blind summer fish



 いつかきっと追いつけなくなる。
 いつかきっと置いていく。

 そんな二人の決して交わることの無い恐怖は、いつでも二人を取り囲んでいた。
 目隠しをした本音を悟られないように、笑顔でコーティングしたのは寂しさの塊。二人の心は静かに離れていくお互いの距離に、ただ悲しみの想いを乗せることしか出来ない。どうにも出来ない、この距離だけは。月森蓮が彼として生まれ、そして日野香穂子が彼女として生まれる限り、決して変えることが出来ない道なのである。
 好きだよの想いを伝えた日が、二人にとって新たな関係のはじまりであり、残された時間のカウントダウンの開始だった。
 そう。今、香穂子の頬を伝い落ちる涙を拭う蓮は紛れもなくこれから訪れる別れのときに怯えていた。目の前で泣いている少女を、自分はこれから置いて遠い異国へと旅立つ。こうして拭うことすら出来なくなる。本当はこんなにもか弱い少女を、傍で助けてあげることが出来なくなるのだ。
 そして、香穂子は押さえられずにしゃくりを上げながら泣き続ける自分にまた悲しみが募る。心配かけたくない、迷惑かけない。笑顔で見送ろう、自分が出来る唯一の彼の望みだからと、何度も心に決めていたのに。過ぎ行く時間が過ぎれば過ぎるほど、香穂子の心には焦りが生まれてしまった。
 ただ、時計を写真に収めただけだった。綺麗な空と時計がちょうどあったから、ケータイで撮った。夜の6時19分、その時間を切り取った写メに映っているのはその時間だけ。その部分を切り取ったようなこの時間、二人でいっしょにいたことをきっと思い出す。
 そしてはらはらと香穂子の頬に涙が伝ったのだ。
 時を止めておけないことを、漠然と感じていたものが写真という媒体を通して、くっきり形となって現れてしまったのだ。
 自分のケータイに映し出される6時19分は今はもう永遠に消えてしまって、写真すらデータが消えればなくなってしまう。消去ボタン一つでこの時間はすぐにも存在を消滅させてしまうのだ。
 想い出も変わらない。何一つとして時と変わらない。自分の中にある無意識の消去ボタンを押してしまえば想い出はデリートされる。
 いつか、こうして二人で歩いていることすら、香穂子も蓮も忘れてしまうのだろう。幾ら忘れたくないと願っていても、記憶の共有が為されなくなることは自然の摂理だ。忘却というときには必要不可欠な感情は、刃となって二人の心を抉り続ける。忘れられない痛みという形に、変えた刃の切れ味よって。
 香穂子は止めることの出来ない想いを抱えながら涙を流し続ける。
 蓮は留まることの出来ない己に強い決意を秘めながら香穂子の涙を拭い続ける。
「今はまだ、ここにいるから」
 香穂子の頭を引き寄せて自分の胸へと閉じ込める蓮。その蓮に言える言葉はそれだけだった。
「今はまだ、俺はここにいる。香穂子、君を抱きしめられるこの距離に」
 今しか出来ないことだった。今が過ぎれば蓮はいずれ抱きしめることはかなわなくなる。そして、香穂子もそうだった。今しか泣けなかった。彼がいなくなってしまうことで胸が張り裂けそうになるほどの幸せを感じられる今だけが、香穂子の涙となって感情の衝動を突き動かしている。
 幸せだから泣くのだと、香穂子は伝えたかった。幸せすぎるから、泣くのだと。
 だがそれは蓮には届かない。彼の胸に届くのは香穂子が泣いているその声。

 愛が深ければ深いほど、この恋人たちは傷つき続けるのだろう。お互いを思いあうからこそ、お互いの幸せを願ってしまうのだ。それが例え自分の隣に立っていない未来だとしても。相手が笑っていられるのであれば、それが二人の幸せになる。
 それが一つの愛の形となっている。優しい二人の優しい恋の物語は、どこまでもただ優しい嘘と優しい真実によって優しい疵痕がついていく。





 小説書くからBGMなんかないー?と訪ねたところ友人から坂本真綾さんの「blind summer fish」というBGMを勧めてもらい、歌詞がまんま月日じゃんかっ!ということで、月日で書きました(本当は弁望だったんだ、ぜ!)で、本来の弁望(ステップ)のときは別の梶浦YUUKA(略した)のアルバムから選びました。「六月は君の永遠」て奴ですね。機会があったら聴いてみてくださいw

   20080909(初出:20080313)  七夜月
























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