恋愛痛



 休日のちょうどお昼時、カフェはそれなりの混み具合であった。
「ちょっとは意識してくれてもいいと思うの!!」
 ルルがそう叫んだときに、ラギは何のことだかわからずに「あ?」と食べていた肉から顔をあげた。
「あー…、なるほどな、食いたいならそう言えよ」
 「ん」と言いながら差し出されたフォークに顔を輝かせかぶりつきながら、ルルはハッとしたように食事を咬むと急いで飲み込んだ。
「そうじゃなくてね!」
 そしてちらちらと自分に視線を移す。
「はっきり言えっつーの。お前が今日は買い物したいっつーから付き合ってんだ。俺は一秒でも早く帰りたいってのによ」
「そういうのよくない! デリカシーない! 楽しくない!」
 ないと連呼しながらルルは珍しく机を叩いた。行儀が悪いとすぐにも気付いて、視線だけ辺りを見渡す。周囲の客の視線が一度は集まるが、ルルが首をすくめて俯くとすぐにも視線の波は削がれた。
「あーそうかよ、じゃあ帰れよ」
 ラギは別に頭に来たわけじゃない、ただ売り言葉に買い言葉でそう思わず口走っただけ。
「やだもん帰らない! だってまだラギ気付いてないから」
「お前が言いたいことがなんなのかさっぱりわかんねえ。とにかく言いたいことあるなら言やあいいだろ」
「それじゃ意味ないの!」
「じゃあどうしろっつーんだよ」
「うー、気付いてほしい」
 唸りながら睨みつけるルルに、ラギは珍しくも食事の手を止めて、ジッとルルの姿を見る。気付いてほしいも何も、いつも通り制服姿に身を包んだルルだ。何がどうなのかと言われたら、
「あ」
「気づいてくれた!?」
 期待に満ちたルルの顔。
「お前寝てないのか? 目の下に隈出来てるぞ。ただでさえバカなんだから夜くらいちゃんと寝ろよ」
 ルルの表情がピシっと凍った。ラギもそれで自分が失言だったことに気づくが、慌てて弁明しようにも、何せルルが言う正解には到底思い当らないのである。
「もういい」
 いつにも増して低いルルの声。キッとラギを睨みつけたルルは大きく息を吸うと、
「ラギのバカ!!もう知らない!」
 と叫びながらカフェを後にしたのであった。

「それで、追いかけてきてくれなかったって、拗ねてしまって」
 翌日、ルルと鉢合わせすることがなかったラギがわざわざ教室へ赴くと、そこにはアミィは居たのだが肝心のルルが居なかった。アミィはラギの姿を見つけると、ラギが呼ぶまでもなく近づいていき、ルルが休み時間になると姿を消してしまうことを教えられた。
「たぶん、ルルもどんな顔したらいいのかわからないんだと思うの。昨日は本当に楽しみにしていたみたいだから」
「あいつはなにに気づいて欲しがってんだ?」
「ごめんなさい、ルルに口止めされていてそれは言えないのだけど……でも、とても大事なことみたい」
 アミィの曖昧なヒントに、昨日のルルの様子を思い返すが、やはりラギには思いつかない。
「パピヨンメサージュを飛ばしてみたらどうかしら」
「そういうの好きじゃねえんだよ。まあいい、学校には来てんだろ? だったら捕まえるまでだ」
 ラギは前にも一度避けられた経験がある。あのときは学校にすら来なかったため強硬手段に出るしかなかったのだが、今回は学校にはちゃんと来ているらしい。だったら以前とは違いちゃんと学校で話すチャンスがあるはずだ。
「これだけ確認したいんだが、あいつは不安なことがあるとかじゃねえんだよな?」
 ラギの質問にアミィは瞬きをすると、意味を理解したのか表情を和らげて頷いた。
「拗ねているだけだと思うわ」
「そっか、時間取らせて悪かったな」
 チャイムが鳴ればアミィも授業が始まる。アミィの邪魔をするわけにはいかないので、ラギはその教室を後にした。

 見つけるのは簡単だ、と思っていたのだがルルはとてもうまく逃げ回っているのか、尻尾を現さなかった。というよりも、何故か誰に聞いても見ていないというのだ。どうやら道行く人それぞれに口止めしているらしく、あのトラブルメーカーの娘を庇う人間がとても多いという事実にラギは頭が痛くなった。
「なあ、ちょっと聞きたいんだが」
「は、はいっ!」
 中庭近くの廊下にて三人くらいで談笑をしていた女生徒にラギが声をかけると、三人は途端に真っ赤になって振り返る。なんというか、慣れない反応である。一瞬一歩だけ後ずさって、それでも用件を思い出してラギはルルの居所を尋ねる。
「ルル見なかったか? あいつ捜してんだ」
「い、いいえ! 見てないです!」
「そっか、悪かったな」
「あの! 良ければご一緒に探します!」
「あ? いや、そこまでは……」
「いいえ、お役に立てると思います! 人探しは人数多い方がいいですし!」
「や、気持ちはありがたいんだがよ」
 なんだか女生徒と一緒に探したらそれはそれでルルが出てこない気がする。それ以上に、へそを曲げる。そうなったらまたややこしいことになるのは明白だ。断ろうとして片手をあげると、ツンツンとマントを引っ張られる感覚にラギは振り返る。
「ルル? お前な、探したんだぞ」
 うーと、唇を噛みしめて片手で教科書、片手でラギのマントを引っ張っていたルルはキッと視線をラギに向け、その唇を開いた。
「レーナ・ベントゥス 風よ、全力で廊下を吹き抜けて!」
 ルルが魔法を使うと、途端に廊下に強風が吹き抜けた。そして女生徒は悲鳴を上げながらスカートを押さえて、ラギも目を庇うために腕で覆う。
「わぷ!?」
 マントがタイミング良く翻った拍子にそれがさらに顔面を覆った。風が止み、視界がようやくクリアになると、ルルはすでに中庭を挟んだ反対側の廊下にいる。こちらを見ながらあっかんべーと舌を出している。口の動きだけだったが、『浮気者』と言われている気がして、とうとうラギの堪忍袋の緒が切れた。
「待ちやがれ、ルル!!」
 中庭を突っ切って全速力でラギが走りだすと、ルルはギョッとしたように驚きの表情を見せるが、すぐにも前を向いて走りだしてしまう。
 だが、体力で言うなら俄然ラギの方が上。遠くにあったルルの背中はどんどん近付いていき、そして外壁のあたり前方でルルが「きゃ…ぷ!」とこけたことにより、その距離はゼロまで縮まった。
「おい、大丈夫か?」
 起き上がらないルルに一応ラギが声をかけるも、ルルは何も答えない。答えないのだが、ちょっとずつ何故か歩腹前進を始めた。
「ルル、いい加減にしねえと怒るぞ」
「もう怒ってるもん……」
「余計怒るぞ」
 ラギが声を低くして言ったら、ビクリとルルの肩が揺れる。
「こっち向けっつの、顔面からいっただろ今。傷見てやるから」
「だからやなの! 絶対鼻赤くなってるし、そんなの見られたくない!」
「逃げたお前が悪い。自業自得だろうが」
「だってラギ怖かったし!」
「お前が逃げるからだろうが!」
 一人は地面に向かって叫び続け、もう一人は倒れている人間に向かって叫んでいる。それを周囲が見たらどう思うか。先に気付いたのは当然地面以外も見えているラギだった。今度は逃げられないようにと、ルルの首根っこを掴んでずるずると引きずり始める。
「痛い、ラギ痛いわ!」
「うるせえ、顔見られたくないんだろ、だったら大人しくついてこい」
「ラギのバカ! 横暴! ひどい!」
 喚くルルは自分がどれだけ注目を浴びているか気付いていないのだろうか。ラギは頭痛がしてきた頭を軽く振りかぶると、未だに騒ぎ続けているルルを連れて湖のほとりまでやってきた。
 ラギから顔を見られないためか、それともただ拗ねているのか。逃げるそぶりは見せなかったが、ルルはぶつぶつ言いながらラギに背を向けて座りこむと、手近にあった草をぶちぶちと引き抜く。雑草といえるものばかりを狙ってやっているのは見事である。
「なあ、こっち向けよ。これじゃ話しづれーだろうが」
「…………」
 ぷうっと頬を膨らませているルルはラギの方を向かない。ラギは頭をかいた。この場に連れてきたはいいけどどうするかは考えていなかったのである。
「おい、ルル」
 呼びかけてその頭に手を載せようとして違和感があることに気付いた。ルルの髪を留めているリボンが、見覚えのないものだったからだ。色合いはいつもつけているものと同じ、だが少しだけ縁取りがレース状になっているそれは、ラギが見たことないものだった。
「リボン換えたのか?」
 何気なくラギが尋ねると、ルルは勢いよく振り返った。
「やっと気づいてくれた!」
 どうやら偶然とはいえ、ラギは正解を導き出せたようだ。しかし、こんな些細な違い、解るわけがない。
「お前これに気付いてほしかったのか?」
「だって、これラギとデートしたときに、初めてラギが選んでくれたものだもの!」
 身に覚えがない、しかしここで知らないと言ったらせっかく直りかけた機嫌がまた損なわれる。ラギは懸命に記憶を探り、ルルと街を歩いた時のことを思い出す。確か前にも一度ルルの買い物に付き合わされて休日に街に行った。だがあまりに良い天気でとても眠かったラギは、夢うつつでルルの買い物に付き合い「これどっちがいい?」という質問に適当に指を指した覚えがあるのを思い出した。
「あの時か……?」
「そう! ようやくわかってくれたのね!」
 ルルが満足そうにしているのだから、ここは余計なことは言わずに話を合わせた方がよさそうだ。
「ああ、似合ってんな」
「本当!? 嬉しい、ありがとうラギ!」
 とても素晴らしいスピードで機嫌が直ったルルは嬉しそうにリボンをいじっている。単純で良かったと心から思いながらも、これで仲直りになったのだろうか?
「ルル、さっきこけたせいでやっぱ鼻擦りむけてんぞ」
 ラギがそう指摘すると、途端にリボンから手を鼻を覆う役目に代わるルルの手。そして上目づかいでラギを見る。その様子がおかしくて、ラギが少し笑うと、ルルの頬が膨らんだ。
「笑うなんてひどいわ」
「悪い悪い」
「やっぱりラギなんて知らない!」
 ぷいっと後ろを向いて歩きだしてしまったルルの腕を引くと、聞きたかったことを聞く。
「なあ、なんでお前俺に気付いてほしかったんだ?」
「だって、ラギとの大事な思い出だもの。ラギにも大事に思ってて欲しかったの」
 正直言えば女性の思考回路なんて未だにわからないラギである。わからないことは聞くし、それがたとえルルの逆鱗に触れたりするとしても、やめることはできない。ラギはルルが喜ぶことをわからないのだ。しかし、ルルが自分を大事に思ってくれているということを嬉しく思わないはずはない。
「しょーがねーな」
「え?」
 ラギはルルの両手をとり握りしめると、鼻の頭に軽くキスを落とした。
「早く治るおまじないって奴だ」
 ほんの少しだけ顔を赤くしているラギ。対するルルもぽっとした様子で顔を赤く染めていたが、気づいたようにラギに走り寄ると、言い募る。
「あのね、出来れば唇がいいな!」
「調子に乗るな!つーかいつも言ってるが、お前はもっと慎みをも持て!」
「ええ!ラギのケチ!」
「ケチとかそういう話しじゃねえだろうが!」
 そんな風に夕日と同じくらい顔を赤くした二人は互いに言い合いを繰り返しながら、暮れなずむ湖を背に、寮へと戻って行った。


 了





   20100613  七夜月

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