開かれた道 2 「ただいまー! 疲れたぜー、平助茶持ってこい、茶!」 「平助、表にある自転車ちゃんと家の中閉まっとけ、道路は駐輪場じゃねえって何度言ったらわかんだお前は」 「俺じゃねーよ! つか、茶ってなんだよ、俺はパシリでもねえ!」 どちらかといえば楚々とした歩き方で足音をあまりさせない土方や斎藤、沖田に山南と違い、平助と同じようなドタドタと大きな足音が居間に近づいてきて、千鶴は少し緊張した。もしかしたらこの家屋の責任者かもしれない。こんなにお世話になったのだから、せめて挨拶はきちんとしなきゃと自分を戒める。 「なんだよ、働いて帰ってきた社会人に少しはありがたみってモノを覚えやがれ」 「ありがたいけど、それ他の人たちにも言えることだろ、別に働いてるの新八っつぁんだけじゃないし」 「あ、てめ、生意気言いやがって。そういう奴はこうしてやる」 「って、いってぇえーーー!! ギブ! 新八っつぁん、マジ入ってる! 首! 首!!」 首を絞められながら居間に戻ってきた平助。そして、平助を締めている人物とそれを後ろから見ていた人物が、千鶴を見て思わず声を上げた。 「あっ! さっきの子じゃねえか!」 「なんだあ、結局松本先生んとこ行けなかったのか?」 千鶴も逡巡したが、見覚えがある人たちであることを思い出して、息を呑んだ。これまた偶然なことに、先ほどの交番に居たお巡りさん二人組だった。先ほどと違うのは彼らが私服を着ていて制服を着ていないことくらいだ。制服を着ていないから一瞬だけ誰だかわからなかったけれど、この人たちは間違いなく道を教えてくれた二人だ。 「あれ、なんだよ左之さんたちもこの子と知り合いなわけ?」 新八と呼ばれていた人物の手から力が緩んだ隙を逃さずに脱出した平助は、首を押さえながらも珍しそうに千鶴と二人を交互に見ている。 「交番で道を尋ねたんです、そのときに教えてくださったのがお二人で……こちらにお住まいなんですか?」 千鶴が首をかしげて尋ねると、まだ驚いている新八の代わりに、左之と呼ばれたほうが答える。 「まあな、俺らはこの道場出身者なんだ」 「社会人とか偉そうに言うくせに、まだこの家に居るんだもんなー。一人立ち出来てない証拠だよな」 憎まれ口を叩きつつも、平助の顔は満更嫌そうでもない。つまり、平助はこの二人がとても好きなのだろう、千鶴にもそれが伝わってきて、なんだか微笑ましいと少々緊張がほぐれる。 「お前が離れたくねえって泣きつくからいるんだろうが」 「なっ! いつ俺が泣きついたってんだよ!」 「いつもだろ、いつも。っと、悪いな、お嬢さん。俺の名前は原田左之助。こっちは永倉新八だ。で、こちらのお嬢さんはどちらさんだ?」 促されて平助はハッとしたように千鶴を見る。 「そういや、名前とか聞いてなかったな。俺は藤堂平助、お前はなんていうんだ?」 「雪村千鶴と言います。先ほどあまり柄の良くない人に絡まれていたところを、土方さんと沖田さん、それと斎藤さんに助けていただいたんです」 柄が悪いという単語を聞いて、警察に身を置く二人の顔が難しくなる。 「じゃあ、その怪我もしかしてそのときにやられたのか?」 新八の質問に原田も口を挟まずに真面目な顔で千鶴の答えを待っている。 「ええ、でも大したことなくてよかったです」 「よくねえよ、女怪我させといて逃げるなんて一発ぶちのめして解らせてやんなきゃなんねえ。怪我してんなら被害届出せば俺らが動いてやるからよ」 仮にも警察官とは思えない乱暴な物言いに、千鶴は驚いた。そんな殴るだなんてとんでもない。 急に事態が思わぬ展開に進み始めて、千鶴は首を振る。そんな大げさなことをしてもらわなくてもいい。 「大丈夫です、というか、その……」 正直言えば、そんなことをしている余裕が千鶴にはない。家がないのだ。これからバイトをしなければならないというのにこうして助けられて怪我までして、これからのことを考えると少し憂鬱になった。 「なんだよ、俺らに出来ることあったら言えよな」 平助の頼もしい一言に、千鶴は少々落ち着いた。とにかく今はこの怪我を治すことが先決だ。そして、住む場所も確保しなくてはならない。松本先生が帰ってくるまでの辛抱なのだ。 「家を探しているところだったんです、どこかで住み込みで働ける場所がないかと思って」 「ふぅん、奉公でもしにきたみてぇだな」 「奉公って……いつの時代だよ」 「まさか家出ってわけじゃねーんだろ?」 三人からそれぞれ尋ねられて、千鶴は一つずつ丁寧に答える。 「奉公って訳ではないんですけど、事情があって今父と一緒に暮らせないんです。なので、父から言われて私は父の知り合いの松本先生を頼ってきたんですけど、いらっしゃらなくて」 まさか松本がいないとは思っていなかった。それは恐らく父も一緒だろう。千鶴は気落ちした心を奮い立たせるように顔を叩いた。 「せめて松本先生が帰ってくるまでどこかで住み込みで働けないかと思いまして」 もちろん、松本の世話になりっぱなしというのも申し訳ないので、そのまま住み込みで働けるのであれば働こうと千鶴も考えている。 そんな話をしていたら、ふと出て行った山南と斎藤。それに土方と沖田までやってきていた。 「話は少し聞かせていただきました、不躾な質問になりますが、君のお父上の名前は雪村綱道というのではないですか?」 山南からの質問に、千鶴はもとより、平助と新八と原田の三人も目を丸くする。 「父をご存知なんですか?」 千鶴の視線を受けて、山南の視線が土方に移る。 「まあな。綱道さんには俺たちも世話になってる。……まさか、娘だとは思わなかったが」 そして土方はまじまじと千鶴を見た。 「土方さん女の子をそんな風に見るなんてやらしいなあ。仮にも恩人の娘さんなのに」 すかさず沖田の茶々が飛ぶ。土方は眉間に眉を寄せっぱなしにしながら、額を押さえた。 「うるせえよ、総司。とにかくだ、恩人の娘を野宿させるってわけにもいかねえだろ。第一んなことしてみろ、間違いなく近藤さんが黙ってねえ」 「ああ、近藤さんは優しいですし、まあ僕は近藤さんがいいならなんでもいいですけど」 「俺も師範代に異存が無いようでしたら、構いません」 「俺らもまあ、別に構いやしねえけどさ」 土方の言葉に続いて沖田と斎藤、そして原田たちも頷いている。 「俺たちに関しては決定権である近藤さんがいいといえば、お前がいることに異存は無い。お前の好きなようにしろ。ここに居たかったら居てもいいし、嫌なら出てけばいい」 問われた千鶴は、最初何を言われているのか意図を掴みかねた。今、ここにいてもいいといわれなかったか? それはつまり、ここに住んでもいいということだろうか。 「え、えぇ!? いえ、でも手当てしていただいただけでも十分お世話になってるのに、また更にご面倒をおかけするわけには……!!」 確かに家は欲しいと思っていたけれどまさかこんなトントン拍子に進んでいくとは思わなかった。千鶴の脳内はいささかこの僥倖にパンク寸前だ。そこで、助け舟というにはだいぶふざけている沖田が口を挟んだ。 「男所帯ばっかりでむさ苦しいかもだけど、僕たちは構わないって言ってるんだよ。見たところ、君平助と同じくらいだよね? だったら、話し相手にちょうどいいんじゃないかな? あ、もし平助が変なことしようとしたら遠慮なく声を上げてくれれば、誰かしらすぐに助けてあげられるよ」 「ちょ、なんだよ変なことって! 総司君そういう誤解招くような言い方やめろよ、変なこととかしないから!」 必死になって弁解する平助が面白くて、千鶴はつい笑ってしまった。 「いや、笑ってる場合じゃないし!」 「あ、ご、ごめんなさい」 「いや、そんなヘコまなくても」 「平助、お前もう少し女心ってもんを学べ?」 「う、うるせー!」 そんな風に、こんな大所帯で過ごすことを知らなかった千鶴は大人数に囲まれて、なんだか不思議な気分になった。今まで父親と二人きりで生きてきて、こんなにぎやかだったことは数少ない。だからだろうか、少しだけ羨望してしまって、千鶴はここでもう少しだけお世話になってみたいと思ってしまうのは。 ここでこの人たちと住んでみたいと、そう思った。 「本当に、いいんでしょうか?」 千鶴が土方を見て尋ねると、土方は先ほどと変わらない表情で肯定の意思を示した。 「ま、条件はつけるだろうが、お前の好きにしろ」 「……ありがとうございます、なんでもやります。どうぞこれから宜しくお願いします」 何度目かになるお礼を頭を下げて述べながら、千鶴の新たな生活がスタートした。 了 20090205 七夜月 |