お買い物 2 千鶴が連れてこられたのは、大型ショッピングモールだった。幾つもの専門店が立ち並び、ファッション系のブティックからファーストフード店まで所狭しと並べられている。 あまりこういった場所で普段買い物をしない千鶴は、物珍しげにあたりを見回しながら二人のあとをついていった。ここまで来るのに斎藤が運転する車に乗せてもらっていたが、後部座席に座って窓の外の景色にもずっと目が奪われていた。ここは千鶴が住んでいた場所と違って沢山のものがある。 時々沖田から話しかけられては答えていたが、もしかしたら子供っぽいと思われていたかもしれない。 「すごいお店がいっぱいありますね」 「うん、まあね。ここら辺で一番大きいショッピングモールだし。一君、いつものところでいいかな」 「ああ、とりあえず連れて行こう」 はぐれないように前を歩く二人を小走りに追いかけるしか千鶴には出来ない。だから変わりに目だけはこまめに動かす。 ショッピングモールは全部で三階建てとなっている。真ん中に大きな吹き抜けがあり、その両端にだいぶ伸びた建物にところどころ階数毎で階段と橋がかけられている。おもちゃ屋なんかもあって、その店の前では子供たちがショーウィンドウに張り付いており、微笑ましい光景に千鶴は思わず笑ってしまった。 買い物客が疲れたときのために設置された背もたれのついたベンチに腰をかけているのは、年寄りや買い物に付き合わされている父親たちのようだった。そういえば、今日は日曜日だったか、と千鶴は日付を確認する。 あんなふうに家族連れを見ていると、父といたことを思い出す。ただ、父は医者であったため、千鶴とこういった場所にさえも満足にきたことは無い。当然、出かける用事も父の仕事関係だ。大きくなってからは留守番することも多かった。だから家族連れを見ていると、時々羨ましくなったのを思い出す。 そんなことを考えていたら、千鶴の目の前を歩いていた二人が突然居なくなっていた。ビックリして慌てて辺りを見回してみるが、視界の中に二人は入ってこない。 まさかこの歳で迷子!? 慌てふためくものの、手近なお店に入ってみようとスポーツ用品店の中に一歩踏み出す。ぐるりと店内を覗いて見たが二人はいなかった。 次の店、とその隣にあった衣服量販店に入ってみたが、入り口から中を見渡すだけだと店内自体が広すぎてよく見えない。今日は男物の服を買いに来たのだから、もしかしたらこの中にいるかも、千鶴は希望を持って店の中を歩く。入り口できょろきょろしているよりもずっと効率的だと考えたのである。レディースの衣類の場所にいるとは考えにくいので、メンズの洋服売り場を重点的に探してみたが、二人は見つからない。 もしかしたら、他にもお店があるのかもしれないと、千鶴は次々お店を鞍替えしていく。けれども、この大型ショッピングモールの店舗だけでも百は有に超えており、その中で衣服を取り扱っていないものを省いても、半数近くのお店はありそうだった。さすがに見つからずに途方に暮れてきた頃、千鶴はベンチに座った。これは、もう、本気で恥を忍んで迷子センターに駆け込もうかと思い始めたときに、肩を掴まれた。 ビクッとしながら振り返ると、そこには顔に疲労を浮かべた沖田の姿があった。 「やっと見つけた。あのさ、はぐれたときはその場から動かないって習わなかった?」 「沖田さん!」 今は沖田が天の助けに見える、そういわんばかりに千鶴が破顔すると、沖田は「疲れた」と言いながら千鶴の隣に座った。微かに息が上がっているような気がするのは、千鶴の見間違いだろうか。沖田は着ていたジャケットの胸ポケットからケータイを取り出すと、電話帳履歴を呼び出して斎藤にコールする。 「もしもし、一君? 見つけたよ、さっきの店に連れてくから待っててよ…うん、わかってる。じゃ」 と、短い用件だけ済ませると、すぐにも電話をきってしまった。 「千鶴ちゃんさ、何か言うことない?」 沖田の言葉を促す様は決して強制ではないのに、何故か身が引き締まる。千鶴は背筋を伸ばして沖田に謝罪した。 「はぐれてすみませんでした。せっかく連れてきてくださったのに、私ご迷惑ばかりかけてしまって」 「そこまで言わなくていいから。でもちゃんと謝ったね、偉い偉い。偉いからアイス買ってあげるよ」 「へっ? いえ、そんないいです!」 「いいからいいから、お金渡すから買ってきて。僕は普通にバニラでいいから」 要するにパシられろ、と言われているのだ。千鶴は沖田からお金を預かると、ちょうど目の前にあったジェラートのお店に入った。買ってもいいと言われたとはいえ、さすがにはぐれたのにそんなことは出来ない。沖田の分だけ買って戻ってくると、ベンチで空を仰ぐようにしていた沖田が千鶴が一つしかアイスを持ってないことに、溜息をついた。 「僕がいいって言ってるんだから、二つ買ってよかったのに」 「いえ、さすがにそれは……私がはぐれて沖田さんたちにご迷惑をかけてしまったわけですし」 お釣りを返しながら、千鶴はそのアイスも差し出す。だが、沖田はアイスを手に取ろうとしない。その顔には笑顔が浮かべられたままだ。 「アイス嫌い?」 「とんでもない!」 とんでもないどころか、滅相も無い。首を大仰に振って千鶴は否定した。真冬ならともかく、この時期ならアイスを外で食べても寒くはないし、正直言えばとても美味しそうに見える。 「じゃ、それあげる。僕やっぱいらないから」 内心で千鶴が動揺したのは言うまでも無い。ジェラートを食べたいと言ったのは沖田だったはずだ。だが、いらないと言ってこれを千鶴に食べろという。 「ほらほら、早く食べないと溶けちゃうよ」 急かされてアイスと沖田を交互に見たが、沖田は助け舟は一切出さないようだった。 「い、いただきます!」 えーい、ままよ!とアイスにかぶりついた千鶴は舌の上で溶けたアイスの美味しさに目を丸くした。 「すごい、美味しいです」 「そう? それは良かった」 ジェラートなので伸ばすと伸びるアイスの食感は面白い。千鶴は結局全部平らげて、あまりの美味しさに幸せを感じた。 千鶴が食べ終わるまで待っててくれた沖田は時計を確認しながら立ち上がった。 「じゃあ行こうか。一君も待ってるだろうし」 「あ、はい! 行きます、斎藤さんはお待たせしてしまって……」 「一君なら大丈夫だよ、彼は待つのは得意だからね」 千鶴は知らなかったが、斎藤が待つのが得意になったのは、沖田の影響が多大にあるからに過ぎない。 今度は沖田は千鶴の横を歩いてくれている。はぐれ防止だと思うのだが、こんな風に男の人と二人で歩くのは初めてだったので、千鶴はなんだか緊張した。 「千鶴ちゃんって、平助と同じ歳だっけ?」 「あ、はい。沖田さんは一つ上だと聞きました」 「それは学年の話」 「え?」 「僕ダブってるから。本当は一君と同じ歳だよ」 「そうなんですか?」 「うん、そうなんです」 ということは、今は二十歳前後ということになる。沖田の実年齢を知って、千鶴は驚くと共にたまに見せる彼の冷たい視線に何故だか納得がいってしまった。彼は子供っぽい言葉を使ったり態度を見せたりするが、十分に大人なのだ。 「言っておくけど、成績が悪かったわけじゃないよ。ちょっと出席日数が足りなかっただけ」 「病気か何かですか?」 「そうそう、そんなとこ。実はこの買い物に一君がついてきたのも、僕を監視するためなんだよね。一君がついてくるなんて珍しいって君も思ったでしょ?」 「あ、はい。でも、監視って?」 「僕がどっかで行き倒れたりしないように。過保護すぎるんだよ、土方さんは。一君に僕の監視を命じたのは多分土方さんだしね」 土方と沖田は仲が悪いのかと最初のうちでは思っていたが、そんなことはないようだ。なんだかんだいいながらも土方は沖田の身を案じているということではないだろうか。 「あの、土方さんは沖田さんの兄弟子……ですか?」 「うん、まあ、兄弟弟子であることには違いないかな。僕にとって近藤さんはすごく尊敬する人だから、必然的に土方さんとも長く一緒に居たわけだけど」 珍しく沖田が渋い顔をしている。いつもニコニコしていて何を考えているか解らないといった印象を千鶴に持たせる彼の、本音が少しだけ垣間見れているのかもしれない。 「土方さんは沖田さんが大事なんですね」 千鶴が言うと、さも嫌そうに顔を歪める辺り、沖田は相当嫌なのだろう。ふふっと千鶴は思わず声を漏らして笑ってしまった。 「病気でも沖田さんは強いなんて、すごいです。ちゃんといつも練習して、他の人に負けないように努力するのは武術を嗜む人間でさえ難しいのに、沖田さんはそういう弱音は吐かないで頑張り続けるんですね」 「僕にとって剣は頑張るものじゃないから」 どういう意味だろうと千鶴が顔を上げると、沖田は遠い場所を見ているようで千鶴とは視線が噛みあわなかった。 「ああ、でも病気って言っても大したことないから気を遣わないでね。僕腫れ物に触られるような態度とか取られるのが一番嫌いだから」 大したこと無い病気が出席日数に響くとも思えないが、後半の部分は沖田の本音だろう。だったら、千鶴も気にしないようにする。患者の心のケアまで考えるのが、医療の道であると父から学んでいる千鶴は、沖田が望むようにしてあげたいと思っていた。 「…………」 千鶴を見ていた沖田が突然真剣な顔をして黙り込んだ。沖田が喋らないのであれば、千鶴も余計なことは言わないように口を閉じる。少し迷ったように、それでも沖田は結局口を開いた。 「あのさ、気持ち悪くないの? なんの病気かわかんない男と一緒に暮らすなんて」 「どうしてですか?」 「どうしてって……だってうつされたりしたらやだなって思わない?」 「そうですね、確かにうつったら困る病気なら大変ですけど……でも、沖田さんはなんだかんだ言いながらも、近藤さん筆頭で皆と一緒に居るのが好きみたいですし、そんな皆に病気をうつしたりするような人じゃないっていうのはわかりますから。だから、多分大丈夫かなって思って」 「君、警戒心がないね。男と暮らすのにその警戒心のなさはちょっと危ないかな」 苦笑する沖田の言ってる意味が解らず、千鶴は笑顔で首をかしげた。 「本当はね、少し前に薬で治療したから、病気が体内に残っていなければ大丈夫なんだよ。だから僕も戻ってきたんだ。ただ少し、体力の方がまだ追いついてなくて走ったりするとすぐ疲れちゃうんだけど」 戻ってきたということは療養としてあの家を離れていたということだ。すると、先ほど息を切らしていたのももしかしたら千鶴を探すために走らせたのかもしれない。やっぱり申し訳ない気持ちになって、千鶴は頭を下げた。 「私のせいで走らせちゃったんですね、ごめんなさい」 沖田はまじまじと千鶴を見てから、ふと真顔になって千鶴を見下ろした。 「君、本当変な子だね。普通こんな話聞かされたら引くものだと思うけど」 「病気に関しては、治療する側の専門家が傍に居ましたから。それに、患者さんは一重に病気を治したいって気持ちが強いんです、そんな患者さんを応援して助けてあげるのが、医者の仕事です。私は父の仕事に誇りを持っています。だから、尚更沖田さんを軽視したり、避けたりすることは無いです。そんなこと、出来ません」 千鶴がそういうと、沖田は時間にして数秒の沈黙をした後に、千鶴の頭を撫でた。 「千鶴ちゃんは真っ直ぐに育てられたんだね。……本当に変な子だなあ」 「あの、それは褒められてないですよ…ね…?」 「褒めてるよ、大丈夫。いいお父さんだったんだね」 「はい!」 父親の話をしたら止まらなくなる、それと同時に寂しさも思い出すだろう。だから元気に返事をしてにこっと笑ってそれで終わり。もっとも、沖田もこれ以上会話を続ける気はなさそうだった。 「そろそろお店に着くよ。ほら、一君が立ってる」 沖田に指で示されて、千鶴はそちらを窺った。間違いなく斎藤がその場に立っていた。相変わらず表情が顔に出ていないので、怒っているのかどうかもわからない。千鶴は駆け寄り開口一番斎藤に謝罪する。 後々ゆっくりと歩いてきた沖田の顔を見て、斎藤が首をかしげた。 「総司、どうかしたか?」 「何が?」 「いや、俺の勘違いかもしれないが…機嫌がいいな」 「うん、そうだね。今ちょっといい気分だよ」 斎藤は千鶴と沖田を交互に見ると、肩を竦めた。千鶴から見ると沖田の笑顔はいつもと同じようにしか見えないのだが、斎藤から見ると何か違うのだろうか?今度は千鶴が交互に二人の顔を見ていると、沖田が先を促した。 「それじゃあ、買い物に行こう。どうせ土方さんのお金でしょう? 焼肉食べて帰ろうよ」 「総司、無駄遣いをするために買い物に来たわけじゃない」 「一君は固いなあ。家でお肉なんか食べたら、筋肉バカ三人の独壇場だよ」 「駄目だ。今夜は家で食べる」 「えー、一君のケチ。どうせ土方さんのお金なのに」 「だから駄目だといっている」 軽口を叩きながら歩き出した沖田だが、斎藤の隣に移動することなく、千鶴の脇を歩いてくれる。こんな風に言いながらも沖田は他人のことを見渡せる人なのだと改めて千鶴は思った。 了 20090209 七夜月 |