バレンタイン 2 一方、珠紀は屋上に来て、不貞腐れていた。影から出てきたオサキ狐に愚痴っている。 「ひどくない、泣いてる女の子放置だよ? 追いかけてもきてくれないんだよ」 「ニー?」 「なんて男が小さいの!? あ、これはもちろん身長だけじゃなくて、心が小さいって意味でね……!」 「ニー?」 首を傾げ続けるオサキ狐に対して、珠紀は解ってないと知りつつもそれでも懸命に説明を続けた。無益であると知っていても今はこうして何か別のことをしなければまた考え込んでしまう自分がいたのだ。 一生懸命作ったチョコレートを眺めてから(実はあの後そのままオサキ狐に回収させていた)、珠紀はまた溜息をついた。こんなもの、と投げてしまおうかとも思ったが、曲がってしまったとはいえ心を込めて作ったチョコだ。捨てるには忍びない。 そこで閃いた珠紀は包みを開いた。案の定、ハート型は見事押しつぶされていびつに変形している。それを一つ口の中に入れた。口の中で溶けていくチョコレートは珠紀のとがった心に少しだけ傷つける。本来ならば自分が味わうのではなく、味わって欲しい人のために作ったのに。 「おーちゃんにも一つあげるね」 「ニーーー!」 オサキ狐は影から飛び出してきて、まるで犬のようにしっぽを振りながら口を開けて待っている。その口に入れようとしたらそれを横取りされた。 「え?」 「ばーか、これは俺のもんだろ、何勝手にクリスタルガイにやってんだよ」 取り上げたのは真弘。彼は問答無用でそれを自分の口に運ぶと珠紀の言葉も待たずに食べた。 「ん、うめえじゃねえか」 「ニーー!」 それを呆然と珠紀は見ていたのだがオサキ狐が抗議の声を上げようやく我に返る。 「ちょ…なに勝手に食べてるんですか。先輩にあげるなんて言ってません!これはおーちゃんに」 「俺んだろ? 本命チョコじゃねーのかよ」 「ち、違います! 先輩はフィオナ先生から貰ってればいいじゃないですか!」 「だから、アレは違うって言ってんだろ!」 二人揃って再び口論になりかけて、珠紀は口を噤む。確かに真弘のために作ってきたものだった。だけど、その必要性はなくなってしまったのだ。珠紀がどんなに想いを込めても真弘の頭の中は常に他の女の子のことばかり。そうだ、この間だって慎司の教室で昼食を取った際も鼻の下を伸ばしてたではないか。 「なんか…思い出したらまた腹立ってきました。やっぱりこれは先輩のじゃないです! 私のです!」 「はあ? って、お前何してんだよ!! 俺んだっつってんだろ!」 珠紀はチョコレートを流し込むように口に突っ込む。さすがに全部を口に含むことは出来なかったが、これで大半は食べてやった。何が悲しくて自分で作った本命チョコを取り合ってるのかわからないが、真弘の思うがままにさせるつもりは毛頭ない。 チョコが溶けるのをもどかしく思いながらも、真弘に背を向けて珠紀は口の中に入った分を完食する。口の中が猛烈に甘い、糖分を一気に摂取するよりかは少しずつ味わった方が美味しく感じるのでいささか甘さに参りそうではあるが、それでも珠紀は勝ち誇ったように真弘を見た。 「私のですから」 すると、真弘の周囲の気温が二、三度下降した。 「……珠紀、俺も俺で頭に来たぞ。いい加減素直になれおまえ」 「……いやです。先輩こそ、いい加減その女性に見境ないところ直してください」 「俺がいつ! 見境なかったっていうんだよ、言ってみろ!」 「古今東西先輩が生まれたときからですよ!」 「意味わかんねーよ!」 寄越せ、とチョコレートに掴みかかってきた真弘から逃れるように屋上で鬼ごっこが始まる。だが、相手は能力者、珠紀とはすでに埋めようのないハンデが設けられており、風を駆使した真弘にあっさりと捕まった。屋上の真ん中で両手首を押さえつけられ、押し倒されたかのようなこの体勢。それでも珠紀は気丈に顔を上げたまま、真弘を睨みつけていた。 「どうやらおまえには少しおしおきが必要だな」 「逆ギレはみっともないですよ」 負けじと言い返す珠紀に真弘も「いい度胸だ」とにんまりと笑う。珠紀はまずいと直感的に感じた。この笑顔をするときは、大抵真弘がロクなことを考えていないからだ。 「要するにだ、お前ごと食えばいいわけだろ」 「…………は?」 言葉の意味を掴みかけて、珠紀は間の抜けた声を思わず上げてしまう。待て、今の流れから何故そういう話になったんだと耳を疑う。 「口の周りについてんぞ、チョコ」 言われてようやく珠紀はその意図を理解する。瞬間的に頬を染めて自分で取ろうともがくが、あいにく腕は縫い付けられたまま。 「いいです、平気です、自分で取れますから!」 「遠慮すんなよ、優しいこの俺様が直々に取ってやるって言ってんだからよ」 ち、近い近い! 必死になって珠紀は抵抗するが、足で蹴り上げようにもしっかり押さえられている。小さいくせに真弘の力は強かった。珠紀が何をしてもびくともしないのだ。 キスされる、そう思って反射的に目を瞑った珠紀だったが、唇がふさがれることはなかった。 「へっ、ばーか。意地張るからだよ」 そういう真弘の言葉が聞こえて珠紀が眼を開くと、自分の腕の拘束はとうに外されており、真弘の手の中にはちゃっかりと珠紀の作ったチョコレートがあった。 真弘はそれをがさがさ漁って、チョコを食べながら話し続ける。 「あ、あーーーー! だ、騙しましたね!? 乙女の純情を!!」 「言ったろ、おしおきだって。……うん、うめえよ。このチョコ、ありがとな」 なんかこう素直に言われてしまえば、珠紀だって怒りの矛先をどこへ持っていったらいいのかわからなくなる。結果的に何もなかったんだから、良かったといえばよかったのだが……。 残念に思ってる自分がいるのも確かなのだ。 「ま、いつか全部もらってやるからよ。今度はこんなもんじゃすまさねえし、覚悟しとけよ?」 少しもごもごしたように言う真弘、言うのも照れるなら言わなきゃいいのにと少し思いながらも珠紀は思わず笑ってしまった。全部貰う日の意味合いがわかっているのだろうか、自分のこの玉依姫としての責務を背負った春日珠紀そのものをもらってくれるということなのだ。 「……ちゃんと、責任とってくださいよ?」 「おう、任しとけ!」 珠紀からのチョコをもらえたからだろうか、真弘の機嫌は上々だ。そんな真弘の傍でこうしてバカをやることが出来て、珠紀はなんだか嬉しかった。 了 20081112 七夜月 |