しあわせのあしあと



 踏みしめれば真っ白いキャンバスに二つのあしあと。
 一歩進めばもう一つが後を追うように続く。
 どこまでも続くおいかけっこ、一人で踏みしめれば雪を踏む音も聞えるし、降っている時ほど無音ではない。
 雪が降った翌日の晴れた日はこんなにも綺麗なのかと、感激したほどだ。
 空気が澄んでてどこまでも遠くが見える。
 雲が高くて、空も遠い、そしてずっと続いている白い景色。
 こんな風に普段から真っ白な小高い丘を駆け上がるなんてことめったにないから、嬉しくて犬みたいに駆け巡る。
 冬は寒いけれど、すべてがきらきらしているからわたしは大好き。
 氷が張るから冷たいけど、その氷もきらきらしてる。
 世界が七色の光で反射するのが、冬。
 駆け出した丘を少し走ってから、振り返った。自分の踏んだあしあとが、紛うことなくきちんとついてきている。
 走ってきた軌跡がちゃんと残っている。
 わたしはここまでやってきた。出会うのは少し遅かったけど、ちゃんと出会ってここまで一緒に走ってきた。
 もう一つのあしあとに呼応するように、ちゃんと一緒に歩いたり、走ったり、立ち止まったりしてきた。
 抱えていたヴァイオリンケースを雪の上において、中から自分のヴァイオリンを取り出す。そして、わたしはその弦にそっと想いを乗せた。
 響きだす旋律、出会うのが遅かった、それでも、わたしは今ここにいるから。
 ヴァイオリンが大好き、高校の頃からずっと続けてきた。恋にも似たときめきと、上手くなるたびにヴァイオリンに近づく距離。奏でる旋律、白銀に響き渡って空気に溶けた。
 ここまできた、わたしはようやくここまできた。
 年数にしては長くはない、けれど心持ではずっと待ち望んでいた日々。こうしてためらうことなく全力で想いを奏でられるときを。
 ヴァイオリンがくれた奇跡の魔法はまだ解けずにわたしを包んでくれている。ありがとう、一緒にいるからまだわたしは頑張れるよ。
 いつもそうやって声をかけてきた。励ましてきた。そうしたい目標が、出来たそのときから。
 ヴァイオリンが導いた軌跡と奇跡。
 ようやく一緒に歩けるね。
 スタートラインが一緒じゃなくて構わない。どんなに君が前を歩いていても、わたしはその背中を追いかけ続けるよ。
 走って転んで背が見えなくなっても、土を掴んで必ず立ち上がる。ヴァイオリンが大好きだから。
 ね、大好きだよ。わたし、ヴァイオリンが大好き。
 そう思えたすべてのこと、そして君のことずっと忘れずに来たよ。
 また、会える。それだけを信じて頑張ってきた。
 一曲弾き終えて、ケースにヴァイオリンを戻す。そして、元来た道へと戻る。車を止めてあるから、早く戻らなきゃいけないのに、思わず真っ白な世界を見たら、走り出していた。
 今度は自分が駆け下りている丘を振り返ってみる。すると、そこにあるのは四つのあしあと。今はこれは一人分だけど、きっともう一人分増えるね。
 だってこれからは一緒に歩くんだから、あしあとは二人分になるのだ。
 待ってくれなくてもいい、でも転んだら戻ってきて手を差し伸べてくれるの知ってるから、やっぱりきっとあしあとは二人分。
 やっと会えるね、君の音に。
 やっと伝える、わたしの気持ち。
 忘れなかった、忘れられなかった、君との思い出全部が胸に残ってるって。
 だから、今度こそずっと一緒にいるって。
 目を合わせて、電話なんかじゃなくて、手を触れ合って、ようやく言える。
 心からの大好きと一緒に、音に乗せて今届けるよ。
 だから、もう少し待っててね。
 生まれた国を飛び出したわたし、全部丸ごとあげるから。
 この真っ白い世界のように、わたしのすべて受け止めてね。





 リフレクティアという曲を聞いて思いついた話です。あの曲はとても爽やかでとても綺麗な感じが香穂ちゃんにぴったりだと思います。大好きだ……!全部が大好きだ!

   20081210  七夜月

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