不可思議なガール 『相談があるの！』 エストがそんなパピヨンメサージュを受け取ったのは、午後の授業が終わり寮へと戻った時だった。先ほどまでルルはエストの周りをちょろちょろしていた。相談があるのなら、その時に言えばいいのに、何故わざわざパピヨンメサージュを送ってきたのだろう。むしろそのあと思いついたことかもしれない。だとしたら中身の薄さは容易に想像できる。 『相談とはなんですか。夕食のおかずでしたら差し上げますよ。なんでしたら主食もどうぞ』 エストが当てずっぽうにそう返信したら、ルルから驚きと少々の怒りの含んだメッセージが返ってきた。 『確かに私は食いしん坊だけど、エストの分までとったりしないもの！ エストの中の私ってどんな人間なの？』 どんな人間なのも何も、言った通りの人間だと思っているのだが。 『それで、相談とはなんですか？ 夕食時にでも聞きますから』 マントを外しながら、聞いたルルのメッセージ。エストは先手を打とうと話を終わらせる一文を盛り込んでみたが、その後帰ってきたルルのパピヨンメサージュを読んで、顔色を変える。 『それなんだけどね、ごめんなさい。私今日夕食食べられそうにないから、エストに会えないの』 大食漢のルルにはあるまじき台詞である。むしろ大食漢だからこそ、悪いものでも食べたのかもしれない。食べ過ぎという線もある。 『珍しいですね、具合でも悪いんですか？』 心配になって尋ねたエストに、ルルは要領の得ない答えを返してくる。 『あ、心配しなくても大丈夫よ！ 別に病気とかじゃないの。色々あって、貧血気味なだけ。だから目が回っちゃって、お布団から起きられなくて』 だから、食堂に行くことが出来ない、と。普段からあれだけ食べているのに貧血になるなんて、さすがルルだ。よく解らない。どれだけ血が必要だというのか。 『そうですか、では今日はゆっくり休んでください』 『それでね、相談なんだけどね』 だから、具合が悪かったのではないのか。ルルはまだパピヨンメサージュを送ってくる。 『相談は明日聞きますから、今日は休んでください。明日も貧血だったら困るのはあなたでしょう。僕の前で倒れられたら迷惑です』 言うことを聞かない子には強く出るしかない。幾分口調の厳しいパピヨンメサージュを返すと、それからパピヨンメサージュは返ってこなくなった。ようやく理解してくれたかと安堵したエストはいつもより静かな夕食を取って、いつもより騒がしくない自習室で勉強を行い、邪魔されることもなく部屋に戻り読書をして、就寝準備をする。 やることは普段と変わらないはずなのに、布団を引き寄せて横になったところで、何故だかものすごく物足りない気持ちになった。 食堂に行けばいつも嬉しそうなルルがエストを待っていたし、自習室に行けば頭を抱えてうめきながら問題を一つ一つ解いていくルルが居た。そのあと、読書の時間をほんの少しだけルルのおしゃべりに付き合って、就寝準備をする。 驚いたことに、これが当たり前になっていたのだとエストは思った。以前はこんなやかましい毎日を送るなんてとぐったりしたものだが、それを物足りないと思う日がこようとは。 貧血だと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。ルルは時々変なところで意地を張るから、心配になってくる。同室のアミィが良識のある人物なのが救いだ。ルルみたいなのが二人もいたら、エストは今頃心配で眠れなかったかもしれない。 「……何を考えてるんだ、僕は」 女子寮にいる、今は会うこともかなわない少女の心配をしたところで、エストには何も出来ないのだから、心配するだけ無駄というもの。 布団の中でもぞもぞ何度も寝がえりを打っていると、青い蝶がひらひらとエストに飛んできた。 「ルル？」 こんな時刻になって返ってくるとは思わず、エストはその蝶を指先で受け止めた。 『エスト、もう眠っちゃってたらごめんなさい。あのね、おやすみって言いたかったの。相談っていうのも、エストに会えないから眠る前にパピヨンメサージュ送っていい？って聞きたかっただけ。それじゃあ、エストがいい夢をみられますように！ また明日ね！ おやすみなさい！』 一方的に告げられたお休みの挨拶、エストは薄らと消えた青い蝶にふと微笑みが浮かんで、返事をどう返そうか悩んだ。 『おやすみなさい、ルル。あなたも良い夢がみられますように』 本当なら回復祈願でも送るべきかとも思ったが、一言だけ書いて送った。あまり言葉を飾るのは趣味ではないし、改めて言わなくてもルルならば明日には全快するだろう。 エストが言葉を言わなくても、ルルは知らないところで汲みとって、本人も意図せぬときに理解してくれる。また明日、会えたらお早うと言いながら騒がしい朝食を取ればいい。胃もたれ起こさない程度には、朝食も付き合ってあげようとエストは思った。 了 20100716 七夜月 |