お買い物 2



 買い物は人数分というとかなり大変な量である。食べ盛りの未成年もいるが、圧倒的に数が多い成人男性は、食事の量が女性に比べたらやはり多い。毎度買うわけではないがこれにお米も加わったら、千鶴一人では持ちきれないだろう。
 原田に手伝ってもらい大雑把な一週間近くの食材を買い込むと、大きな買い物袋4つになった。あまりにも量が多いので、段ボール箱に梱包して原田は荷台にくくりつける。
「千鶴はちょっと待ってな」
 帰り支度を始めた原田に置いてけぼりにされる形で所在なげに千鶴が立ち尽くしていると、見覚えのある車がやってきた。運転してるのは斎藤だ。
 千鶴が怖がったばかりに結局呼ばせてしまったのかと、千鶴が顔を青くすると、原田は手を振って否定する。
「悪い、俺の目測誤りだ。米があるとな、バイクじゃ重量がギリギリかオーバーすんだよ。既定守れない警察官なんて説得力ねーだろ?」
 確かに、米はダンボールの中には梱包されていない。
「悪いけど、千鶴は斎藤の車乗ってくれ。俺は先に帰るから」
「あの、気を遣っていただいてすみません!」
「いやいや、米があるんだったらより安全な方がいいだろ。俺も荷物をくくってると、バランスとるのまた大変になるし」
 そうこうして話をしてるうちに、斎藤の車が駐車場の一画に止めた。そして車からすぐさま出てきたのは、平助だった。
「あれ、平助くん?」
「なんだよ、アイツもついてきたのかよ」
 原田が呆れたように髪をかき上げた。そんな原田の様子に千鶴が不思議そうに顔をかしげる。
 遅れて反対側の後部座席からは沖田が、運転席からは斎藤が降りてきた。三人が到着するのを待って、千鶴がわざわざすみませんと頭を下げると、平助がそれには構わず真っ直ぐと原田の下へ向かう。
「左之さん、後ろ乗っけてよ!」
「お前最初からそれ目的だったろ」
「当然じゃん! 俺が頼んでもたまにしか乗せてくんないのにさあ、千鶴には甘いってどういうことだよ」
「プライベートで野郎を乗せて何が楽しいんだ……って、こら! 勝手に後ろに乗るな!」
 平助は聞かずにさっさとヘルメットを被っている。呆然としている千鶴に、原田は説明した。
「平助は馬鹿だから、速いもの好きなんだよ」
「ちょ、左之さんそれひでえ。しかも馬鹿が好きなのは普通高いところだろ!」
 とりあえず平助は乗ることになっているらしい。よくよく見れば、平助も沖田も制服のままだ。学校帰りのところでちょうど斎藤を見つけて二人揃って乗ってきたらしい。
「これを運べばいいんだな」
「ああ、悪いな斎藤呼び出して。頼むわ」
 そうこうしてる内に斎藤は黙々と米を担ぎ上げているので、千鶴も慌てて10キロを持ち上げる。持てないわけではないが、相当重い。千鶴はいささかふらふらしながら歩き出し、するとそれを脇から沖田が奪った。重心が急にずれたため、千鶴の身体が傾いて、原田がそれを支える。
「っと、大丈夫か? おい、総司もっと優しく持ってやれよ」
「あはは、ごめんごめん。で、僕と一君の持ってる分でいいわけ?」
 知らないうちに斎藤はもう一袋を担ぎ上げている。沖田の小脇にも一袋抱えられているので、千鶴が持つ分の米がなくなってしまった。
「先に行くぞ」
「あの、私も持ちますから!」
「転んで投げて袋破けて米が全部出たら、君一粒残らず拾える?」
 沖田にニッコリと問いかけられて、千鶴の表情は固まった。それが決定打となり、沖田と斎藤はさっさと行ってしまう。しょんぼりと肩を落とした千鶴に仕事をくれたのは、原田だった。
「総司はあんな言い方してるけどな、要するに無理すんなってことが言いたかっただけだと思うぞ」
「はい、もっと重いものが持てるように身体鍛えます」
 千鶴がそういうと、虚を突かれたように原田が固まる。そして微妙な笑顔を浮かべて首を振った。
「いや、そうじゃなくてだな。……まあ、いいや。とりあえず自分が出来ることすりゃいいんだよ。さしずめ、今の千鶴に出来るのはカートを戻してくることだな。戻したら今度は車に行け。俺は……平助の馬鹿をつれて帰るから、米は頼んだ」
「解りました、どうぞお気をつけて」
「おう、それじゃあ後でな」
 そして原田はバイクにまたがると、エンジンをかける。
「千鶴、あとでなー!」
「うん、平助くんも気をつけて!」
 親指を立てて意思表示した平助が掴まり直したのを合図に、原田はバイクを発進させた。二人が出て行くのを背にして千鶴は駐車場の中のカート置き場にカートを戻すと、斎藤たちが荷物を積み終えた車へと走った。

 夜、夕食を終えて一人ずつお風呂に入る順番待ちをしているときに、新八が千鶴に気さくに話しかけてきた。
「よう、今日は左之のバイクに乗ったんだってな。どうだった?」
「すごく速くて怖かったです」
「そっかそっか、まあ初めての時はみんな怖いもんだからな〜。左之も珍しく平助以外乗せてるし、気分転換になっただろ」
 千鶴の素直な感想に、新八が笑いながら同意をしてくれた。千鶴と新八の話を聞きつけた平助がやってきて、むくれ顔を見せる。
「ちょ、新八っつぁん、それどういう意味だよ」
「お前後ろでギャーギャーうるさいだろ。女の子乗せたほうが左之も嬉しいんじゃねえの?重くないだろうし」
「失礼な! 俺だってそんなに重くはねえよ」
「ああーでも、千鶴は確かに軽かったな」
 次いで原田もやってきて、自室に戻っていた斎藤や沖田も顔を見せる。
「なに、何の話し?」
「いや、千鶴が軽いって話」
 重いか軽いかといわれたら、平均体重だと思っている千鶴は即座に否定しようとするが、急に身体に浮遊感を覚えて、否定の言葉は悲鳴に変わる。
「マジで軽いな……俺らだけじゃなくて、自分でもちゃんと食ってるか?」
 後ろから新八が千鶴の身体を突然持ち上げたのである。最初の悲鳴以降は驚きすぎて声も出ない。そんな千鶴を見ていた平助も、どれと言わんばかりに新八の次に千鶴を持ち上げる。
「んー、確かに軽いっちゃ軽いよな。女の子ってみんなこんなもんなのか?」
 問いかけられても千鶴としては非常に困る。それこそ体重なんて人それぞれだ。あくまで平均的な体重ではあるけど、体重一緒でも体格次第で印象なんて変わるものだ。何より、この体勢に置かれている現在が一番困るのだが。
「一君、どう思う?」
「俺に聞くな」
「じゃあ持ってみなよ。軽いから」
「……雪村は荷物じゃないだろう」
 斎藤は溜息をつきながらも近づいてきて、平助と代わるようにして千鶴を持ち上げる。
「……この間背負ったときと変わらないな」
「…………」
 これまた喜んでいいのか悲しむべきなのか謎な斎藤の台詞に、沖田が面白そうに近づいてくる。ちなみに、千鶴は動いていいのか、それともおもちゃにされている間大人しくしておくべきなのか、自分がどうしたらいいのか解らなくて困惑していた。暴れたら暴れたで、誰かに危害を加えそうなので、それも怖かったりする。
「僕にも持たせてよ」
 と、沖田に言われて、千鶴が口を開く前に、沖田はあっさりと千鶴を横抱きにした。
「おーすげー、これがお姫様抱っこってヤツか」
「お、お、下ろしてください!!」
 平助からの純粋な感想が、さすがに恥ずかしいので千鶴が声を出すと、沖田はそんな困っている千鶴を見て楽しそうにしている。
「他の人間は持ち上げてもいいのに、僕だけ駄目って差別だよ」
「おい、お前ら何してんだ」
 風呂に入っていた土方が出てきて、沖田の笑顔に深みが増した。千鶴以外の全員が、沖田が今何かを瞬時に思いついたのを理解したが、千鶴は顔を赤くしたまま必死に抵抗している。
「沖田さん、お願いですから下ろしてください!」
「いいよ、千鶴ちゃん、下ろしてあげる」
 沖田の言葉に千鶴がホッとすると、沖田は一度千鶴を深く下げた。降りられる、と思ったその瞬間、まるでばねをつけたようにいきなり千鶴の身体を持ち上げてこともあろうに。
「土方さん、パース」
 と、土方に向かって千鶴の身体を投げた。距離にして一メートルちょっと、千鶴は沖田に投げられたのである。
「きゃああああ!」
 悲鳴と共に千鶴の身体は弧を描いて土方に向かって飛んでいった。だが、土方の反応は素早く。スポーツをするもののずば抜けた反射神経で、千鶴の身体を一番衝撃が吸収される形で抱きとめる。ぶつかったような痛みも衝撃も受けずに、千鶴は目をぱちぱちしながら土方を見た。土方は呆れたように千鶴を見ている。
「怪我はねえな?」
「あ、は、はい!」
「総司、人間は投げるもんじゃねえ。あんまり悪ふざけが過ぎると、近藤さんが黙ってねえぞ」
 沖田は涼しい顔をしているが、周囲の人間はなんだか土方に対して尊敬の目を向けている。なんだろう、この雰囲気は、と千鶴が目を瞬かせながら下ろされると、平助が感嘆の溜息を漏らす。
「やっぱり師範代はすごいな」
 小耳にそれを挟みながら、千鶴は土方に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「気にするな、お前のせいじゃない。他の奴らも総司が暴走する前に止めろ。連帯責任取らすぞ」
 その言葉で全員の顔が引きつる。土方はそれを見て納得したのか、足音を立てずに部屋に戻っていった。
「あれだけ衝撃を吸収して受け止められたんだ、怪我も無いだろうが明日どこか痛みがあったら言うといい。山南さんに診てもらえるはずだ」
 斎藤が言い添えてくれたので、千鶴はようやく先ほどの平助の言葉の意味がわかった。千鶴が怪我をしないように、細心の注意を払って、あの一瞬のうちに判断したことを実行したのだ。素晴らしい反射神経の持ち主である。師範代と呼ばれるだけあって、様々な部分で優れているのだろう。やっぱり土方は厳しいことを言うに見合うすごい人だと、千鶴は尊敬した。
「千鶴ちゃん、さっきはごめんね。本当に怪我ない?」
 沖田が近づいてきて、苦笑いを浮かべながら謝罪してくれて、千鶴は頭を振った。
「土方さんって本当に隙が無いんだよね。投げるつもりはなかったんだけど、土方さんなら受け止めると思って」
 一応沖田が土方を信頼しているから投げられたと解釈してもいいのだろうか。だからといって、投げられたことに変わりは無いので、千鶴は嬉しいわけではないが。
 複雑な笑みを浮かべて、千鶴は笑ってごまかす。だが、土方に抱きとめられたとき、思った以上に優しい手をしていたので、朝原田にはああいわれたけれど、この家の人は皆優しさを持っている人なんだと確信した。千鶴の目には狂いが無かったと自信を持って言える。
 この家の人の優しさを目の当たりにした、そんな一日を過ごせて、千鶴は新たな発見に心を躍らせた。


 了





   20090212  七夜月

Other TOP