番外編5 「掃除」編



「い、いいんでしょうか斎藤さん。沖田さん置いてきてしまって」
 戸惑いを含んだ千鶴の声に、斎藤は頷く。
「構わん、無視していろ」
「さすがに可哀想じゃねえ? てか、総司君何したの?」
 平助が庇おうと声を上げると、沖田の所業について斎藤から語られた。
「今朝土方さんの留守を狙って部屋に入り込み、先ほど師範代が持っていた雑誌を至る所に隠していた。たまたま俺がその様子を見かけたので師範代に報告したんだが、正解だったな。それでもなお庇い立てするのであれば、平助は戻って一緒に怒られてくるか?」
「いや、遠慮します」
 沖田という人物が欠けたパーティーはそのまま、元々の目的地で在った新八の部屋へとやってきた。
「さーてと、ここが最後だな。千鶴、ビックリすんなよ?」
 平助の言葉に、千鶴が首をかしげると彼はノックの後に扉を開けた。
「新八っつぁん、入るぞー」
 新八はたまたま部屋に居ないのか、返事はない。暗い部屋の中、手探りで電気のスイッチを探し当てた平助がオンにすると、明かりがついて部屋の中が照らし出される。千鶴がひょこっと平助の肩越しに部屋の中を覗くと、特にそこまで汚いわけではなかった。
 ビックリするな、なんて言われるから何があるのかと思っていたが、テーブルの上に片し忘れたカップラーメンの容器や、ゴミが散らばっているだけだ。
「……何にビックリするの?」
 千鶴が平助に問い掛けると、平助も腑に落ちないような顔をしている。斎藤の顔色は普段と変わらなかったが、口数の少なさからしても何かしら思うところがあるのだろう。
「ちょうど部屋片した後なのかな。いつもは本当にひっでーんだぜ?」
 と、会話をしていたら新八がギョッとしたような声で入ってきた。
「お、おいお前ら! 人の部屋で何やってんだよ!」
「あ、新八っつあんおかえり。最近部屋掃除したの?」
 平助が尋ねると、新八は一瞬肩を揺らして肯定した。
「お、おお。まあな。衣服の乱れは精神の乱れって言うだろ? 部屋も一緒だ、俺は心も鍛えてるからな」
「ふぅん?」
 平助の疑惑の相槌に、益々新八の挙動が怪しくなっていく。
「ってか、お前ら何で人の部屋にいるんだよ。さっさと出てけって」
「なんだよ、オレらが部屋遊びに来ちゃまずいことでもあんのかよ」
 追い出そうとする様が癪に障った平助が口をとがらせてそう言うと、新八は頭をかきながら否定する。
「そ、そういうわけじゃねえけどよ。ほら、あれだ! 俺は仮にも警察官なんだぜ? 機密事項が部屋にあっても不思議じゃないだろ?」
「機密事項を部屋に持ち帰ることの方が不思議だが? 守秘義務に反しているのではないか?」
 冷静な斎藤の突っ込みに、新八は焦ったように言う。
「そ、そりゃまあ隠さなきゃならなねえもんを外部に持ち出すことはねえけどさ。家に持ち帰っても構わない程度の書類とか、な! とにかくあるんだよ!」
「外に持ち出せる情報なら、尚更隠し立てする必要を感じない」
「どうも怪しいよなー」
 斎藤と平助の疑惑の目が深まる中、千鶴はおろおろと二人の様子を見ていた。
「あ、あの二人とも。永倉さんもこういってることですし、今日はもう戻りませんか? 夜も遅いですし」
 千鶴の声に新八が便乗するように乗ってくる。
「そ、そうだぞお前ら! あんま遅くまでガタガタやってたら他の奴らにも迷惑だろ? つーわけで、さっさと出てった!」
 新八に背中を押されるようにして全員が部屋から出ようとすると、平助が引き戸の端から何か紙切れが飛び出しているのを見つけた。ためらうことなくその紙切れを平助は引っ張る。
「なんだこれ?」
「あっ、馬鹿!! やめろ平助……!!」
 永倉の制止をまったく意に介さない平助がその紙切れを勢いよく引っ張った瞬間、引き戸が開いてまるで雪崩のように雑誌やらスナックの食べた袋やらゴミと呼べるものが落ちてきた。
「うわぁあああ!!!!」
 既に部屋を出ていた千鶴は平助の悲鳴を聞いて振り返る。すると、まるでマジックのようにゴミで埋め尽くされた部屋が千鶴の目の前に現れた。
「い、一体これはどうしたんですか!?」
 驚いて隣に立っていた斎藤に尋ねると、斎藤が平助の開けてしまった引き戸を指差した。中には段ボールやケースが入っており、そこから色々と漏れたらしい。
 千鶴の目の前にも大人向け雑誌が波のように押し寄せてきた。それを一冊拾い上げて真っ赤にして顔をそむける。見開きで開かれたのは、女性のあられもない姿の写真が載ったページで在った。
「な、永倉さんっ!」
「だからやめろって言ったのによぉ」
「だ、誰か助けてくれ!抜けない……!」
 盛大な溜息をつく新八に、こちらこそ溜息をつきたいと千鶴が抗議の声を上げると、部屋の奥でゴミに埋もれて呻いている平助と新八の声が聞こえた。
「斎藤さん、平助くんが」
「わかっている。お前はここで待っていろ」
「ふぎゃっ!斎藤、人の頭踏んでくんじゃねえ!」
「すまん、わざとだ」
「わざとかよ!!」
「バランスを取るのが難しくてな」
 千鶴は部屋の入り口で待機させられて、斎藤は平助を助けに行く。埋まっている新八の頭を踏んで行ったのは本人の言うとおり意図的だろう。ごちゃごちゃしてしまった部屋は先ほどの綺麗さが見る影もない。ベッドの上までゴミが占領している、さすがにこれは予想してなかった。千鶴が深く溜息をつこうとした時、目端に何やら不吉なものがうごめいた気がした。
 おそるおそるそちらに目をやると、大きさで言うと五センチ程の黒い物体が壁沿いにがさがさと動いている。その姿を目にした瞬間、千鶴の眼の色が完全に変わった。
「い、いやぁあああああああ!!!!!」
 大絶叫とも言える千鶴の声が近藤邸を震撼させた。
 こんな絶叫、一緒に暮らしてから初めて聞いた面々は呆けたように千鶴を見つめる。俯いてブルブル震えていた千鶴は、錯乱したように廊下に置いてあった掃除機のコンセントを入れると、吸い込みを「強」にして片っぱしから掃除機をかけ始めた。壁に向かってぴょんぴょん飛びながら、例の奴を吸いこもうとする。
「いやぁあああですぅうう!」
「落ちつけ雪村、どうしたんだ一体!」
 斎藤も驚いたように千鶴を止めに入る。
「いてっ!ち、千鶴ちゃん頼むから蹴るな! いてて!」
 埋まっている新八の顔を蹴り飛ばしても目の前の恐怖と闘っている千鶴には届かない。斎藤から押さえこまれようと、普段からは考えられないほどの力で抜け出した千鶴は、逃げる奴を追いかける。
 既に半分以上救出されていた平助は自力で立ち上がると、斎藤へと駆け寄る。
「まさか、千鶴の奴……アレがダメなんじゃ」
 平助の視線を追わずとも、斎藤は既にアレの存在を視認していた。
「おい、なんだ今の悲鳴は!」
 土方と沖田、それから寝ていたはずの原田や山南までもがやってきて、この大惨劇に唖然となる。狂ったように掃除機を振りまわす千鶴と、そんな千鶴に蹴られ続ける新八、そして手出しできず手をこまねいている斎藤と平助。そんな四人の様子では何があったのか解らない。
「斎藤、平助。状況を説明しろ」
 と土方が声をかけると、平助の視線が天井を逃げまどう黒い物体へ注がれた。千鶴はあはははは!と壊れた笑い声を上げながら、掃除機を所構わずかけまくっている。そんな状況から、なんとなく事態が推測されて、土方は片手で額を押さえる。沖田は説教を食らっていたことなどすっかりわすれてしまったかのように、面白そうなものを見つけた子供の表情で新八の部屋を見ている。
「あははっ、随分楽しいことになってるね」
「まったく、何をしてるんです君たちは」
 山南もこめかみに皺をよせ眼鏡を直しながら溜息をついている。すると、千鶴がようやく例のものを掃除機で吸い取った。ぐごごごごと音が濁る中、千鶴は親の仇を見るような眼でそれをみつめていたが、やがておとがしなくなると、溜息をついた。だが、その瞬間、今度は二匹雑誌の上を徘徊する奴らを発見した。先ほどのものよりも小さいが、小さくたって一人前のアレである。
「……掃除」
 千鶴はそれを見てぽつりと呟いた。
「今夜は大掃除です!!ゴミは全部片付けます!!」
「いてててててて!!!!!」
 掃除機で新八の頭を吸い始めた千鶴を慌てて斎藤が止める。
「雪村、それは一応ゴミではない。離してやれ」
「一応じゃなくて、れっきとしたゴミじゃねええ!!」
 新八の突っ込みは聞かれることがなかった、暴徒と化した千鶴はもう誰も止められなかったのである。


 結局、新八の抵抗も虚しく、成人雑誌はすべて焼却処分となり、その他のゴミもきれいさっぱり部屋から持ち出された。鬼となった千鶴に抵抗する術は、最初からなかったとも言える。以降、新八の部屋が必要以上に汚くなることはなくなった。あの日の千鶴は伝説となり、巻き込まれて夜通し掃除を手伝わされた他の面々からも白い目で見られ、新八はきつくお仕置きされたのであった。


 了





   20110106  七夜月


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