〜母の日〜 「えーまぁ、なんというか母の日ですし?あってもおかしくはないと思ってましたが」 割烹着で三角巾をつけた知盛、否ウチのおかーさまはわたしを見てにやっと笑った。母親がにやって笑うの、どう思う? 明らかに母親の笑いじゃない。 「祝え、敬え、感謝しろ」 「お前かよ!」 ツッコんで、頭を抱えたくなった。 こんな尊大な母親が居るのだろうか、いや、いるはずがない(反語) 「…まったく、口調まで父親似だな…くっ、教育を間違えたか……?」 「いや、でも剣の強さはお前似だろ。ほら、ハンドル握ると人格変わる奴みたいに、剣を握るとケモノ化するところとか、そっくりだ」 自称父である、将臣くんは何がそんなに楽しいのかわからないが妙にニヤニヤしながらわたしに手を差し出してきた。ああ、この夫婦? は似たもの同志だ。 「何?」 「母の日のプレゼントだよ。用意してんだろ?」 「するわけないじゃない、だって気づいたの今日だよ?」 「お前、母さん泣くぞー」 「じゃあ、そういうまさお……父さんは何を用意してるのよ」 「……それはおまえ、子供にはいえねぇよ」 どんなだよ。 微妙に照れながら目をそらすな! 「父さんは…激しいからな……たまには俺がするのも…悪くない」 「おいこら、待てそこ! 微妙な台詞を残すな! リバ!? リバなのね!?」 ツッコミ虚しくとうの昔に両親は二人の世界に入ってる。なので、わたしの台詞にツッコミを加える人もいなかった。 こう微妙な発言をして、微妙にツッコミを期待していた身としては、何もないというのが微妙に居心地悪い。 「まあ、いいや。とりあえずわたしでかけてくるからねー。ついでに父の日とか祝っちゃうからねー」 二人はまた微妙な間合いを取って、おたまと丸めた新聞紙を構えていた。 たぶん、この二人はこれからチャンバラごっこ宜しく斬り合いの真似を始めるのだろう。それが二人の愛の証だ。 時折、この二人の愛情表現が理解できないことがある。まあ、愛の形なんて人それぞれだし、わたしは肩を竦めた。 「いってきまーす」 街をぶらぶらと散策していると、うっかり銀に出会った。 「せーんせー、こんにちはー」 遠くから呼びかければ、銀は振り返りながら母さんと同じ声で爽やかな挨拶をしてくれた。 「ああ、有川神子様、おはようございます」 「いや、神子様いらない。普通にいらないから」 「これは失礼しました、有川神子様」 「銀、人の話聞いてる?」 「勿論ですよ、神子様」 「…………」 銀と話していると時折わざとなんじゃないかと思うときがある。まあ、いいや。今は母さんのプレゼントを買いに来たんだもんね。やっぱりここは定番通り、カーネーションでも贈ろうかな。 「銀先生(便宜上街や学校では先生をつけて呼んでいる)、今日は母の日でしょう。先生はお母さんに何か贈った?」 「ああ、わたしはこちらへ出てきているので、実家へは花束と気持ちを少々贈りました」 この人が言うときは大抵謙遜なので、わたしは深くは追求しない。 花束というのが、実は庭を埋めつくほどの花とか、気持ちというのが、実はこれでダイヤは買えるよね並みに巨額な気持ちが篭ってたりするので、聞かないほうが凡人は自分の金銭感覚を疑わずに済むのである。ここだけの話だが、銀は歌舞伎町で夜の帝王としても名をはせていたとかなんとかいう噂がある。 「そうなんだ……でも先生は社会人だけどわたしは学生だから、花束とかは無理だなぁ」 自分の財布を取り出して、中の金額を確認する。うん、間違いなく無理。 「神子様、大切なのは気持ちですよ。母上に何をあげるか、というより、母上が喜んでくれるのはどんなものか、そう考えただけでも、きっと母上はうれしいと思います」 「気持ち、ねぇ……もう少し考えてみます、先生」 「はい、それではわたしはこれで失礼します。ああ、そうそう最後に一つだけ」 振り返った銀はわたしを見ると、ウィンクを飛ばして唇に人指し指を当てた。 待って銀、キャラが違う。誰?! 某別当な人ですか!? 「兄上は赤フン(赤いフンドシ)が大好きですよ。締め心地が最高なんだそうです」 「ハッ!?」 「では」 銀は静かにしゃなりしゃなりと歩き去っていった。 赤フン!?トランクスでもましてやブリーフでもなく、今の時代に赤フン!!?? むしろ今の時代だからこそ赤フン!!?? と、とりあえず候補の一つに入れておこうかな……。もう少し見て回るのもいいよね、うん。 そうしてわたしは赤フンという選択肢を後回しにした。 再び町中でぶらぶらしていると、今度は季節に似合わず無駄に暑っ苦しい格好(全身真っ黒な上に、コートだかなんだかよく解らないものを着用)している泰衡さんに会った。 いつもは白衣のツンデレである彼も、今日ばかりは白衣を着ていない。まあ、休日だし当然といえば当然か。 本当に無駄な部分が多すぎたので、嫌味とばかりに後ろ髪を引っ張ってみた。 見事なまでに首が逸れる。ゴキッ。あ、変な音した。 振り返った泰衡さんの眉間の皺が5本くらい増えた。 「何だ?」 「こんにちはー先生お買い物ですか?暑苦しい格好ですねぇーそういえば今日母の日ですけど先生お母様に何か差し上げました?あ、でも先生ってそういうキャラじゃないかーあははでも実際お父様のこと大事になさってますよね噂ですけど先生って実はファザコンじゃないかって今学校中で盛り上がってますよそれで」 「少し黙れ」 「ふぁい」 頬を抓りあげられた。先生がこうやって生徒に手を上げるなんて体罰だ。 「こんなところで何をしている?と俺は聞いたんだが?」 「ふぁふぁのひのふれふぇんとをふぁいにきました」 「何を言っているのかわからん」 「ふぁっふぁらこのふぇをどふぇてふだふぁい」 「全然わからんな」 ただでさえ睨んでて人相悪いのに、楽しげに笑うと余計に悪役面です。 コイツ……わかっててやってるな……!! わたしは力の限り先生の前髪を引っ張ってやった。往来のど真ん中で髪と頬を引っ張りあうわたしたちは、見ていて異質なものだったろう。 ようやく離されたとき、わたしの頬は真っ赤に腫れ上がっていた。うう、乙女の柔肌が……!ちなみに、泰衡さんの前髪は、引っ張りすぎたせいで軽く縮れている。 不毛な戦いは長引かせないのが得策だ。というわけで、わたしは今までの事をなかったこととして頭で処理した。 「先生、母の日って何あげました?」 「そういえば今日は母の日か」 「ということはあげてないんだ」 何故か勝ち誇った気持ちになってニヤニヤ先生を見ると、先生は不自然なほどに話題を変えた。 「それより、この間の尿検査出してないのは、お前だけだ。早く出せ」 「ネ・オ・ロ・マ・ン・ス! 尿検とか言うな!!」 空気読めよ。 「校医としては見逃せない。ネオロマンスなんて知るか」 「うっわーネオロマにあるまじき発言をしたどころか、この人ネオロマそのものを投げたよ。……そんなことより、母の日何あげたらいいですかねー」 「何故俺がお前の母の日を考えねばならん。喜ぶものでもあげればいいだろう」 「それがわかんないんですよねー。妖刀とかあげたら喜びますかね?」 「お前の母親はどんな人間だ」 もっともなツッコミですけど、先生、本当にあげたら喜びそうなのがウチの母親です。 「もういい、俺は行くぞ。お前もあまり一人で街中をうろつくなよ」 「はーい。先生こそあまり街中で髪揺らさない方がいいですよ。引っ張られますから」 「お前だけだ、そんなことをするのは。行くぞ、銀」 「はい、では神子様失礼致します」 「ええっ!?」 どっから沸いて出たのか解らない銀を引き連れて、校医泰衡氏は去っていった。結局赤フンしか出てきてないじゃない。もっとまともな意見はないの!? とりあえず言われたとおりに赤フンとカーネーションを購入したわたしは、家路へと向かった。 「おかーさん、ただいまー」 「おう、お帰り望美。プレゼント、結局何にしたんだ?」 迎えてくれたのは将臣くん。知盛はどうやら料理をしているようだった。 えっ!? アイツ料理できるの!? とりあえず食べられるものが出てくるのを祈っとこう。うん。 「まさお……お父さんは絶対喜ばないものだよ。カーネーションと赤フン」 「赤フンかー懐かしいな。父さんと母さんが出会った頃も、母さんは赤フンだったんだぞ」 なんで知ってんだよ。 「やだなであったしゅんかんにすかーとめくりだなんててがはやすぎだよとうさんっていうかどこのしょうがくせいだよ」 棒読みで白目で言ってやると、将臣くんはまた照れたように、そっぽを向いた。 「馬鹿だな、お前。愛に時間なんてかんけーねぇだろ?」 意味不明ですから。 そもそも知盛がスカートはいてるところを見たことが無い身としては、ツッコむべきところが十二分にもあったのだが、軽くスルー?されたことにわたしは脱力した。 「まーいいや。かあさーん、いつもありがとうー剣の稽古を母さんがしてくれるから、わたしケモノのような女になれたよ」 嫌味をたっぷりこめて言いながらキッチンに顔を出すと、オタマで何故か大根を殴り破壊していた母さんが、泰衡センセビックリの凶悪面で振り向いた。 「そう…か、くっ……いい女になるぞ……」 「いや、そんな女になりたくないし。ってか、母さん、なんで大根木っ端微塵にしてんの?」 「今日はおでんだからな…よく煮えるように小さく切っている」 「いや、切ってるってそれ言わない! だってもう実がないじゃん! ねぇ、大根どこいったの!?」 「…………大根おろし?」 疑問系かよ。 「もういいよ! 母さんはわたしが買ってきた赤フンでもはいてなよ! わたしお隣の譲くん呼んでくるから!!」 知盛にプレゼント押し付けて携帯を取り出すと、ちょうど三分クッキングの着メロが流れた。これは譲くんだ。待ってましたとばかりに出ると、 『先輩……雪見鍋は季節外れです』 また訳がわかんないことをこの後輩は……! 「雪見鍋って何? そんなことより、今は助けてほしいんだけど! 切実に!」 『ああ、いや、兄さんがそう言ってたので。でもすいません、先輩。今はちょっとそっちに行けません。俺、モンゴルに居るんです』 「ハッ!!?? なんでモンゴル!!??」 『拉致られました、黒い服来た人に。なんか九郎の作るご飯はおいしくないですし、かといって僕が作るのも面倒ですからね。君が来てくれれば一石二鳥なんですよ。来てくれますよね。来てくれたらこの望美さんのプライヴェートブロマイド5枚セットあげますからって笑顔で迫られたので。あ、もう電池切れちゃいますね。それじゃ、先輩お土産楽しみにしててください』 ブツ。ツーツー。 「ああーーーーもう、どいつもコイツも!」 拉致られてそのまま帰ってこれるわけないと思うけど、望みが薄い土産を楽しみにするしか今は無い。 自分だって料理は得意じゃない。けどまぁ大根を切るくらいなら出来る。 わたしは深く溜息をついて、知盛からエプロンを奪い取った。 「たまにはわたしがやるよ…母の日だからね」 こんな母の日があったって、いいかもしんない。だって、一年に一度だから。 「マズイものを作るなよ。母はおでんのダシは昆布じゃなきゃ嫌だ。それと、はんぺんはふわふわなのがいい。ああ、あとお前の胸が大きくなるように、肉たくさん入れろ」 注文多すぎ、しかも最後わたしの胸関係ないから。 ……前言撤回、こんな母の日は嫌だ。 おまけ。 「将臣くん、譲くん。これ、わたしから感謝の気持ちだよ」 ある日、望美が手に花をもってやってきた。譲と将臣はわけのわからぬままそれを一輪ずつ受け取る。 「なんだこれ?」 「感謝って……急にどうしたんですか?」 譲は訳がわからずに、眼鏡を押し上げる。 「うん、わたし気づいちゃったんだよね。今、自分がどれだけ恵まれてるのかってこと……だから、二人にはその気持ちを伝えたくて」 神妙な顔で告げる望美。譲と将臣は二人で顔を見合わせた。 「そんな、俺の方こそ…いつも兄さんが先輩に迷惑をかけて」 「俺かよ」 「うん、それは大丈夫。解ってるから」 「お前も否定しろよ」 将臣のツッコミは完全にスルーされ、望美は真摯な眼差しで二人を見つめた。 「あのね、本当に感謝してるの。だから、わたしたちの時代の感謝の気持ちを変わりに伝えさせてね」 「いえ、そんな……」 「母の日、いつもありがとう」 譲の手をギュッと握り、望美はそういった。譲が固まったのは言うまでも無い。 「そして父の日、いつもありがとう。知盛みたいな母さん持って大変だろうけど、いつまでも夫婦仲良くね」 「意味わかんねぇよ」 将臣の手をギュッと掴み、心の底から望美は応援する。 満足した望美はそのまま、鼻歌を歌いながら立ち去って行った。 残されたのは一輪の花を握った野郎二人で、一人は固まったまま動かず、もう一人は頭の疑問符を浮かべたまま花と望美が消えた方向を見比べるだけだった。 了 20070513(再掲載) 七夜月 |