番外編3 「AF」編



「あれ、土方さんお帰りなさい。早かったですね。近藤さんちゃんと送ってくれました?」
 茶を飲んでいたピンクのうさぎが話しかけてきた。土方はそのままリターンして廊下に出ようとしたら○ーポ君に道を塞がれた。無言の接戦の末、○ーポ君のまったく代わり映えしない笑顔に負けた土方は、もう一度部屋の中を見た。
 うさぎのそばには、はちまきしたカメと、茶色いクマが座っている。ファンシーなピンクうさぎと同様、とてもファンシーな表情をしたカメと茶色いクマだが、その首元と体躯には明らかに赤い色らしきもので染まっていた。スプラッタである。
「ほらほら、二人とも。土方さんが黙っちゃったじゃない。帰宅のあいさつでもしたら?」
「つってもな、なんか血生臭いんだよなこの着ぐるみ」
 というのは茶色いクマで、おそらくは原田。
「しゃーねーだろ、借りてくるときにちと色々あったんだからさ」
 そういうカメは呑気に茶をすすっているが、全部ボタボタと下に落ちてしまっている。「うわぁっちぃ!」と軽く火傷したらしいカメが跳びあがって遊んでいた(少なくとも土方にはそう見えた)
 何があったらそうなる。喉まで出かかった突っ込みを土方は飲み込み、この異質な空間に頭を痛めた。どこかにピンクの爪が長くて口の周りが血だらけなクマがいた気がするが、それに近い。
「おかえり土方さん。こんなカッコでわりぃな」
 火傷した箇所をさすりながらカメが言うと、土方はひどく当然な疑問を口にした。
「お前らよく着る気になったな」
 諦めの声音はクマより発せられたもの。
「ああ、まあ……もうこうなりゃ腹くくるしかねえし」
 要するに、沖田に逆らうのは無駄な抵抗というわけだ。
「ところで総司、脱げ」
 土方はこの場から消えたい思いを必死にこらえて、うさぎの頭を鷲掴みにすると捻るように首を回す。が、うさぎも負けてはいない。指のない手で抜かれまいと頭を押さえている。ギリギリと音でも立てそうな二人のやり取りに、周囲は手も足も出せない。
「あの、お帰りなさい土方さん…ピヨ」
 台所から顔を出したのは、全身真っ黄色なひよこだった。というか、身体のラインがもうない。丸い胴体にちょこんと出ている足はデフォルトされた鳥の足。当然手は羽で羽毛がふっさふっさと舞っている。頭部は可愛らしいひよこをあしらっており、口を開くと千鶴の顔が見えた。たびたび「ピヨ、ピヨ」と言っている。要するに千鶴はひよこのきぐるみのようだった。
「…………で?」
「こんな恰好ですみません…ピヨ。語尾にピヨをつけないといけない決まりで……ピヨ」
 他の奴らはまだいい。顔が出ていない分羞恥というものは半減される。だがしかし、千鶴は顔が出ている上に変な語尾を言わされているのだ。これ以上の羞恥があろうはずがない。土方はこの日ばかりは心底千鶴を同情した。
「今日ばかりはお前に、正面切ってこの言葉を言ってやる。……可哀想に」
 千鶴も土方の目が同情に満ちているのはよくわかったので、ピヨと言いながら肩を落としていた。
「お前の淹れた茶ァ飲んだら、お前は解放されるのか?」
「……わかりませんピヨ」
「ちなみにピヨをつけなかった場合、お前はどうなるんだ?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
 土方が言うと、うさぎは立ち上がり、ひよこの傍へ寄った。そしてガッと嘴を両手で開くと、千鶴の顔めがけて片手を突っ込んだ。
「おかしいな、うちで飼ってるひよこが変な風に啼き始めたなあ。ひよこの鳴声はピヨだったはずだけど」
「ピヨーーーーー!!」
「総司、てめえ何してやがる!!」
 沖田は片手で千鶴の両頬を押さえ、まるでタコのように唇をとがらせている。
 これをいじめと言わずになんというか。
「ひょーーーーー!!」
 口の形が変形してピヨの発音がうまく出来ないせいだろう、千鶴は面白い叫び声をあげている。そんなうさぎを後ろから羽交い絞めにした土方は無理やりうさぎをひよこから引き剥がしてそのまま締め上げる。うさぎから解放されたひよこはピヨピヨ言いながら無い手で頬の具合を確かめた。
「てめえに限度って言葉はねぇのか!」
「ありませんけど、なにか?」
 飄々と言い放ったファンシーうさぎは、すぐさま土方の腕から脱出すると、元の位置に座りなおした。茶をすすっている。
「限度を作れ! 今すぐに! おい雪村、大丈夫か?」
 前半の怒声は当然沖田に、後半は千鶴への声かけだった。
「はい、大丈夫ですピヨ」
「そうか、ならいいが……いや、良くはねえが、とりあえず茶を出さなきゃこの馬鹿げた寸劇は終わらねえんだろ。だったら茶をもらうぜ」
「あ、はい! さっき頑張って淹れたんですピヨ!」
 丸っこいひよこはそそくさと台所に戻ると、湯飲みを一つおぼんに乗せて持ってきた。手がないのによくもまあ器用に持ってきたものだ。土方がそれを受け取ろうとした瞬間、またも突然沖田の声が聞こえた。
「あ、あんなところに本物のひよこが!」
「え!? どこですピヨ!?」
「え!? どこだよ!?」
 千鶴がよそ見をした瞬間、同じようによそ見をした平助の襟首を掴んだ沖田はいとも簡単に平助を投げた。目標物は見事クリティカルヒットを放ち、千鶴の丸い胴体に真横から平助が体当たりする形となった。
「へぶっ!」
「ピヨ!」
「あぶねえ!」
 まるで玉つきのように平助がぶつかったことにより、ひよこは土方へとヘッドロックをかまし、二人分の勢いプラス千鶴のきぐるみの体積のでかさで土方は踏ん張れず突っ込まれて転倒、尚且つ転がったひよこを止めようとしたクマが「ぶはっ!」とまるでボーリングのピンのように部屋の隅に弾き飛ばされ、「よっしゃ来いよ!!」と両手を広げて叫んだカメのもとにひよこが突っ込む直前「そーれ!」という掛け声とともに勢いが増したひよこの回転力はカメを容易く踏みつけ廊下に続く障子に突進した。べりっという嫌な音とともに、障子が廊下に倒れ込み、そこにいた人物を巻き込みながら破けた。
「わあ、まるでコントのオチみたいですね、山南さん」
 山南の頭から足先へと倒れた障子は彼の頭により破け、腰辺りで止まっていた。奇跡的なことに、廊下にふっ飛ばされてはいたものの、山南の眼鏡は無事である。腰から障子を抜き取って眼鏡を拾い上げると、山南は酷い惨状になっている室内を見渡し、笑顔とそして額には青筋を立てた。
「これは一体、何をしているのですか?」
 カメは甲羅が重くて起き上がれないのかバタバタしているし、障子にぶつかってきたひよこはバタンキューとなっているし、平助は山南の怒気に恐れをなしてピー○君の後ろに隠れているし、土方は今にも逃げようとしているうさぎの頭を掴んで離さないし、クマはぶつかった先の壁に掛っていた掛け時計が外れて頭上に落下し目を回している。お茶は零れて床はびしょびしょ、そこらじゅうが壊れてボロボロな部屋から物事を推測しろというのが無理だった。
 ある程度被害を被らない場所にいたピー○君が、持っていたスケッチブックに速記で書き込みそれを山南に見せる。
『今日はエイプリルフールですから』
 たぶんこれで何かがわかったわけではないのだろう。だがしかし、想像は出来たらしい。
「……全員そこに座りなさい!!」
 珍しく声を荒げた山南に言われ、居間にいた人物たち全員が正座をさせられて、元凶である沖田は延々と三時間、山南からみっちりお説教を食らう羽目となった。

 お説教には当然土方も含まれたわけで(が、一番初めに解放されたのもまた土方であるが)、一足先に自室へと戻ってきた土方は深いため息をついて座り込んだ。居間の後片付けはこんなバカげた騒ぎを引き起こした張本人にやらせるとして、今回の一番の被害者は土方よりも千鶴であった。土方が外的要因で被害を被ったのは、千鶴のヘッドロックくらいである。
「あの、土方さん少し宜しいですか?」
「雪村か、入れ」
「失礼します」
 ちょうど考えていた相手の訪問に、土方が許可を出すと、先に頭だけ出していた千鶴が徐々にふすまを開けた。どうやらもう、ひよこではないようだった。
「あの、今日は本当にすみませんでしたピヨ」
 微妙な間が二人を包み込んだ。ここはあえて無視するかどうするか悩んだ末に、土方は優しさとして突っ込んでやることにした。
「……語尾が残ってるぞ」
「……本当すみません、癖って怖いですね」
 居たたまれなさそうな千鶴は、顔を赤くしながらふすまの蔭へと隠れていく。穴があったら入りたいという気持ちだけは理解できたので、土方も今回は目をつむることにした。
「謝罪だけでもと思いまして……」
「俺は毎年のことだからな、慣れてる。それよりお前だ、あいつに付き合わされてさぞ迷惑しただろ」
「あ、でも、思ったより楽しかったんです」
 元気が出たのか、またふすまから顔を出した千鶴は、ちゃんと土方と向き合うようにして微笑んだ。
「最初は何をやらされるのかなと思ったんですけど、皆でこんな風に普通と違うことしてたらなんだか楽しくなっちゃって……あのひよこの姿でお茶淹れるの、本当に大変だったんですよ! 何度も失敗するし、そもそも手がないから持ち方からどうしたらいいのかわからないし、不思議なことばかりでした!」
 これは土方にとっても予想外の出来事だった。目をキラキラと輝かせながら話す千鶴は嘘をついているようには見えない。
「お前は楽しかったのか?」
「はい! さすがに毎日だと大変だけど、たまにはこういうのも面白いなって……あ、でも結局土方さんは迷惑を被っていただけなんですよね。すみませんでした!」
 ぺこりとお辞儀をして部屋を辞すために立った千鶴の背中に、土方は「おい」と呼びとめる声を出していた。
「お前は楽しかったんだな?」
「はい、楽しかったです」
「そうか、なら良い」
 確認しながら苦笑めいたものが漏れて、千鶴が驚いた表情を見せた。なんだよと土方が問う前に千鶴はもう一度お辞儀をしてから部屋を出て行ってしまったので結局は聞き出せなかったが、千鶴が思った以上に楽しんでいたのは土方にとってはなかなか悪くないことだ。
 今年はどれだけ人に迷惑をかけるのかとも思ったが、誰かが笑うというのであれば、ある意味沖田の仕掛けたエイプリルフールは成功なのかもしれない。
「ったく、今回だけは大目に見てやるか」
 いつもはただ怒るだけだったが、こうやっていたずらを仕掛けるのには意味があって、その意味を自分以外の誰かが理解したというのであればもうそれで良いではないか。
 珍しく気が大きい土方のこの思いつきは数時間後には撤回されて結局は雷を落とすこととなるのだが、それこそがいつもの日常であった。

 一方、土方の部屋を出た千鶴は、最後の土方の笑顔に驚いてしまっていた。
 普段笑うことのない人だからこそ、珍しいと感じたのである。
「でも、土方さんが笑ってくれたなら、沖田さんのいたずらは成功なんだよね」
 誰かを笑わすためにつく嘘の日。沖田は土方を楽しませたということなのだから、今回は千鶴も協力して良かったと思っている。
 またこんな機会があったら、ぜひとも手伝わせてもらおうと千鶴はお説教を未だ受けている沖田の手伝いへ居間に向かった。


 了



 虐げられろとは言わないけれど、いじられるヒロインも結構好きですw沖田さんたぶん遠慮ない気がする。そういう間柄っていうのもいいよね!ってことで←
 結局悪いのは一人なのに全員が怒られるっていう悲しいオチです。しょうがないよね、連帯責任ですから★
 エイプリルフールに書き始めたのに完成が今という残念な代物ですorz


   20100513  七夜月


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