ラブリィレクチャー ちょっと……ホントに、幾らなんでもこれはないでしょう。 お茶を持ってきた私は、私の部屋で大いに寛ぐ…もとい、眠っている拓磨に落胆した。 もうすぐ夏休みになる今は高校三年生。今年は受験生だしそんなに遊ぶことは出来ないだろうけど、せめて……せめて、邪魔されることのないこんな時くらい。もっと、こう…仲を深め合うとか! 期待なんて、最初からしてなかったけどさ。 まだクロスワードやってる方がマシだわ。いや、結局私の話聞いてないから起きてるか寝てるかの違いだけだけど。 「まーったく……」 お茶を机の上において、部屋の真ん中陣取って眠っている拓磨の脇に腰を下ろした。 元々は皆でやろうと思っていたテスト勉強。でも今日に限っては他の人の都合がつかなかったから、それならばと私の部屋で一緒にやろうという話だったのに。 なのに、なんで寝てるかな。 仕方がないので寝ている拓磨を放っておいて自分の分だけ勉強を始めることにする。ええと、今日は何をやるんだったっけ?あ、そうだ英語だ。テキストを開いてノートを開く。でも受験勉強といえども範囲が広い。本当は今日の範囲は拓磨と相談してから決めようと思ってたんだけどな。 とりあえず文法の復習を始める。 「えーっと、……ここの他動詞ってなんだっけ。どういう用法で使ってるんだっけ?……ねえ、拓磨ー?」 「……………すー……すー…」 振り返ってみると拓磨はまだ寝ていた。祐一先輩以外ですーすーとか言う人初めて見たんだけど。のんきに眠ってるし、なによ、ヒトの気も知らないで。 文法はダメ、自力でやろうにも時間がかかりすぎる。早々に見切りをつけた私は今度は単語帳を取り出した。 「lovely……うっとりするほど美しい。うっとりするほど?って、結構なとか愉快とかも意味があるのね」 日本語もだけど、英語にも色々な意味がある。覚え甲斐はあるんだけど……これ全部覚えるの?うう、先が思いやられる。 しばらく一人で単語帳をめくってみる。こうなるともう勉強というよりもただの暇つぶしになる。寝ている拓磨の前で音を出すことが出来ないのだから、声に出して覚えることも出来ない。ぺらぺらめくっていると、途端に自分も眠気が襲ってくる。ううん、ダメダメ。ここで寝たら拓磨と一緒じゃない。 負けちゃダメよ、眠気に負けたら全てに負ける気がする。 「もう、これもそれも全部、拓磨のせいだからね」 少しだけ恨み晴らしても文句言われる筋合いないよね。そう思って、単語帳を置いてシャープペンを代わりに持つ。ただし、いつもと逆に持つ。普段だったら字がかけないのでこの持ち方にさして意味はないけれど。 「えい」 ノックをする側を構えてちょんと一突き。 拓磨の頬はシャーペンの蓋部分の形にそのままへこむ。途端に嫌な顔をする拓磨。 あら、これはちょっと……。 眠っていながらもそんな顔を見せるのだから、なんだか面白くなってくる。 顔ばっかりいじってるとそのうち起きそうだったので、今度はわき腹を突いてみる。って、固い……筋肉かなあ。何気に拓磨って筋肉あるよね、真弘先輩と一緒によく喧嘩するし。最近では遼ともよく喧嘩してるみたいだし。あんまり危ないことして欲しくないんだけど、血の気が多いというかなんと言うか。 「もう少し落ち着いてもいいんじゃない?」 高校生なんだしさ。悔しいけど、真弘先輩たちと遊んでるときの拓磨は楽しそうだ。 私の知らない過去の拓磨、幼少の頃の拓磨たちを知ってるのはやっぱり守護五家の皆だから。私はそこに入れない。 悔しいなあ、私が持ってない拓磨を皆が持ってる。なのに拓磨は私といてもいつもこんな風に自由で、もっと私しか知らない拓磨が知りたいのに。皆の前でいちゃつきたいとかそういうわけじゃないけど、あんまり構ってもらえないのも考え物だ。 「拓磨ー起きてー」 今度はシャーペンじゃなくて、自分の指で拓磨の頬を突く。 「じゃないと、嫌いになっちゃうからね」 何気なく口にしたその言葉に、拓磨の目が即座に開かれる。あまりの反応の良さに、思わず飛びのきたくなったけど、即座に居住まいを正した。ここは私の部屋なんだから別に私が構うことはないわよね。 「うわっ、びっくりした」 「……何してんだ、おまえ」 「何って、拓磨起してたんだけど…勉強するんじゃなかったの? なんで寝てるのよ」 欠伸を噛み殺すように腕を伸ばす拓磨、本当に寝てたんだとわかるほどまだボーっとしている。こんな姿はちょっと可愛いのに。 「……いや、なんか眠くなって」 「祐一先輩じゃないんだから」 「悪い……んじゃ、勉強するか」 私がテキストをひらきっぱならしにしているのを見てだろう、拓磨も自分の教科書などを鞄から取り出している。私が持ってきたお茶を見つけたのか、もうだいぶ温くなっているにも関わらず拓磨はそれを飲み干した。 「まだ飲む? 淹れ直してこようか?」 「いや、いい。今ので十分だ。やっぱり昼寝すると喉が乾燥するな」 そしてさっさと教科書とにらめっこ始める。なんだか起きたら起きたで面白くない。台所まで戻しに行こうかと思っていたコップをお盆ごと元に戻して、私はこっちを見ようともしない拓磨の後ろから抱きついた。 「なっ、なにしてんだ!?」 「私拓磨が寝てる間に勉強したからもう飽きたよ。せーっかく二人きりなのにさ」 「おまえなあ……」 心底呆れる拓磨の声が聞こえてきた。 「む、はいはい。わかりましたよ。勉強すればいいんでしょう、拓磨寝てたけど!……ヘタレのクセに」 むっとした分、すぐに背中から離れて嫌味一つ言い返す。 だから、自分の身体がぐらっと傾いた時は正直何が起きたのか解らなかった。 「へ?」 「誰がヘタレだ。誰が」 覆いかぶさるように拓磨の顔が見えて、瞬きを一つ。拓磨の顔も少しむっとしているように見える。 「お望み通り構ってやるよ。それでいいだろ?」 「え、ちょっと待って、勉強するんじゃなかったの!?」 「ああ、勉強だろ? だから、俺がヘタレかどうか、レクチャーしてやるよ。おまえが理解するまで何度でも……二度と嫌いになるとか言わせねーからな」 最後のほうはごにょごにょと口ごもってて、よく聞こえなかった。 き、聞いてないし。ちょっと拓磨さん、顔近いです。怖いです。 目を瞑った瞬間に、すぐにも塞がれた唇は抵抗する声を上げる暇さえもらえなくて、私は結局拓磨に負けたんだと知った。でも、構ってもらえるように仕向けたのだから、ある意味では勝ったのかもしれない。 いつもどおり、今日も勉強がはかどらないなあ。そんな風にぼんやりと思ったときには、もう私の世界は拓磨一色になろうとしていた。 了 おまけ 「やっぱり嫌いになっちゃおうかな」 「…………」 拓磨から散々レクチャーを受けた後、珠紀はぼそりと呟いた。拓磨の手にはクロスワードパズル。当初の勉強も結局はやってなくて、今は帰ってきた美鶴が作ってくれている夕食を待って居間にいる。だが、そこにあるのは沈黙ばかり。 せっかく美鶴が「鬼崎さんがいらしてるんでしたら、こちらは大丈夫ですよ。ふふふ。せっかくの二人きりですから」と気を使って(?)くれたというのに。 「拓磨のバカ!」 私は腹立ち紛れに手にしていたタイヤキ型クッションを、拓磨の頭に投げつけた。 20081105 七夜月 |