I wanna be your girl 体育館倉庫の裏、この場所を指定するということは嫌な意味での呼び出しか、はたまた告白か。まあ、自分たちにはまったくもって関係のないことだなとオレは思うわけだが。 そもそも、二人揃って向かい合うわけでもなく体育座りでタイヤの上に座っているのだから、そんな雰囲気自体が流れるはずもないのだ、良い意味でも悪い意味でも。 運動部が所有するトレーニング用のタイヤは二つ。俺達はひとり分の距離を空けて座っていた。 「彼女になりたいの」 何が悲しくて好きな奴の恋愛相談を受けてるんだ、オレは。 気付いてないのは本人ばかりというほど、オレがあからさまなアピールをしていると周囲はみているのに、どうしてこいつはこうも残酷なんだ(要するに周りにはオレの気持ちがバレている) そんなオレの気も知らないで千鶴はもじもじした様子で、胸元のリボンをいじっていた。 オレにとってはどんな仕草だって可愛いけど、今だけは複雑な気持ちでいっぱいだ。何故なら、この仕草がオレの為にされているのではないのを知っているからだ。 相手はおそらく、総司か一君辺りだろう。いつだって千鶴に構ってた奴らだ、見知らぬところでちょっかいかけてたに違いない。と幾ら心内で恨みつらみを重ねても、結局決定打を出せずに、横から掻っ攫われたのはオレ自身だ。コイツの幸せを見守るって言うのは聞こえが良いが、要するに自分がただのヘタレだった。 「どうしたらいいかな」 真剣に尋ねてくる千鶴に、オレとしてもどう答えるか悩む。あきらめちまえよ、なんて口が裂けても言えやしない。だって、あの二人だったらきっと間違いなく千鶴は彼女にしてもらえる。千鶴が望めば、簡単に手に入るのだ。オレがいくら望んでも手に入れられないものなのに。 「千鶴はさ、好きなんだろ? だったら、そのまま伝えれば大丈夫だよ」 こんなこと言いたくない。告白なんかしないでくれよって言いたい。 だけど千鶴のことだから、オレのさっきの台詞がなくてもきっと自分の気持ちを素直に伝えられる。最後の一歩が踏めないだけなんだ。オレはいつだって千鶴の背中を押してやる役目だったから、千鶴もきっとそれを待っている。小さいころからずっとそうだ。 「頑張れ、お前なら出来るって」 そう言って、肩を叩いてやればいい。すると、千鶴はポッと赤い顔をしながらも嬉しそうに笑った。 「ありがとう、平助くん」 あーくそ、本当に可愛すぎる。なのに、なんでオレはこの顔を見る相手にじゃないんだ。ものすごく凹んだ。文句を言える立場じゃないのに、千鶴のその嬉しそうな顔を直視出来なくて、オレは千鶴から視線を逸らした。 「ねえ、平助くん覚えてる? 小さな頃、一緒にジャングルジム登った時のこと」 突然話が切り替わって、オレは安堵と共に複雑な気持ちが沸き上がった。引きずるのは振られた気持ちばかりで、笑顔を自然に浮かべることが出来ない。 「私のこと庇っててっぺんから落ちて、大けがしちゃったよね」 確かに、そんなこともあった。まだオレたちが幼稚園に通っていた時のことだ。薫と千鶴と三人で帰り道に、親の目を盗んで公園にある真四角のジャングルジムで遊んでいた。頂上に先に登ったのはオレで、そのあとが薫。千鶴は高いところが怖くて登れなくて、下でオレたちのことをハラハラしながら見守っていた。 「ふたりともあぶないよ!」 「おーい、ちづるものぼってこいよ!」 「むりむり、ちづるにはぜったいにむり。すぐにビビるよ」 「そ、そんなことないよ!」 オレが誘って、薫が挑発し、千鶴がムキになる。三人でいるときの出来事の流れはいつもこれを踏んでおり、いわば慣習みたいなものだったのだ。 この時もムキになった千鶴が、両手足を懸命に伸ばしてジャングルジムを登ってきた。ゆっくりとした動作だったが、一歩ずつ確実に登ってくるのを、オレは心配しながら見守っていた。時折足を踏み外しかける千鶴は、危なっかしすぎて正直見ていられないほどだった。 「ちづる、こわいならむりしなくていいぞー?」 そのたどたどしい仕草がいよいよ我慢ならないほど心配になったオレは、千鶴が登ってくる面に寄っていくと、手を伸ばした。オレとしては助けるつもりだったのだ。 「ちづる、つかまれ!」 「うん!」 それから、手を伸ばした千鶴が掴む前に、オレが足を滑らして、一番上から下まで落ちた。実に情けない話だ。片足骨折で済んだが、未だに笑い話で済ませるにはカッコ悪くて笑顔が引きつる。 「いや、あれはお前を庇ったっていうわけじゃ……っていうか、思い出すとオレめちゃくちゃダサかった」 「あーもーマジオレカッコわりぃ」、と苦笑いを浮かべると、千鶴が「そんなことない」と真剣にオレを見返した。 「平助くんはいつだって私のこと気にかけてくれて、背中押してくれるんだよ。それで、ジムの時みたいに手を差し伸べてくれるの、今日だってそう。あの時私がジムに登ったのも、平助くんが居たからだよ。平助くんが居るから、きっと大丈夫って思ったんだ。平助くんの大丈夫は世界で一番信じられる大丈夫なんだよ」 平助くんといると冒険してるみたいで、ワクワクして楽しいの。 偽りのない笑顔で千鶴がそう言った。この笑顔が見られただけでもだいぶ救われる。千鶴は嘘をついた笑い方をしない奴だ。嘘をつくときは泣きたいときがほとんどで、泣きそうになっても我慢するその時は、泣き笑いのような笑顔を浮かべるけど、やっぱりこうして笑っている千鶴の方がオレは好きだった。 「いつもありがとう、平助くん」 そりゃこっちの台詞だっつーの。 オレはぐっと浮かびそうになった涙をこらえた。 やっぱりオレは千鶴のことが好きだと思い知る。こんな風に言ってくれる千鶴が大好きなのだ。小さな頃から傍で見続けてきた。この手を繋いでいたのは自分だったけれど、それを誰かに譲らなきゃいけない日が来たのだ。 千鶴が好きだからこそ、千鶴が幸せになるようにと祈る。 「いや……上手くいくといいな。オレ、応援してやるからさ」 へらっと、笑いながら千鶴の頭をわしゃわしゃと撫でつける。 「お前が好きな奴と結ばれるの、オレもすっげー嬉しいから」 心にもないこと、な訳ないセリフを口に出すのは些か悲しくて悔しくて、そして切なかった。千鶴が好きな奴と結ばれるのがいい、千鶴が幸せなのがいい、一番いい。それがオレが今まで見守ってきた千鶴への好意の示し方だ。誰にも文句は言わせない、これがオレの引き様だ。 「本当に?」 「ああ、マジだって」 千鶴が顔を輝かせてオレを見上げる。 「じゃあ、私のこと彼女にしてくれる?」 「……………………………………………」 …………………………………………。 …………………………。 ……………。 「駄目かな?」 「いや、駄目じゃねえけど。………へっ!? 待て、どういうことだよ!」 一瞬失神していた気がする、気をしっかり持てオレ。事実確認が先だろう。 「千鶴、オレで告白の練習か?」 「そんなことしないよ! どうして好きな人に告白の練習するの? いきなり本番じゃない」 真顔で聞いたら、千鶴は怒った。 確かに好きな相手に告白の練習なんてあったもんじゃないが、今千鶴の奴好きな人とか言わなかったか? 「確認だけさせてくれ、お前の好きな人って誰?」 「平助くんだよ」 「聞き間違いじゃないよな、オレって言ったんだよな?」 「そうだよ、どうしてそんなに信じられないの?」 心底不思議そうに言うもんだから、オレとしては頭を抱えたくなるわけで。 「あのさ、千鶴はオレの好きな奴知ってる?」 「ううん、でも沖田さんたちに相談したら、平助くんに相談すると良いよって言うから」 「それでまさか、本当にオレに相談したの? 仮にも好きな奴に?」 「あれ、駄目なのかな。やっぱり変だった?」 変とか言う問題じゃない。というか、違うだろう、間違いなく総司たちにからかわれたのだ。当然からかわれたのは千鶴じゃない、このオレだ! 「あいつら〜……!」 復讐に燃えたいのは山々だったが、今はあいつらよりも優先すべきことがある。 千鶴から告白された。 そう、まずは千鶴への返事だ。 意識したら急に恥ずかしくなった。顔から火が出そうなくらい熱いのだから、たぶん耳たぶまで真っ赤になっていることだろう。ダサいことこの上ない俺の状態だが、言うべき言葉だけはちゃんと言っておきたい。これ以上ダサいと思われたくない。 「千鶴、オレも相談あるんだけど」 「なに?」 きょとんとした千鶴にオレは息を吸うと戦に出るような心持で千鶴に相対した。 「オレの彼女になって」 かなりいっぱいいっぱいになってるオレの精一杯の告白に、千鶴は嬉しそうに頷いてくれた。 「はい、もちろん!」 千鶴の返事があまりに快活としていて、オレはちゃんと千鶴に好きとかそういう気持ちを伝えるのを忘れた。情けない話がまた一つ増えたのである。 でも伝わればいいなとか、そんなことは思っちゃいない。そんな甘い考えが通じないのは長年片思いをしてきたオレだからこそ言える。こいつにはきちんと言葉にしないと伝わらないのだ。 だけど、このときだけは。両想いになれたこのときだけは、幸せな気持ちでいっぱいに満たされていたい。 改めて告白するための苦悩は明日からの悩みでいい。 了 BGM:「彼女になりたい」 20100811 七夜月 |