雪うさぎ 寒い季節になると雪が降る。千鶴は家の中でも冷え込んできた空気に身震いしながらも、一枚羽織って外に出た。食事の準備は整った。あとは、夫である斎藤一が戻ってくるのを待つだけだ。 彼は時折、千鶴が迎えに来るのを外で待っている。そんな寒いことをせずに、早く家に帰って来ればよいのにと千鶴が首を傾げると、彼は真顔で「お前が迎えに来るのが嬉しい」と言ったのだ。たったそれだけの理由で。と呆れたが、嬉しいと言われたら無碍にはできない。不器用な彼なりの甘え方なのは、わかっているのだから。 千鶴はいつも彼がいる辺りまで、雪を踏みしめながらやってくる。だがしかし、彼の姿が見当たらない。どうやら今日は、千鶴の方が先だったようだ。いつも彼がどんな気持ちでこの場にて待っているのか、手に息を吹きかけながら千鶴は考えた。無表情な彼が千鶴が来るのをただ立って待っている姿を想像したら、なんだかおかしくなって、千鶴は頬を緩める。千鶴は無表情で待つことはできないから、何かしら暇つぶしができないかと思案した。 昨晩の冷えに比べたら今日はまだ暖かい。千鶴は道端に降り積もった、雪に手を入れた。柔らかい雪はすぐに千鶴の思った通り形を変える。そのまま千鶴は雪を一掬いすると、せっせと形を整え始めた。ギュッと力を込めて、押し固める。楕円形の半分を切り取ったようなそれを、更に綺麗に形にしていく。 適当に雪をかき分けると、葉を見つけた。年間通して目に触れるその葉を手折り、楕円の前方につけてみる。 「うん、かわいい」 どこかに何か無いものかと、キョロキョロ辺りを見回してみる。するとかき分けた雪の下から小粒の木の実が出てきた。それを二個拾うと、対極の位置につけた。まるで目にも見えるそれは長い耳を持った動物のようだ。 少し遠出した時にたまに見かけるそれは、兎だ。実物を間近で見ることは稀だが、兎の風貌はよく耳にする。それを元にして作り上げたこの雪うさぎは、未だ溶けることを知らずに形を保っているが、夜がきて朝がくれば誰の目に触れることなく大地に還る。 「千鶴」 名前を呼ばれて千鶴は顔を上げた。そこには少し驚いたように目を瞬かせている斎藤の姿があった。斎藤は千鶴に躊躇わずに近寄ると、千鶴の手を取り自分の手で包み込んだ。 「冷えているな、雪に触れていたのか」 いつもならば斎藤の手の方が冷たいのだが、今日ばかりは千鶴の方が冷たい。大きな斎藤の手に包まれるだけで、それだけで温かい気持ちになる。 「吐く息が白くなっている。だいぶ冷えてきたようだ」 斎藤はそう言いながら頬を緩めた。 「鼻の頭が赤くなっているな」 指摘されて急に恥ずかしくなった千鶴は、鼻と同じく頬を赤らめて慌てて両手で鼻を覆う。 「見なかったことにしてください」 「無理だ」 そんな風に千鶴をからかいながら、斎藤は千鶴が作っていたものを眺める。彼が無言で見つめるものだから、千鶴は内心で焦りながらも解説を加える。 「雪うさぎを作ったんです。斎藤さん待ってる間何かしたいなと思って」 千鶴は焦りすぎのためか、胸がドキドキして止められなかった。雪で遊ぶなど子供っぽいことをしてとか、そう思われてないだろうか。呆れられたらどうしようと、焦りが表情に出始めた時、斎藤が口を開いた。 「俺も作ろう」 「え!?」 「千鶴は同じ葉と木の実を集めてきてくれ」 「は、はい!」 雪をかき集め始めた斎藤を止めることは出来ず、千鶴は言うことを聞くしかなかった。先ほどと同じように雪を掻き分けて、埋まっていた草花を見つける。運良くここら一帯はまだ原型を留めているものが多く、すぐに用意できた。 「あの、これでいいですか?」 斎藤の下に集めた葉と実を持っていくと、視線を向けて答える。 元より口数の少ない彼のことなので千鶴は気にしない。作っている彼の脇にかがみ込んで、その工程を眺めた。 斎藤の表情からはどんな気持ちで作っているのか、伺いしれない。けれども率先してやるからには、つまらない訳ではないと思う。 寒いのに心ばかりが温かくなって、なんだか変な感じだと、千鶴は苦笑した。斎藤に添うように、その腕に触れてほんの少しだけ頭を寄せる。 「寒いか?」 「寒くないと言えば嘘になりますけど、大丈夫です。だって一人じゃないですから」 千鶴が微笑めば、斎藤も微笑み返してくれる。それだけで満足出来るほど、今が幸せだ。 「出来た」 葉で耳を、木の実で目を取り付け、斎藤の作った雪うさぎは千鶴の雪うさぎに添うように置かれた。 「随分と冷えたな、帰るぞ」 斎藤に手を引かれて千鶴も立ち上がり、疑問に思っていたことを口に出す。 「どうして斎……一さんも作ったんですか?」 ほんの一瞬、拗ねたような視線を向けられて、千鶴は言い直す。しばらく千鶴をじっと見ていたが、斎藤は溜息をついて答えた。 「仲間は必要だ」 端的な答えだったが、千鶴はその言葉からすべてを汲み取った。 なんて優しい人なんだろう。温まった胸に込み上げるものを感じて、千鶴は俯いた。 優しさと同時に、彼が失った仲間の大きさに言い知れぬ切なさが込み上げる。 「一さん、私は居ますよ。ずっと居ますから」 貴方のそばにずっと。 俯いたままの千鶴の頭に、軽く手が添えられた。 「わかっている。お前を一人にはしない」 優しい顔だった。斎藤は千鶴を心配しているのだ、千鶴は泣きたくなった。 本当に優しい人。こんな時まで千鶴の心配をしてくれて、千鶴を想ってくれている。 涙の代わりに絡ませた指、二人とも冷たいままだったが、いずれ温まる。一人じゃない二人分の体温があるのだから。 「あと、おかえりなさい」 「ああ……ただいま」 了 20090119 七夜月 |