遠い昔の人形師



 わたくしがあの子に出会ったのは、ちょうど新たな人形師の下に人形を頼みに行ったときだった。腕が立つと聞いていたから、わたくし自身でどんなものが作れるのか確かめたいと思ったのがきっかけ。普段はお店まで出向くことなどないけれど、その日はわたくしにとって特別なことだった。
 お店の扉を開けて、逸る気持ちを抑え一歩足を踏み入れたわたくしの目にまず入ってきたのは、店番をしている小さな女の子。その子がわたくしの存在を認識したとき、まるで見たことのないものを見たかのように驚くものだから、逆にわたくしが驚いてしまったくらい。
 人形を腕に抱き、大きな真珠のような瞳でわたくしを見つめたあの子は、口を閉じることなく見上げるものだから、わたくしは笑ってしまった。
「なあに、わたくしの顔に何かついているの?」
「すごいわ、とてもきれいだわ! まるでおじいさまの作ったお人形みたい!」
「これ、ハンナ。お客様に失礼だろう、まずはその開いた口を閉じなさい。みっともないぞ」
 苦笑した人形師に、わたくしは流儀に則った挨拶を重ねた。
「高槓いわ、ミスター。それよりも、突然で垂オ訳ないのだけれど、わたくしは本日人形を頼みたいと思ってきたの。近々友人の誕生日なのよ、お願いできるかしら?」
 扇子で口元を覆って優雅に微笑む。それがわたくしの在り方であり、わたくしの存在意義。伯爵令嬢たるもの、常に気品を忘れてはならないのだから。
「どのような人形ですか?」
 ミスターの目尻が波打つ。
「そうね、可愛らしい……その子が持っているような人形をお願いしたいわ」
「わかりました、そのほかのサンプルを持ってこよう、少しお待ちいただけますかな」
 人形師は奥の工房へと向かって、残されたのはわたくしと少女の二人きり。
 ちらりと少女の方に視線を移すと、少女はまた驚いたように、でも嬉しそうな顔をしてわたくしに近づいてきた。
「あのね、この子はエミリーっていうの。わたしのいちばんのおともだち」
 いつもいっしょよ?そう笑った子が正直羨ましかった。いつも一緒に居てくれる嘘偽りのない人形を友達と呼べるほど、わたくしは子供ではなく成長しすぎていた。
「そうなの、わたくしもいつでも一緒にいられる友人が得られれば良かったのだけれど」
 社交界に一歩出れば自分の持つすべては全部自分を纏う鎧に変わる。知識は嘘を見抜くための剣、知恵は自分の立ち位置を守るための盾、そして笑顔はわたくしの存在を証明するための鍵となる。
 友人すらも疑わなければならない自分の置かれた状況は普遍的な友情を求めてはいけないことだから。
「さみしくないの?」
 真珠の瞳に宿った光が細まる。
「そうね、ずっと一緒にいる友人はいないけれど……いつでも誰かが話し相手になってくれるほどには、友人は多くてよ?」
 こんな風に言っているときほど、悲しいものはない。それは本当の意味での友人とはかけ離れていると、わたくし自身知っているから。知っていながらにこんな嘘をついてプライドを守るしか、わたくしには出来ない。
「じゃあ、さみしくないの?」
 子供は時に残酷だ、曖昧な答えでは納得できず、イエスかノーか、その二つを求める。
「さみしい…とは言えないわね。この回答では不満かしら、リトル・レディ?」
 溜息交じりにそういうと、少女は何を思ったのかもじもじとして、そして自分の抱いていた人形をわたくしに突き出した。
「だったら、ハンナのエミリーをほんの少しだけお泊りさせてあげる。そうしたら、きっとさみしくなくなるわ」
 突き出しているのは自分のはずなのに、エミリーを持つ少女の手は震えている。その子を離してしまったら、自分が寂しくなるというのに、こうしてわたくしを心配して人形を預けようとしてくれているのだ。
 愚かだとあざけるのは簡単なことだろう、そしてそれはわたくしが身をおく世界では常識の選択。
「あなた……お名前は?」
 わたくしはそれを受け取らずに少女の肩に手を置いた。
「ハンナ……」
「そう、ハンナね。ではハンナ、わたくしがそのお人形を借りてしまったら、あなたが寂しくなってしまうわ。だから、わたくしとてもいいことを思いついたの。あなたのおじいさまにお願いして、わたくしも人形を作ってもらうわ。それであなたと同じように、わたくしのお友達になってもらうの。どうかしら?」
「おじいさまの……?とてもすてきだわ!」
 真珠の瞳がダイヤモンドの輝きを持ってわたくしを映す。社交界にはない、濁ることのない瞳の美しさ。
 魅せられたと同時に、とてもいとおしいと思った。


 今思えば、ハンナは昔から変わらなかった。常に自分のことよりも私を優先して、こうして私の我侭に巻き込まれても何も言わずに私を心配している。
 でも、あの子と同じ瞳をしたジルを手に入れ、私は道を違えかけた。ジルのせいではなく、すべては私自身の弱さのせい。けれど、甘い夢を見続けるこの虚しさに気づいたことで、私は逆に決心がついたのよ。
 私に必要だったのは、甘い嘘でも夢でもなくて、ただあなたと同じような瞳を持った、私の本当の友人。
 だから、私はもう一度やり直すの。
「これを、受け取ってちょうだい」
 懐に持っていた鍵を、そっと取り出してハンナの手に握らせた。それは、私とジルを繋ぐ唯一の絆。けれども、この絆はもうこれ以上深めることは出来ない、私の望んだ結末には決してたどり着くことが出来ないと感じてしまった。
「ジルを……大切にしてあげてね」
 あなたならきっと、私以上にジルを愛してあげることが出来る。そして、ジルを幸せにすることが出来る。そう信じることが出来るのよ。
 私の大切なリトル・レディ。あなたにこれ以上の災難が続くことのないように、私は私に出来る精一杯の想いで返すわ。あなたが初めてわたくしにくれたものは、私自身が感じていたよりも遙かに大きくて、大事なものだった。
 ハンナが震える手で受け取った鍵を、手放した瞬間に私も幼い頃に抱いた切なる想いを手放した。思い出という甘美なる虚像の世界は、私にはもう持つ必要のないものだから。


 了



 ウィルウィス作品ですが、カップリングじゃなくてすみませぬw
 唯一なんですけどねwうちの唯一のウィルウィス作品!wでも友人に送ったものなので、カップリング指定じゃなかったのです。というわけでグロリア様です★
 何年前の作品だろう。大学生の時なのでだいぶ昔です、読み直して名前の間違えに気付いた恥作品ですorz え、ちょ、何年前から間違ってたの!?

   20100804  七夜月

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