せんせい



 綺麗な横顔だった。まつげも長くて、本当にこの人が自分の彼氏だなんて、信じられないくらいに。
「何かあったのか?」
 じっと見つめていた視線に、気付いたのだろう。
 本を読んでいた顔を上げて、少し困ったように私に尋ねる。
「先生の顔を見てました」
「私の顔を見て楽しいのか?」
「はい、それはもう」
 にこにこしながら答えると、先生はそうかとだけ答えてまた読書をし始めた。
「悠里」
「はい、なんですか?」
「そんなに見られると、読みづらいのだが……」
「気にしないでください」
「……普通するだろう」
 溜息をつきながら、本を閉じた先生。多分、アタシが引かないことをわかって、本を読むことを諦めたに違いない。アタシを見て、静かに微笑んだ。
「何か、したいことがあるか?」
「…………うーん、特には」
 私がそう答えると、先生は困ったようにまたそうか、とだけ言った。
「すまないな、私が教師であるから、お前を何処にも連れて行ってやれなくて」
 本当に申し訳なさそうに言うものだから、アタシも可哀相になる。
「大丈夫です、ちゃんとわかってますよ。アタシは生徒で先生は先生ですから」
 そう、解っていて自分から先生に気持ちを告げたのだ。だから、この状況に不満なんてない。むしろ、こうしていられるだけでも幸せだ。
 先生は、私を本当に大事にしてくれている。それはまるで壊れ物でも扱うかのように、触れるのを怖がっているみたいに。
 不満があるとすれば、それだ。
「先生と居られるだけで、アタシは幸せです」
 そうか、とまた先生。そして嬉しそうに、だけど少しだけ切なげにアタシの頭を優しくなでた。
 わかってる。先生が先生でアタシが生徒である限り、アタシの不満がわがままだって事くらい。
 だけど、アタシはガラスじゃない。
 触れて少し傷つけられたって、壊れたりなんかしないのに。
 そういうのがわからないほど、子供じゃ、ない。
「先生」
「なんだ?」
「先生」
「どうした?」
「エヘヘ、呼んでみただけです」
「変な奴だな」
 大人の笑顔で隠した本性。
 ねぇ、先生。アタシ知ってるよ。先生が本当は寂しがり屋だとか、先生が本当は悲しがり屋だとか。人との別れを怖がって、ウサギみたいにぶるぶる震えているのを。
 ねぇ、先生。アタシに触れるのを怖がらないで。アタシはどこかに行ったりしないよ? 先生の傍にずっといるから。
 気付いてほしくて身体を寄せた。先生は何も言わずにそっと抱きしめてくれる。
 だけど、その心はここになくて。
 アタシは、先生のほうがガラスみたいに思えた。
 壊れやすくて、割れた先端は鋭い切れ味を持っているガラス。
 ガラスの切れ味がすごくいいのは、きっと自分がそれ以上に傷つかないように。
 触れるものを遠ざけて、自分がもう壊れないようにって自分を守るからなんだね。
 亡くなった弟さんの影はきっと、今でも先生を苦しめてる。
 表面上では解らないように先生はしてるけど、なんとなくわかるんだ。
 それはやっぱり、アタシが先生を好きだから。
「先生、いま元気?」
「? いきなりなんだ? 元気だぞ」
「幸せ?」
 先生、面食らった顔してる。いきなり本当にどうしたんだって顔。
「しあわせ?」
「…………あぁ、幸せだ。悠里といられて私はこの上ない幸福の時を過ごしている」
 きっとその言葉に偽りはないんだろう。だけど、何かが違う。
「うん、でもね 先生。アタシたち、もっと幸せになれるんだよ? アタシは先生がすごくアタシを大事にしてくれてること知ってます。一緒にいれば幸せだなぁって感じることが出来るから。だけど、先生は違うよね」
「悠里?」
「ねぇ、先生。アタシってそんなヤワじゃないんだよ。もう見て見ぬふりできるほど子供でもないんだよ。先生が傷ついてるのだって解ってるし、先生の傷を受け止める事だって出来ちゃうんだから」
 だからね、先生。何でも話して欲しいなんていわないけれど、先生が楽になるならアタシはどんなことでもするから。
「先生、無理しないで……たまにはアタシに頼ってください。先生から見たら、頼りないかもしれないけど、あたしは先生を好きだって思ったときからずっと先生を救いたい、守りたいって思ってたんだから」
 それが先生にとって迷惑だったとしても、アタシは先生が好きだから。もう、自分の意思じゃ止められないの。
「アタシは先生がアタシを大事にしてくれるように、アタシも先生を大事に思ってます」
 先生の腰に強く抱きつき、その胸に顔をうずめた。もう誰にもこの人を傷つけて欲しくないと思いながら。
 すると、先生は黙ってアタシの話を聞いてくれていた後、そっと前髪を持ち上げて、額に軽く口付けてくれた。
「悠里はたまにすごく鋭いな」
「先生だから、ですよ。ずっと見てるから解るの。アタシと付き合うようになって、先生今まで以上に気を使うようになったでしょ? 朗先輩や悟先輩が心配してましたよ」
 自治会のメンバーであるあのふたりの名前を挙げると、先生はまた、そうかとだけ呟いて苦笑した。コレは先生のクセ。うん、また一つ発見しちゃった。
「あいつらにまで心配をかけるとは……少しやりすぎたな」
「そうそう。そんな身構えないでも、もう少し自然体の先生で居ていいんです。そう簡単に、誰も気付いたりしないから」
「お前はもう少し緊張感を持ってくれ」
「はーい、大丈夫です」
 生返事を返して、アタシは先生に笑いかけた。つられたように先生も笑顔になって、久々に心から楽しそうな先生を見た気がする。いつもと違った本当の先生。
 それを見て、途端に嬉しくなるアタシ。こういう単純なところは自分でも子供だと思う。でも、これって性格だよね?
 嬉しいって思ったら、一つの感情がアタシの中に生まれた。嬉しいって言うのを、もっと先生と共有したい。先生と幸せになりたい。
 うん、多分コレって普通なこと。
「先生、アタシしたいこと見つけました」
「なんだ?」
「先生とキスがしたい」
「………………」
「何で黙るんですか?」
「いいや、お前にはきっと一生敵わないと思っただけだ」
「…………一応褒め言葉として受け取っておきます」
 キス、まだしたことなかったから。
 大事にしてくれてたから。
 先生はニブちんだから、きっと言わなきゃ気付いてくれないと思うし。
 もしも我慢してくれてたのなら、嬉しいけれど。
 聞いても教えてくれないだろうな。先生、意外と頑固だから。
「キス、しませんか?」
「だが……」
 あぁ、やっぱり。先生は頑固だから渋ってる。
 日本人じゃないのにね、こういうところは日本人っぽい。
「アタシとじゃ、イヤですか?」
「そんなことはない。だがお前はいいのか?」
「ふふっ、イヤならこんなこと言わないし、第一先生と付き合ったりするはずないじゃないですか」
 外国じゃ、スキンシップを図るのには普通なことのはずなのに。
 ホント、変なところで日本に馴染んでる先生がおかしい。
「でも、そんなところも大好きですよ、先生」
 笑いを含みながら、先生にそういった。最初は何を言ってるのか解らなかったんだと思う。だけど、気付けば先生も笑っていた。
 笑いながら、アタシたちは静かに顔を近づける。
 先ほど見た睫毛が、先ほどよりもずっと至近距離で見えた。
 やっぱり近くで見れば見るほど、先生は綺麗な顔立ちをしてる。
 こういうのも寂しがり屋で傷つきやすいところも、全部ひっくるめてアタシは先生が大好き。
「本当にお前という奴は……だがしかし、そんな悠里が……私は愛しくてたまらないようだ」
 先生がそう呟いた。
 顎に添えられた手に全身の神経が集中する。微笑みながら目を瞑り、アタシは先生と左手を絡ませた。
 少しだけ先生に近づけた気がする。
 そう思えるくらいに、初めて交わした先生とのキスは、ケーキよりもずっとずっと甘かった。


fin





せいとと二つで一つっぽい話。
ジェイクだとギャグにならないのは何故なのか。
非常に作者も気になるところ。
性格を捏造してるから余計ね

  20050922  七夜月

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