Suppuration



 人を傷つけることはとても簡単で、僕は敵となる者ならためらうことなく斬り捨ててきた。
 文字通り自分の太刀で斬り捨てることもあれば、言葉として相手を切り捨てることもある。僕の場合は面倒だから、前者の方が多かったけど。
 敵に語り合いなんて必要ない、和解なんて要らない。僕は近藤さんのために僕の刀を振り下ろすこと、ためらいなんて何もなかった。
「逃げようとしたら斬るよ?」
 僕の言葉を聞いたその女の子は、今まで浮かべていた笑顔を凍らせた。だから代わりに僕が笑顔になる。その子が逃げ出そうなんて考えてないこと、わかってたけどその言葉は言わなきゃいけないものだ。逃げられたら近藤さんが困る、変若水の研究をしていた綱道さんを探すのに必要なのだ。脅せばすぐにも言うことを聞くだろう。
 そして言葉通り、彼女は言うことを聞いた。心は逸るだろうに大人しく部屋にこもって、時折僕らと顔を合わせて話をして、自分の場所である籠の中へと戻っていく。
 いい子だったんだ。僕はそういう子は好きだ、手間がかからなくて済むし、実際賢いと思う。手荒な真似をすれば僕らも彼女を斬らなきゃいけないし、そんなことしたら多分近藤さんが悲しむ。屯所に女の子の血が流れるのもあまりいい気分じゃないし、僕としては大助かりだ。
 それだけだった。
 他に興味を惹いたことといえば、ちょっと変な子だって認識くらいかな。僕なんて捨て置けばいいのに、池田屋ではわざわざ僕を助けるために手近にあったものを敵に投げるなんて、なかなか肝が据わってる。僕は彼女を脅した側の人間で、結局は彼女にとって敵になるかもしれない相手なのに。
 彼女は僕の周りに度々姿を現した。たまにお転婆が過ぎて立ち聞きなんてこともしてたみたいだけど、でも僕は思うほどに不快には思わなかった。まあ、聞かれた内容が隊の機密とかでなく、僕自身の身体のことだったっていうのもあるけど、僕のことを知られることが嫌じゃなかったんだ。
 あの時君は、僕がいつものように「他の人間に話したら斬るよ」って言っても「沖田さんはそればっかりです」そう言ったまま俯いた。目を伏せた、その瞳の中に光るものを見た気がして僕は気づかれないように目を逸らした。
 君はどうしてあのときに泣いたの? 僕はその答えが知りたい。僕が不治の病って知って僕が死ぬことによる喜びの涙? だったら少し嫌だなあ。そう思われても仕方ないのは解ってるけど、それは少し寂しい。でも、もしそうじゃなくて、ただ純粋に僕を心配してくれたのだったら、僕が死ぬことで悲しいと泣いてくれるのなら、僕はきっと嬉しいと思ったんだろうな。
 気づかされたんだ。何度も君を傷つけて、何度も君を拒絶して、それでも君の心が離れていかないから、僕は君に手を伸ばしたくなった。
 不思議でちょっと変な君の事、守りたいって思ったんだよ。
 だから、使えなくなった僕は要らない。せめて、今この場で出来ること、僕が君を守りたいって思ったこの気持ちだけは貫き通したい。この先がどうなろうとも、僕にとっては今この瞬間が一番大事だって思えるから。
 僕はいきなり目の前に現れた薫の持っている薬に視線を向けた。
「薫さん、どうしてそんなもの持ってるんですか!」
 厳しい中に困惑を宿した君の瞳が、薫へと注がれる。
「沖田さん、駄目です。あれを飲んだらあなたは……!」
 言葉の先はなくても解る。僕は人間ではいられなくなるのだ。敵を切り伏せられない、近藤さんの力にもなれない、そんな人間に価値がなくとも、化け物の自分に価値があるのなら。そこにはやっぱり僕のためらいは何もない。
 僕は手を伸ばしてその薬をあおった。
 彼女の言葉が悲痛に胸を刺す。
 馬鹿だな君は、あんなに傷つけたのに、まだ僕の心配をするなんて。きっとこの薬を僕が手に入れたことで、君は自分を責めるんだろう、それくらいはわかる。でも、僕はそれもいいと思ってるんだ。この場で僕が死んでも、どの道君は自分を責める。だから、君のせいじゃないってそう言える時間が僅かでもあるなら、僕はそうしたい。
 自分の中で何かが暴れだすような苦しみが僕を襲う。彼女の声も聞こえなくなった。視界も揺らいで目の前の情景を止めることすら出来ない。だけど、一瞬だけ見えた光。君が幾度も見せてくれた笑顔が、脳裏に焼きついた。
 彼女は泣いてるはずだ、涙が流れてなくてもその瞳は今にも涙を溢れさそうとしてた、だからこの笑顔が自分の記憶のうちに眠っていたものが呼び起こされたのだと僕は知る。
 こんな時まで、本当に変な子だね。
 僕の心配なんてしなくていい、君が悲しむ必要はないよ。僕は僕自身が選んだこの道を歩いていく。もう決めたんだ。
 飲まない後悔をするよりも飲んで後悔したい。飲めば少なくとも、君が隣にいる時間が増えるかもしれない。こんなところで君がむざむざ殺されるのを見ないで済む。
 今はそれだけの理由でいいんだ。
 揺らいだ視界が徐々に定まってくる、暴れていた薬の力が落ち着いてきた。
 ああ、僕はまた手に入れた。他人を切り伏せられる力、そして今はこの子を守るために振るう。

 僕は眼前に控えた敵に刀を構えた。


 了




 BGM:「Suppuration-core-」(KOTOKO)


   20090119  七夜月

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