番外編3 「VD」編



 そしてその日の夕食。食卓の上に並んだ、チョコ、チョコ、チョコ、に皆絶句した。チョコフォンデュにチョコレートケーキ、チョコタルトにチョコクッキー。ものの見事にチョコ尽くしだった。
「ふふふ、これで皆さんの口にも平等に入りますね」
 男たちの微妙な顔にも負けず、千鶴はニッコリと笑った。千鶴が今回用いた戦法は、特殊なものを除き(ブランデーなどの入っているチョコだ)チョコをすべて溶かして、すべてまとめてしまうことだった。手作りであるならば元は同じチョコ。尚更溶かしやすい。ということで、全部の気持ちが均等且つ平等に皆の口に入ることとなったのである。
「……これっていいのかな、屁理屈って言うんじゃ」
「皆さんの口に入ることに変わりありませんから」
 珍しく呆れている沖田に、千鶴は堂々とそういいきった。確かに千鶴の言っていることに間違いはないが、反則並みの裏技に近いことは否めない。
「さあ、とりあえず夕食です。せっかくチョコフォンデュがありますから、切った果物をつけて食べてみてください」
 鍋で作ったチョコフォンデュ、皆それぞれ食卓について、この現状の在り方に疑問を唱えつつも結局は口に含んだ。何を言おうとももうチョコは戻らないのだから、どうしようもない。
 そんな中、斎藤がチョコフォンデュと果物を交互に見て、千鶴に尋ねた。
「これはどうやって食べればいい?」
「斎藤さんチョコフォンデュ初めてですか?」
「ああ」
「チーズフォンデュを食べたことは?」
「ない」
 他の人の顔ぶれを見ると、皆食べたことがないらしかった。まあ、チョコフォンデュなんて男所帯では作らないものだ。千鶴も父親と住んでいるときに家でチョコフォンデュを作ったことはない。ということで、一から全部教えるために、千鶴は一本の箸を皆に見えるように出した。
「この箸の先にこうやって果物をさして……そうしたら、今度はこれをチョコにつけるんです」
 切ったバナナがあったので、千鶴はそれを例に使った。バナナは柔らかいので、箸を通しやすい。他にもいちごなどの果物はもちろん、マシュマロも用意しているので、各自好きな物を取れるようにしてある。
「そして、食べます」
 一口大に切ったバナナは簡単に千鶴の口に収まった。
 もぐもぐもぐもぐ。
 ごくりと飲み込んでから、千鶴は笑顔で問いかけた。
「わかりましたか?」
「ああ、わかった。要するに食べたいものを箸に刺せばいいのだろう」
「そうです」
 そしてそれぞれが物珍しげにチョコフォンデュに箸をつけ始めたころ、不意に沖田が千鶴に問いかけた。
「ところで千鶴ちゃんは、チョコレート誰かにあげたの?」
「え?」
「だって机の上に置いてあったの僕見たよ」
 千鶴筆頭、井上以外のそこにいた人物が箸を止めた。井上は「これはなかなか美味しいね」と箸を動かし続けている。千鶴はロボットのように首を動かしながら沖田を見た。
「……見たんですか?」
「うん、見ちゃった」
「あれは違うんです……第一、あげる相手なんて私には」
「そうなの? てっきり僕はこの中の誰かにあげるつもりだったのかと思ってたよ」
 確かに、千鶴も考えた。だが、それではあまりに不公平じゃないか、とも思う。皆にはお世話になっているし、平等にお返ししたいと思っているのだ。
「とにかく、あれは違うんです」
 実は今も持っているのだが。あげる相手はやはり当日になっても決まらなかったので、もういっそ自分用にでもしようかと考えていたところだった。
 そうして話が切れて微妙な空気が居間に流れ出した瞬間、玄関のドアが開く音がした。それと同時に、近藤の元気な声が聞こえてくる。
「今帰ったぞ! なんだか今日は甘い匂いがするな」
 近藤の帰宅だった。千鶴はチャンスとばかりにその場を逃げ出して、近藤を玄関で迎え入れた。
「お帰りなさい、近藤さん。お疲れ様です」
「ああ、雪村君か。今晩のおかずはなんだね、随分甘い良い匂いがするな」
「ああ、今日はチョコフォンデュなんですよ」
「チョコフォンデュ?」
「ご存じないですか、溶かしたチョコに果物などをつけて食べるんです」
「ほお、初めて食べる食べ方だ」
 そして近藤が居間に顔を出すと、感嘆の声を上げる。
「すごいチョコの量だな……そういえば今日はバレンタインか」
 そして近藤は少し寂しそうに付け加えた。
「忙しさに忘れていたが、バレンタインだったのだな。今年もまた俺は妻と娘辺りからしかもらえそうもないが」
 そんなしょんぼりした顔を見せられて、千鶴が取るべき行動なんて決まってしまっていた。隠していた自分用チョコを、取り出すと、千鶴は迷わずそれを近藤に差し出した。何故か、近藤以外の人間から発される視線が痛い。
「あの、近藤さん。これチョコレートです、良かったらどうぞ」
「いいのか、雪村君。君にはあげたい人間が他にいるのだろう?」
「ふふっいませんよ、そんな相手。ですからいつもお世話になってますし、是非受け取ってください。感謝の気持ちです」
「そうか……ありがとう雪村君、とても嬉しく思うぞ。見ろ、トシ!雪村君からのチョコだ」
「ああ、はいはい。良かったなー近藤さん」
 棒読みにも近い土方の言葉もさほど気にしていないのか、気づいていないのか、感激した近藤が男泣きしそうな勢いで千鶴を見つめる。じっと見ていたら本当に目が潤んできた気がしたので、千鶴はさっと視線を交わした。まさかここまで喜んでもらえるとは思ってなかったのである。
「ふぅん、なるほどねえ。相手は近藤さんだったんだ」
 沖田の声が何故かワントーン下がった気がした。なんだろう、先ほどの料理を作っていたときの千鶴と大差ないくらいに、部屋の温度が急激に下がった気がした。この空気に気づいているのか、井上は先ほどから苦笑いしている。気づいてないのは近藤だけだ。嬉しそうに千鶴から貰ったチョコを見ている。その笑顔を見ているとあげてよかったと思うのだが、この空気は一体何なのだろうか。
「僕たちにはなくても、近藤さんにはあるんだ」
「近藤さんは皆さんの代表ですから」
「それってアリなのか……?」
「確かに師範ほど代表として務まる人物は居ない」
「いや、納得すんな斎藤、今そういう話してるわけじゃねぇから」
 何故千鶴がチョコをあげただけで、こんな話が大きくなるのか解らずに、千鶴は首をかしげた。確かに人数分買うほど千鶴の金銭の持ち前は多くない。だからこそ、代表として近藤にあげた、それの何が問題なのかさっぱり解らない。
「あの、どうかしたんですか?」
「別にー? ねえ、みんな?」
 最初に質問してきた沖田に今度は千鶴が尋ね返すと、とてもいい笑顔で拒否された。こういう笑顔をしているときはどうかしているときだとさすがの千鶴も気づいているのだが、理由が判明しない。そして他の人たちも何故か頷いているのである。
 イマイチ釈然としないまま、バレンタインパーティになってしまった夜を過ごしながら、それでも千鶴は近藤の喜ぶ顔を見て「まあいいか」と流した。


 了



 というわけで千鶴sideでしたー。オチが近藤さんなのはわたしが書いたら当然の結末ですけど何か?←
 まあ、でもそれじゃあ可哀想なので(数名が)オマケもつけようと思います。


   20100209  七夜月




 Side 沖田


 とても変な空気で終わったバレンタインパーティ。千鶴は後片付けを済ませて自室に戻る途中、風呂上りの沖田に会った。
「片付けは終わったの?」
 気まずい空気を作った張本人だというのに、沖田はごく自然に千鶴に話しかけた。先ほどまでのことなどすべて忘れてしまったかのようだ。そんな沖田が少し恨めしい。
「はい、沖田さんはお風呂上りですか。今、誰か入ってますか?」
「平助が入っていくの見たよ」
「そうですか」
 では千鶴がお風呂に入るのはまだまだになりそうだった。会話は終わったというのに、沖田はその場から動こうとしない。怪訝な表情で千鶴が見上げると、沖田がにっこりと笑った。この笑顔は何か嫌なものを感じる。千鶴は逃げようかと口を開いたときに、それを遮るように沖田が話し始めた。
「本当は少しね、期待してたんだよ」
「何をですか?」
「君がチョコくれるの」
「あれだけ食べたのに、まだチョコ食べたかったんですか!?」
「んー、そういう意味じゃないんだけど」
 驚愕する勢いで尋ね返す千鶴に、苦笑した沖田は首を振った。その瞬間、まだ濡れた髪から雫が飛ぶ。それに気づいた千鶴の表情がすぐに心配するそれに変わる。
「沖田さん、早く髪乾かさないと風邪引いちゃいますよ」
「そうだね、じゃあバレンタインくれる?」
「ええ? でも私、チョコ持ってないですし……」
 困った、沖田がからかっているのは解っていたが、千鶴は今あげられるものなんて何一つ持ってない。だが、沖田は何かあげないと髪乾かさないだろうし。うんうん唸りながら千鶴が考え込んでいると、不意に沖田が近づいてきた。
「じゃあ、僕から貰うけどいいよね?」
「え?」
 何を?と問いかけようと顔を上げた瞬間、頬に何かが触れた。一瞬千鶴は何をされたのかわからずに固まってしまい、そんな千鶴を見て沖田が呟いた一言は。
「ご馳走様、おいしかったよ」
 そしてくつくつと笑いながら自室へ戻っていく。ようやく千鶴が解凍されたときには、当然沖田の姿はない。千鶴は片手で頬を押さえ、片手で拳を握り締めながら顔を真っ赤に染めた。
「〜〜〜〜〜っ! 沖田さん!」
 叫ぶように名前を呼んでも、もう沖田はいないのだから何の反応も返ってこなかった。だから千鶴は知らない、部屋の中で千鶴の叫び声を聞いた沖田が腹を抱えて笑っていたのを。


「キスしてもいいよね?答えは聞いてない!」
そんな沖田さんが書きたかっただけ←






 side 斎藤


「お手伝いしてもらっちゃってすみません」
 居間のテーブルを拭いてくれている斎藤に向かって、千鶴は声をかけた。皿を洗い終わって、戻ってくれば居間の中も綺麗に片付いていた。さすが斎藤だ、と千鶴は感謝した。
「ありがとうございます、助かりました」
「これくらいたいしたことはない」
 バレンタインパーティーが終わって、あんなにもにぎやかだった部屋は今は片づけをしていた千鶴と斎藤しか残っていない。
「斎藤さん、怒ってないですか? せっかくいただいたチョコレートをあんな形にしてしまって」
 幾ら頭にきたとはいえ、冷静になれば結構自分でもひどいことをした自覚はあったので、千鶴は斎藤に尋ねる。だが、斎藤の表情はまったく変わらなかった。
「効率という面で考えれば、悪くないアイディアだろう。どうせ腐らすなら、形はなくなったとはいえまだこの方が親切だ」
「そ、そうですか」
 一応褒めてくれてるんだろうな、と千鶴は曖昧な笑顔を浮かべた。斎藤の言い方は時折気になって仕方ないのである。
「そういえば、斎藤さんはチョコレートって嫌いですか? あんまり食が進んでなかったみたいですけど」
「疲れたときに糖分を取ることはあるが……あまり好んでは食べないな。だが、嫌いではない」
「ああ、そうですよね。なんだか斎藤さんらしいです」
 でもどうやら嫌いなわけではないらしい、千鶴は先ほど冷蔵庫から取り出してエプロンのポケットにしまっておいた、小さなチョコレートを取り出した。ラッピングなんてされていない、ただラップに包まっているだけの簡素なものだった。
「あの、良かったらこれどうぞ。さっきの余ったチョコレートで作ったんです。せっかくのバレンタインですから」
「……くれるのか?」
「はい、いつも勉強とかお世話になりっぱなしですし、こういうときに恩返しさせていただきたいなって。恩返しできるほどのものではないですが」
 ただ湯銭で溶かして再び固めただけの、簡素なチョコレート。飾りも当然ついていない。小さな銀紙のカップに入れられているだけだ。すると、斎藤は何故か躊躇った後に、受け取ってくれた。
「ありがたくいただこう」
 そして、ふっと笑ってくれた。わっ、と千鶴は内心で驚いた。それと同時になんだか胸が温かくなって、思わずつられて微笑んでしまった。こんな風に喜んでくれるとは思ってなかったのである。
「こちらこそ、貰っていただけて嬉しいです。ありがとうございました」
 こんな風に相手が喜んでくれるからこそ、バレンタインでチョコレートをプレゼントするのかな、となんとなく思った千鶴は、再びニッコリと笑った。


 こっちはほのぼのです。別に時系列的に繋がってるわけじゃないんだぜ。パラレルパラレルw






 side 薫


「はい、これあげるわ」
 いきなり部屋に押しかけてきた千姫が差し出したその綺麗な包装を一瞥して、薫は溜息をついた。
「はー…今日はバレンタインか、千鶴がチョコくれないかな」
「そうやってあからさまに無視するのやめてくれない? いいわよ別に、いらないってことなんでしょう。お邪魔しました!」
 そしてチョコを持ったまま部屋を出て行こうとする千姫の腕を掴んだ。
「なによ?」
「誰もいらないとは言ってないだろ」
 千姫の手から半ば強奪する形でチョコを取り上げると、何故かいろんな角度からチョコを観察する。
「ふぅん、手作り?」
「そ、そうよ……でもいらないなら別に」
「だから誰もいらないなんて言ってないだろ」
 と、薫は綺麗に包装してある包装紙をすぐにも解いてしまう。そしてチョコレートを取り出して口の中に放り込んだ。その様子を、千姫がいささか緊張した面持ちで見守っている。たっぷり口の中でチョコを溶かしてから、薫は飲み込んだ。
「んー……普通?」
「言うに事欠いてその台詞がくるわけ……」
 がっくりと肩を落とした千姫を見て、してやったりと薫は口の端を持ち上げた。
「正直な感想なんだから問題ないだろ。だから、普通に美味いって言ってるんだよ」
 え、と千姫の顔が上がる。薫はそれを見て、笑い出しそうになるのを堪えた。なんというか、千姫は顔に全部出るのでわかり易いのだ。そしてそんなところが薫の妹にもそっくりなのである。
「ま、美味かったよ。ありがとう」
 とりあえずの礼を告げると、千姫がいきなり焦りだした。何をそんな焦ることがあるのやら、と薫は堪えきれずに笑った。本当に解り易い幼馴染だ。
「美味しかったのならいいのよ、喜んでもらえたようでよかったわ」
 その台詞を言うのにも何故か視線が泳いでいる。心なしか頬が赤く染まっているような気がしなくもない。
 本当に馬鹿だな、コイツ。
 薫は大変失礼な感想を抱きながらも、思わず零れてしまう笑みは止められなかった。
「来年はもっとすごいの期待してるから」
「貰う側の人間なんだから、あんまり調子に乗らないで」
 千姫はいつもの調子で腰に手を当てながら言ってきた。
 千姫は解っているのだろうか、今言った薫の言葉に隠された意味を。怒ったように返してきたんだから恐らく解っていないのだろう。
 また来年もバレンタインチョコを期待しているということを。


 まともに書いてみた。いつも千姫→薫ばっかり書いてたから今回は薫千姫で!!よし、これでバレンタイン終了!もうメールを読み返しながら色々頑張ったよ!ネタにあれもこれも使わなきゃ!って忙しかった!


   20100209  七夜月

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