非生産性の一日



 うら若きカップルの正しい休日の過ごし方など、珠紀は知らない。だが、自分たちの過ごし方がおおよそのカップルの域と程遠いのはおぼろげには理解していた。倦怠期のカップルではあるまいし、この状況はどうなんだと思う。
「あのー…ですね、先輩」
 珠紀はベッドに寝転がり、先ほどからぱらぱらと雑誌をめくっている。だが、このページは既に3回は見た。
 寝そべった体勢は同じままでいるのが心底キツイ。ころころと体勢を変えてはいるが、腰もそろそろ痛くなってきた。片足を上げて布団に下ろす動作を繰り返す。
「んー?」
 返事は返事だが、生返事。真弘に話しかけても先ほどからこの調子で、一向に会話に進展がない。
 真弘は珠紀のベッドを背もたれにして、バイク雑誌を見ている。健全なカップルがバイク雑誌とファッション雑誌片手に部屋で会話もないってどうなのと、珠紀は提案する。
「せっかくの休日ですし、二人とも時間があるじゃないですか」
「……まーなぁー」
 珠紀の言ったことは一応理解しての返事を今度は返してくれた。だが、脳内での処理速度はだいぶ遅いようだ。つまるところ真弘にとって珠紀の優先順位はバイクよりも低い。ムッとした珠紀は聞こえるか聞こえないかの声音で悪口を言う。
「先輩のチビ、万年成長期、リアル二頭身」
 ぼそりと珠紀が言うと「なんだと!?」という声が一拍置かずに返ってきたので、聞こえているには聞こえていたようだ。だが、悪口ばかりはどうして速攻に理解して処理できるのに、他がダメなのか。
「聞こえてるんじゃないですか」
「聞こえてんだよ、チビで悪かったなあ! っていうかリアル二頭身ってなんだ、本気で俺は今傷ついたぞ!?」
「怒らないでくださいよ、聞こえてるか試したかっただけで本当にチビだなんて思ってません。それに先輩のリアル二頭身なんて居るわけないじゃないですか、怖いし。先輩は心の大きなすごい頼れる先輩ですから」
「……なぁんか引っかかる言い方だが、まあいい。んで、なんだよ」
 先ほどよりかは聞く気にはなってくれているらしい。珠紀は起き上がってベッドに座ると、まだ視線は未練たらしくバイク雑誌に向けている真弘を覗き込んだ。
「せっかく二人でいるんですよー? もっと生産性のあることしましょうよ」
「生産性ねえ……」
 イマイチ乗り気ではない声に少々落胆する珠紀だったが、真弘の反応が徐々に変化した。真弘がニヤリと笑ってようやく珠紀と目を合わせたのだ。珠紀は嫌な予感がした。
「いいぜ、生産性のあることするか?」
 そして真弘はすぐさま立ち上がり、ベッドに腰掛けていた珠紀をそのまま押し倒す。
「……どういうことですかね、この体勢は」
「生産性のあることだろ、手っ取り早い方法じゃねえか。しっかしお前も大胆なこと言うようになったな」
「違いますから! なんですか急に! 先輩だって私がそんな意味合いで言ったわけじゃないこと知ってるでしょう!?」
 珠紀の顔が少しずつ赤くなる。そんな珠紀の反応を真弘は十二分に楽しんでるようだ。
「きーこーえーなーいーなー?」
「大体! 前にこういうことは結婚してからするもんだって言ってたじゃないですか!」
「んなもん時と場合によるんだよ」
「うわ、最低ですよ、最悪ですよ、自分が言ったことにも責任持てないなんて男の風上にも置けません!」
 珠紀からの抗議も何処吹く風といった具合の真弘の顔は笑みが浮かんでいる。よほど先ほどのリアル二頭身は効いたらしい。
「先輩のバカ! エッチ! スケベ!!」
「よぉし、珠紀。俺様がいいことを教えてやる。男はもれなくエッチでスケベだ」
「そんな全然良くない情報どうでもいいです!」
 ベッドを軋ませてぎゃーぎゃー暴れまくる珠紀と真弘、そこにスッと障子が開いて美鶴が顔を出した。
「あの、珠紀様何事で―……」
 そして、真弘に組み敷かれている珠紀を美鶴は見て、途端に顔を赤らめた。
 反対に、真弘と珠紀は一斉にそちらを向いて硬直する。真弘は風のごときスピードで珠紀を解放し、ベッドの下に正座した。顔は少々青い。
「あ、あのな美鶴!これは違うぞ、なんつーかその、ふざけてただけで……!」
「そそそ、そうだよ美鶴ちゃん! 真弘先輩にそもそもそんな度胸も甲斐性もないし!」
「そうそう!……って、おい!」
 どさくさに紛れた珠紀からの攻撃にきっちりと反論しかかった真弘だが、美鶴は二人の話など聞いていないようだった。
「し、失礼しました。まさかお世継ぎのご相談だとは露知らず、とんだご無礼をいたしました。あの、頑張ってくださいね」
 そして開かれたのと同じく障子が静かに閉められる。
 呆然とそれを見送ったのもつかの間、珠紀は我を取り戻す。
「ええ!? 美鶴ちゃんちょっと誤解!!」
 珠紀が障子に向けて声をかけると、再び障子が開いた。
「あの、もしお子様を身ごもられましたら、私のほうに仰ってくださいね。万全の体調をキープしていただくよう出産まで私がサポートいたします」
 では、と再び笑顔で障子を閉める美鶴。
 珠紀と真弘は共に硬直したまま、美鶴が閉めた障子を見つめた。
 そして、再度障子が開く。
「……あの、もし宜しければ何か精力のつくものでもお持ちしましょうか? すっぽん、マムシ…あとオットセイなんかもご用意できますが。あ、安心なさってください。今問題となってる効能の表記改ざんなどがないように、全て天然もので揃えていますから、効果はあると思いますよ」
 笑顔で問いかけられて、珠紀と真弘は互いに顔を見合わせた。
 そして真弘は引きつった笑みを浮かべる。
「あー…なんだ、気持ちは嬉しいが俺らは今から出かけることにする。なあ、珠紀」
 突然話題を振られて、珠紀も引きつった声を出しながら同意する。
「そそ、そうですね! 天気もいいし、ちょっと行ってくるよ」
「確かに、お天気もいいですしそれもいいですね。では、お帰りをお待ちしております」
 美鶴が少しだけ残念そうなのは何故だろうか。珠紀は心底疑問に思ったが、これ以上は追求してはいけないのだ。
 真弘と共に迅速に動く。荷物をまとめてすぐに玄関へと向った。
「お二人とも、いってらっしゃいませ」
 二人はいつもの美鶴の笑顔を背に受けて、足早に宇賀谷家を後にした。今は美鶴の笑顔がどことなく怖い。
 だがよくよく考えてみるとこうして外に出たことで、珠紀としてはとても生産性のある一日になりそうなのは間違いない。
「……まさかこのために?」
「どうした?」
 しかしすっぽん断ったときは残念そうだったし、読めない美鶴の反応に珠紀は首をかしげる。真弘に「なんでもないです」と告げて、珠紀は差し出された手につかまった。
 なんだかんだで二人の休日が、うら若きカップルの例に漏れずデートという至極健全且つ健康的な付き合いに発展したのは言うまでもない。


 了





   20081117  七夜月

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