スカイブルーのマフラー 宅配で届けられた品物の差出人は日本に住んでいる彼女。月森はダンボールを丁寧に割れ目に沿ってカッターで切り、中を開いた。そんなに大きくないダンボールには、スカイブルーのマフラーと、15センチ四方の箱。ピンクのその箱は赤いリボンで結ばれており、メッセージカードが添えられている。 「マフラー?……と、これは?」 Happy valentine と英語で書かれたカードにようやく月森はその意図を知る。日本と違って、バレンタインのチョコレートフェアなんてここでは見かけない。だからすっかり忘れていた。もうそんな時期なのかと月日を思わず感じてしまう。 すぐにもりぼんを解いて中を開くと、そこには市販のチョコレートが詰め込まれていた。律儀にも月森にバレンタインを送ってくれたらしい。彼女らしいな、と思わず月森は破顔する。 では、この一緒に入っているマフラーは何だろう、とマフラーを取り出すと、ひらりと何かが落ちた。それは彼女が晴れ着姿で友人と映っている写真だった。バックに映っているのは、月森も良く知る港の風景。正月は天羽や冬海らと初詣に行ったとは聞いていたが、晴れ着を着ていたのは知らなかった。この写真は少し横顔に近く、写真を撮るために撮影したというよりかは、彼女に内緒で撮ったように見える。 そして写真は二枚あった。もう一枚はというと、これは普段着の彼女含め、ちゃんと全員でポーズを撮っているので恐らくは集合写真なのだろう。コンクールメンバーも含まれているので、皆でどこかに出かけたときにでも撮ったのではないかと思う。ああ、そういえば前回のメールで皆と一緒に春節にでかけたとあった。写真も今度送るね、と添えられていたが、これがそうかと納得した。なんとなく裏を見てみたら、そこにはメッセージが書き込まれていた。 『 月森くんへ バレンタイン、届いたかな? なんて、この写真見てるなら、届いているよね。本当は手作りのチョコを贈りたかったんだけど、やっぱりちょっと心配だったので、今回は手編みにしました。そちらはすごく寒いって聞いてます。だから、ちょっと厚めの毛糸を使ってみました。好みが合ったら、使ってくれると嬉しいです。それでは、身体に気をつけて。 あ、そうそう。この写真は前にメールで言ってたものです。皆元気そうでしょう? 月森くんも元気かなって皆心配してるので、写真があったら欲しいなと思います。本当はわたしがいちばん欲しんだけど(笑)、撮る機会があったら送ってください。では、今度こそまたね。 日野香穂子』 彼女が笑っている姿を見られて、月森の胸は温かくなった。写真なんて撮る機会、滅多にない上に、あまり撮られることを好きだとは思わなかったけど、もしそれを彼女が望むなら一枚くらいなら撮ってもいいかと思った。 月森は時刻を確認する。今はまだこの時間だと彼女に迷惑がかかる。だから、あと数時間したら、電話をしようと思った。実際に会えなくても、届いたことのお礼は言いたい。そして、声が聞きたい。マフラーが暖かそうだと、とても嬉しかったと月森はあまり言葉にするのが得意ではないけど、それでも月森の飾らない言葉を彼女は喜んでくれるから。 マフラーを広げて、それを首に巻いてみる。不思議と彼女の温もりを思い出して、やっぱり、暖かいなと月森はそのマフラーに顔をうずめた。 了 オマケ 月森は受話器を耳に当ててコール音が途切れるのを待った。 『はい、もしもし』 「もしもし、香穂子か?」 『月森くん!?』 電話の向こうでは相手が月森と知った瞬間に声のトーンが跳ね上がる。 『どうしたの? 今忙しくないの? 大丈夫?』 「俺から電話をかけたんだ、だから気にしないでくれ。君こそ大丈夫か?」 『全然平気だよ! あ、そっか、もしかしてバレンタイン届いた?』 彼女は嬉しそうに、無邪気に尋ねてくる。月森は頷き、電話じゃ伝わらないと声に出して肯定した。 「ああ、ありがとう。俺の好きな色を覚えていてくれたんだな。ありがたく使わせてもらう」 『ううん、喜んでもらえてよかった! あ、チョコね一応試食して月森くんでも食べられそうな甘さ控えめのにしたから、よかったら食べてね』 「もちろんだ、少し勿体無い気もするが、大事に食べさせてもらう。本当にありがとう」 『どういたしまして。ふふ、良かったあ』 安堵しているのか、笑い声さえも柔らかく月森の耳に心地よく響く。 「あと、写真なんだが……」 『ああ、皆元気そうでしょう?』 「そうだな、だが君の晴れ着姿も綺麗だった」 『…………え?』 きょとんと、戸惑ったような声が聞こえて、月森は補足説明を加えた。 「初詣に行ったんだろう。君に良く似合っていると思う」 『ちょ、ちょっと待って?写真って一枚だけでしょう?』 「二枚入っていたが?」 『うそ!?』 なぜそんなにも驚いているのかわからなかったが、事実は二枚なのでありのままを告げる。 「いや、本当だ。皆で映っているのと、もう一枚。君だけが晴れ着で映っている写真が入っていた」 『ああ! 天羽ちゃんにやられた!』 先ほどとは一変して、嘆き始めた彼女に月森は事情がわからず頭を捻る。 『本当はそれ、送るつもりじゃなかったの。だってまともに撮れてる写真ないんだもん。絶対月森くんには見せられないと思って外したと思ったのに』 「そんなことはない、十分、その…可愛いと思った」 『そ、そうかな? それは嬉しいけど……ありがとう』 電話口で照れてる様子が簡単に想像ついてしまい、何故かその照れが月森にも伝染する。先ほどはあんなに褒められたのに、ただ可愛いというだけなのに、急に言葉が突っかかってしまう。妙な沈黙になってしまって、月森は受話器を握り締める力を弱めた。 「じゃあ、用件はそれだけなんだ。忙しいところすまなかった」 『あっ! ま、待って! 切らないで!』 「どうした?」 『月森くんが大丈夫なら、もう少しだけ話したいと思って……駄目かな』 「……いや、構わない」 メールだけじゃ伝わらない、感情の起伏を声を通して感じられる。それは存在を形作る上でとても大事なこと。ただ声が聞きたい、そんな小さな願いでも叶ってしまえば次が欲しい。もう少し話していたい。そんな気持ちは月森も一緒。 『良かった?。あのね、実はね月森くんにずっと話したかったんだけど……』 そして電話口の彼女は嬉しそうに月森に語りだす。月森がたまに相槌を打ちながら彼女の報告という名のお喋りに耳を傾け続ける。自分が声を発するよりも、彼女の声を聞きたかった。それは彼女のヴァイオリンと同じように、月森の胸をやさしく揺るがすものだから。 了 20101012 七夜月 |