いつか



 日向に出ると眠くなるからと、千鶴が沖田に膝枕をするようになったのは、ついこの間のことというわけではない。
 最初のうちはよく眠るなあというくらいで、意識していたわけではなかったけれど、千鶴は沖田が眠っている姿を見るのが少し苦手だった。こんな風に彼が目を瞑ってしまったら、もしかしたらもう開かないかもしれないんじゃないか、ほんの少しだけそう考えてしまうから。不安が膨らんでしまった時は、彼の前では涙は見せないようにしていたから、こっそりと場所を移して涙をこらえた。こんな不安を抱いているのはたぶん、気づかれてはいけないこと。
 そう、最初のうちは怖かった。いつか、本当に沖田が千鶴の腕の中で息を引き取る日が来るんじゃないかと怯えていた。そしてそれは必ず来る未来。避けようのない現実。
「でもね、最近はちょっとだけ違うんですよ」
 沖田は眠っている。ちゃんとした寝息が聞こえてくるから。もし寝たふりだったとしても構わない、これは千鶴の独り言だから。
「眠っている沖田さんの顔見るの、好きなんです」
 風邪を引かないようにと、手近にあった衣を引き寄せ沖田にかけた。
「それも一つの、あなたが生きてる時間を、共に過ごしているとわかる方法だって気づいたんです」
 上半身だけ動かして、その衣を満遍なく沖田にかかるように、端の部分を首元まで引き上げる。
「もしこの時間-とき-が終わる日が来ても、今日みたいに私はあなたに膝枕をして、お疲れ様ですって言って、笑える自信があるんですよ」
 不思議でしょう? と千鶴は心で問いかける。あくまで独り言だから、彼に言い聞かせてるのではない。彼への問いかけは胸のうちにしまわなければならないのだ。
「今日もいい天気だから、きっと温かな優しい夢が見られますね」
 あなたが傷つかない、優しくて温かくて、涙が出るようなそんな夢がきっと見られる。
 千鶴は柱に頭を寄せて外の景色を目に焼き付ける。
 なんて、なんて綺麗なのだろうか。この世界はこんなにも美しい。桜が舞う季節だ、世界が桃色に近づく。千鶴はまるで桜の咲いている時間と同じだと感じた。散ってしまう儚さを知っているからこそ、満開は美しさをより一層感じさせるのだと。
「笑えますよ、きっと」
 独り言のようにもう一度呟いた。
「だって、あなたが生きているこの世界はこんなにも綺麗だから」
 綺麗な世界は多くの場所に沖田のいた痕跡を残してくれる。ここから見える庭も、遠くの山も、日差しでさえ。
「ここは、優しい世界ですね」
 千鶴にとっても、沖田にとっても、優しさを集めたような世界だった。
 ここは最期の楽園。
 千鶴は共に目を瞑った。日差しが暖かいから、かけるものなんていらないくらい。一緒に日向ぼっこをしていたら瞼が自然に降りてきた。
 沖田の髪をひと撫でしてから、千鶴も寝息を立て始めた。


 了



 BGM:「光と闇と時の果て」

   20090528  七夜月

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