仲間



 千鶴が台所に立って準備していると、そこに顔を出したのは平助だった。
「おはよう、平助くん」
「ああ、はよ。あれ、千鶴、目赤いけど大丈夫か?」
「あ、うん。平気だよ、心配しないで!」
 千鶴は指摘されて、カッと顔を赤らめる。思いだすだけで朝の己の醜態が恥ずかしい。穴があったら掘ってでも入りたいところだ。そんな千鶴の様子を平助は怪訝そうに見ていたが、腕まくりをすると台所へと入ってきた。
「珍しく早起きしたし、手伝うよ」
「ありがとう! それじゃ、ご飯が炊けてるから、みんなによそってくれる? それで持って行ってくれれば準備出来るよ」
「了解!」
 ご飯は平助に任せて、人数分の鮭皿をお盆に乗せて、食卓へと運ぶ千鶴。山南がちょうど居間に来たところだった。
「おはようございます、雪村君」
「おはようございます、山南さん! 今朝食にしますから、座って待っていてください」
「ああ、それなんですけど、土方君は今日は部屋で食べるそうですよ」
「あ、はい。解りました。じゃあお部屋の方に持っていきますね」
「ええ、お願いします」
 山南が座ったのと同時に、沖田、新八、原田と順に居間へやってきた。
「皆さん、おはようございます」
「おはよう、千鶴ちゃん」
「おはよう、お、待ちかねたぜ! 飯出来てんな!」
「おはよう、珍しいな、土方さんはいねえのか?」
「朝から部屋で仕事をしているようですよ。どうも午前中に済ませたい書類があるとかで」
「そりゃ土方さんも大変だな、よっし飯にするぜ!」
 山南が千鶴をフォローするように原田の問いかけに答えると、うきうきした様子で席に着く新八。原田は納得顔で、沖田はとても眠そうである。今日の機嫌は悪くはなさそうだが、騒がしくしていたら損ねそうだ。原田、新八、平助の揃った食卓ほど賑やかなものはない。とにかく、居間に来る人たちの分の食事の準備をしてしまって、それから土方の分を別のお盆に取りわける。
「私、土方さんに料理を運んで来ますね。お先に食べていてください」
 一声かけてから、廊下に出たらばったりと斎藤と鉢合わせした。
「もう朝御飯の支度は整ってますから、斎藤さんもどうぞ!」
 見られてしまった朝の光景が未だ気恥かしくて、まともに斎藤の顔を見られず、千鶴は顔を赤くしてその脇を通り過ぎた。
「なんで一君の顔見て赤くなって逃げるように走っていくのかな、千鶴ちゃん。一君何かした?」
 それを覗いていた沖田の低い声が居間に放たれると、居間の気温が幾度か下がった。空気が凍る、しかし平助も黙ってはいなかった。半眼になって沖田と共に斎藤を詰問する。
「一君、何かしたの? そういえば、さっきも目が真っ赤でそのこと聞いたら顔赤くしてたけど」
「何もしていない」
「へえ、じゃあさっきの反応は一体何だったのかな」
「俺は何もしていない。何度も言わせるな」
 珍しくも感情的に反論してきた斎藤は、怒っていた。無機質で感情を隠す彼が、感情をあらわにして反論するという行動に、居間にいた人間誰しもが驚いた。そう、斎藤は怒っていたのである。
「黙って食べろ」
 言った本人が実践しても、二人が黙っているはずがなかった。
「え、なんで怒ってんの? てか、マジでなんかあったわけ!?」
「一君、君何か隠そうとしてるでしょ、吐いちゃいなよ」
「うるさいぞ二人とも!」
 ぎゃーぎゃー言い争う学生組、それをがははと大口開けて笑う新八。山南も一緒に苦笑すると、原田がそれを見て首をかしげた。
「どうした山南さん」
「いえ、ただ影響力というのは凄まじいものだと思いまして」
「千鶴のか? 確かにあいつはすげえと思うよ」
「大切なものを追い求めて一生懸命になる彼女を、皆が大切に思っていく。不思議ですね、見守る形は様々なのに、どれもが彼女の道に繋がるのですから」
「大切……か。山南さんも、あいつが大事か?」
「そうですね、もう彼女もここの家族だと思っていますよ。君も、彼女のことを心ばかりか想っているのではないですか?」
 穏やかに問い返されて、原田は言葉に窮する。大事かそうじゃないかと言われたらもちろん大事だ。家族だとも思っている。だけど、新八や平助に対する感情とまた別の気持ちが生まれているのも否定は出来なかった。
「私は彼女が幸せになってくれればと思いますよ。近藤さんもきっと、それを願っていると思いますから」
「そうだな、あいつが幸せになれる道があれば、それが一番だと俺も思うぜ」
 まだ騒ぎ続けている学生組に、ご飯をかき込み続ける新八、大人げないことにこっそり平助のおかずまで食べている。新八の意地汚さはともかく、こんな馬鹿みたいに騒いだ朝食は、千鶴がここに来てから生み出されたものだ。穏やかに笑う山南が見られるのも、千鶴がいるからだ。
 本当に大切な女の子、ここにいる全員が守りたいと思える女の子。彼女がどんな結末を選んだとしても、おそらくここにいる誰もが納得し、幸せを祈ってやれるだろう。
 千鶴という人間に出会ったことで変わった人々。それを本人が理解して、胸を張って生きて行ってほしい。千鶴が居たから、たくさんの人が笑っているのだということ、ちゃんと知ってほしい。
「って、てめえ人が考え込んでるからって俺の分のおかずまでとってんじゃねえよ!」
「うるせえ、とられる方が悪い!」
 思考に耽っていた原田の隙をついて、新八は原田の膳からおかずを一品盗み出した。しかも自分のしたことを全肯定する形で。
「ふざけんな! これだから食い意地はってる奴は!」
「大体さっきからきいてりゃ、なんだっての。千鶴ちゃんはな、幸せになるんだよ。あの子が幸せになれるように、俺たちが手伝ってやりゃいいだけの話じゃねーか。どうせ俺もお前も考えるより行動した方が早いんだし、そんな脳みそ使ったって無駄だろ」
 いっただき、と原田の鮭から身をもぎ取った新八はそれを口に放り込んで、ご飯を更におかわりする。
「平助、おかわり」
「自分でよそってこいよ! つか、俺のおかずなくなってるんだけど! 新八っつぁんまた人のもん盗ったな!!」
 沖田と共同戦線張っていた平助の敵が新八に変わり、二人は睨みあう。
「盗ったとは失敬な、鮭が俺に食われたがってたんだよ」
「どういう理屈だよ!! 信じらんねえ、大人げなさすぎ!!」
「ねえ、一君千鶴ちゃん何したの?」
「しつこいぞ総司、何も無いと言っている」
「賑やかですね」
 本当に、誰がこんな朝食を迎える日が来ると思っただろうか。しかも今日は一喝する人間がいないからヒートアップするだけだ。原田はこの惨状を見て苦笑した。


 今日は交流祭最終日、それと共に沖田が入院する日である。
 迷うことなく、千鶴は沖田を見送ってから学校に向かうことにした。土方にお願いしたら意外にもすぐに許可を取ることが出来たので、当然平助と斎藤も一緒だ。旅行カバンを一つ抱えた沖田は、門の前で車が来るのを待っていた。タクシーで行くはずだったが、井上が急きょ車を出してくれることになったのだ。沖田を見送るのは他に土方と山南だ。山南は土方が来ることに渋い顔をしていたが、最終的に許可を出した。山南としてはあまり立たせることはしたくないのだろうが、土方も頑として譲らなかったのである。警官二人は仕事のため出勤してしまったが、出勤前にはちゃんと声をかけていた。
「ちゃんと治して早く帰ってこいよ!」
「うん、平助いないと退屈だしね」
「俺は総司君のおもちゃじゃないから!……早く帰ってこないと、抜け駆けするからな」
「それは困っちゃうな、じゃあ期待に答えて早めに帰ってこないと」
 千鶴は二人の会話の意味をまったく理解していなかったが、微笑みながら見守る。
「しっかりな」
「うん、ありがとう」
「ちゃんと主治医の先生の言うことは聞くんですよ?」
「わかってますよ、山南さん」
 斎藤と山南からも激励をもらって、沖田は土方と向き合った。
「少しの間留守にしますけど、ちゃんと守ってくださいね」
「解ってるよ、だから安心して行って来い」
「……いってきます」
 そして沖田は千鶴に向き合った。
「千鶴ちゃん、一つだけ約束して欲しいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
 自分が出来ることならなんでも! そう意気込んだ千鶴は、身を乗り出して沖田の話を聞く。
「僕がまたここに帰ってきたら、君は笑っておかえりなさいって言って。君の居場所はここだよ、正直自分の手で守れないのは悔しいけど、君のことはここにいる人たちが絶対守るから。僕も、さっさと治して戻ってくるから、そうしたら、君は笑って僕を出迎えて」
 約束だよ、と沖田は小指を差し出した。千鶴はその小指に自分の小指を絡ませる。
「はい、お約束します」
 沖田は満足そうに笑うと、ちょうど来た井上の車に乗り込んだ。沖田を見送るために、手を振る平助と千鶴。発車した車が見えなくなるまで、二人は道の真ん中でそれを見送った。
 沖田と会えるのはこれが最後じゃない、千鶴は自分にそう言い聞かせて、絡めた小指の感触を思い出した。約束をしたのだから、千鶴は守らなければならない。そのためには、千鶴自身が様々なことと決着をつけるのだ。追いかけていた父のこと、そして薫のことも全部。土方は千鶴に言った。背負うことが仕事ではないと。この家を守ることが千鶴の仕事だと教えてくれた。だから、千鶴はこの家を守るために、笑顔で皆を出迎えるために、全てに決着をつけなければならない。最後まで、父親の…綱道のしたことを知りたい。それがどんな結末になったとしても、途中で放り出すことなんて出来ないのだから。


 了





   20100708  七夜月

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