなれば人もまばらで一番前に行くこともたやすい。なんだろうと見ていると、今までわたしの腕を支えてくれていた冬海ちゃんが「先輩、いってきます…あの、頑張りますから」といってわたしから離れた。他のみんなも同様だ。 最後に加地くんが、わたしを見る。 「日野さん、今夜君に最高の夜をプレゼントをするよ。いつも頑張ってる君に、僕たちからのささやかな想いだけど…受け取って欲しいんだ。誰よりも君に、僕たちの思いを届けるからね。だから、忘れちゃダメだよ、君は独りじゃないってこと。そして……月森も君と同じ願いを抱いて、想っているってことを」 加地くんは優しい人、わかってる。大丈夫だよ、思い出したの、わたしが今ここにいられるのはみんなが居てくれるからだって。加地くんはほんの少しだけ崩れた笑顔をしながら他の人たちのあとを追いかけていった。 「日野ちゃんはこっちだよ」 「天羽さん、これって……?」 「ん? いいから、いいから〜!」 幾つか用意された椅子の一つに座って言われたとおり待っていると、ステージ脇にあるテントの中から楽器を手にしたみんなが現れた。そこには今日姿を見せなかった土浦くんの姿もある。もともと用意されていたグランドピアノの前に土浦くんが座り、そしてそのピアノの前に置かれた椅子に志水くんが座って他の人たちは綺麗に並ぶ。 「最近元気のない日野ちゃんに、クリスマスプレゼントだって」 こっそりと耳打ちしてくれた天羽さんの言葉を裏付けるように、火原先輩が一歩前に言うとごほんと咳払いをした。 他の通行人もちらほらと足を止めてステージに注目している。 「えー、本日はクリスマスということもありまして、ささやかながら音楽のプレゼントを皆さんにお届けしたいと思います!今日は聖なる夜です、幸せな人たちはもちろんのこと、元気のない人もきっと元気になるような演奏にするので、良かったら最後まで聞いてください!それじゃ、クリスマスメドレーいきます!」 火原先輩の言葉のあと、演奏が始まった。クリスマスにちなんだ曲のメドレーだけあって、諸人こぞりて・きよしこの夜・赤鼻のサンタクロース、その他数多い曲が流された。楽器を吹いているみんなはそれぞれ楽しそうで、わたしにもそれが伝わってきた。 「土浦くんはね、柚木先輩と一緒にステージ貸してもらえるようにかけあってくれてたんだ。説得は柚木先輩だったんだけど……」 「だから今日来られなかったの?」 「うん、まあね」 演奏の合間を縫ってやっぱりこっそり耳打ちしてくれた天羽さんに謎が一つ解決してわたしは演奏をしてくれた彼らに盛大な拍手を送った。 「それじゃあ、最後の曲です。最後は聖夜にふさわしい曲を贈ります。『アヴェ・マリア』」 『アヴェ・マリア』懐かしい曲のタイトルが出て、思わずヴァイオリンに思いを馳せた。すべての始まりの曲、アヴェ・マリア。わたしと彼が出会って近づくきっかけになった大切な曲。今ここにヴァイオリンがあればと悔やまれる、そうすればわたしもみんなと一緒に参加出来たかもしれないのに。 「特別ゲストと一緒に演奏するので、ちゃーんと見ててね」 火原先輩の伸ばされた指がわたしに向けられる。わたし? わたしが演奏するの? でも、ヴァイオリンを今日は持ってきてない。じゃあ、どういう意味だったんだと思ってステージ脇から入ってくる人物を見たときに、息を吐くことを忘れた。何度も瞬きをしてステージを凝視する。 見間違いじゃ、ない。 「頑張ってる日野ちゃんに、サンタさんがプレゼントだよ」 天羽さんを見たわたしに向かって彼女が言ってくれたのはこれだけ。 二年前に分かれたときより、少し背が伸びた彼がそこに居た。 「つきもりくん」 呆然と呟くわたしを、彼の瞳がまっすぐ捉える。 二年もずっと交わすことの無かった視線。 美しい姿勢で、彼はヴァイオリンを構える。 そして奏でた。思い出の曲を、幾重もの楽器と共に、旋律に乗せて響かせる。 記憶にある彼の音よりずっと綺麗な音。 言葉よりもその姿よりも、彼が居ることを何より強調するその音楽。 彼の音だった。 ずっと触れたかったその音、もう一度そばで聞きたいと願ってしまった音。 その音が今わたしの目の前で演奏されている。 こんな幸せなイヴがあったろうか、サンタさんにもらったクリスマスプレゼント、今までで一番驚かされて嬉しいプレゼントだ。 心の中でわたしも奏でる。それをそっと彼らの演奏に重ねた。 目が合う、それだけで彼もわたしの音を覚えてくれているのだと感じられた。 音を乗せる心地よさが身体に甦って、高揚感のままわたしは曲のクライマックスを迎えた。 一瞬の静寂の後、爆発的な拍手が沸き起こった。いつの間に出来てたのかわからない人だかりが彼らの音楽を聴いて感動したのだろう。 わたしはステージの上に居る月森くんから目が離せなかった。 彼の視線もわたしに向けられたままだった。しばらく、無言で見つめあう。 けれども、先に視線を外したのは彼のほうだった。そして、 「もう一度会ったら、まず初めに何を言おうか、ずっと考えていた」 無言のまま彼の言葉に水差すことなく、聞き続ける。 「けれど、やはり何も思いつかなかった……すまない」 謝る必要は何一つ無いのに、彼は頭を下げた。だから、わたしは首を横に振る。言葉よりももう、大切なものはもらっている。ありがとうとこちらがお礼を述べなければならないのに、だけど彼がまだ考えあぐねているからわたしは彼をもう一度見つめた。 「思いつかなかったけれど、やはりこれは言わせてほしい」 再び目が合う。今まで無表情だった彼に浮かんだ微笑。 「ただいま……香穂子」 ただいまと、彼は言った。わたしの元に戻ってきたとそう言ってくれている。帰る場所をわたしに選んでくれている。 そしてわたしの名を呼んでくれた。 ありがとうと、伝えたくてでかかった言葉を飲み込んで、わたしは彼に告げた。 「おかえりなさい、月森くん」 彼がただいまと言うたびに、わたしはおかえりと何度も言おう。わたしが彼の場所になるのなら喜んで。 やっと会えた彼にわたしの涙腺はとうとう決壊した。 涙で何も見えない。でも、感覚のすべてが彼を感じている。 おかえりといえる、今ここに言える人が居るから。 せめて嗚咽を漏らすことはやめようと、両手で口を覆う。パイプ椅子を通り越して、地面が溢れる涙で濡らされていった。 きっとわたしが泣くのを何より苦手としていたから、彼はステージの上で内心困ったようにおろおろしているのだろう。 そう思ったら少しおかしくて、月森くんらしいと笑みが浮かぶ。 だから、抱きしめられたときはとても驚いた。人前でカップルのようなことをするのは苦手だと知っていたのだから。 渇望した願いが叶えられる。彼自身を実感して余計に涙が出てしまった。 触れたいと思っていたその身、今この瞬間に触れることが出来た。 忘れてしまったぬくもりを、もう一度記憶と共に喚起する。 現実の彼はとてもあたかかった。この温もりを、また忘れてしまっても、わたしは今度は折れないだろう。 再びであったときに、おかえりと言える喜びを知ることが出来たから。 了 BGMはカノンさんのダイアモンドです。とても良い曲なんですよ!ピアノとヴァイオリンがマッチしてて、素晴らしい! ふわー、幸せで泣けるってすごく幸せなことなんですよねー。わたしはそんな作品が書けたらいいなと想ってるんですけど、ちょっと力を入れすぎちゃった。 関係ないけど、月日←加地はすごく萌えると想うんです。大好物です、大好物!!(ちょ) 有り得ないくらい萌えたので、入れてみました(ェ) 漫画とゲームの設定ごちゃ混ぜです、ごめんなさい(陳謝)あと、自分設定とか追加してごめんなさい。 ケーキとかまんま……げふげふ。 とにもかくにも、メリークリスマスです★ 20071225 七夜月 |