ホワイトデー

遙かなる時空の中で TOP

将臣/九郎/弁慶/景時/敦盛


 バレンタインだとか、ホワイトデーだとか、この寒い時期によくもそう盛り上がれるもんだぜ。ホント、やることないのかよ。
 下校時刻が迫りつつある夕日差し込む校舎の中、ロッカーに身体を預けるようにして俺はアイツが来るのを待っていた。
 昇降口で周囲の様子に目を向けていると、浮き足立った男たちが見えていて、こうして一歩引いたところから見ているとなんだかおかしい。
 女の子が浮き足立つのと男が浮き足立つのじゃ全然違う。女の子ならまだ可愛いと思えるが、男が浮き足立つと気持ち悪い。中には負け犬よろしく背中に哀愁を漂わせた男子生徒の後姿なんかも見えて、なんだか憐れになってきて、俺は情けのあまり目を背けた。
 カップルが出来る率は、バレンタインの方が大きい。ということは、ホワイトデーである今日は、大したイベントではないのかもしれない。でも、無視できないイベントであるのもまた事実なのだ。貰ったら返す、そして、それは物質的なモノだけでなく、言葉と共に自分の気持ちを返す日でもある。
 それを考えれば、男が浮き足立っても、仕方ないのかもしれない。ある意味告白という一大イベントが控えているのだから。
 そろそろ人がまばらになってきた。完全下校時刻が近付いているんだろう。
 ったく、人を待たせといてアイツは一体何してんだ?
 そんな風に心で毒づいていると、廊下の奥から走ってくる足音が聞こえてきた。あっちの世界に行ってから、耳が良くなったのか、アイツの足音だけはどんなときでも解るようになっていた。靴を履いてても、上履きを履いてても、裸足だってそれは変わらない。
 待たせてごめんねと、謝罪しながらやってきた奴に気付かれぬよう、俺はポケットに手を突っ込んだ。用意してきたものはちゃんと俺の手に触れてその存在を主張した。
 ここにあるのは、俺の気持ちそのもの。
 下駄箱で靴を履き替え終えたアイツが顔を上げた瞬間に、俺はポケットから手を取り出した。
「ほらよ」
 投げたそれは弧を描きながらアイツの手の中に納まった。小さなラッピングが施された小箱。
 ホワイトデーなんてガラじゃない、どうやって渡すかずっと考えてた。
 けど、意外とあっさり渡せて俺は内心安堵する。
 安心してしまえば、恐いものなどあまりない。プレゼントについては絶対喜ぶだろうと確信していたから。
 そうだな、強いて言うなら、これからアイツがあれを開けて、どんな反応をするのか。
 それが何より楽しみで、それを思えば、ホワイトデーも悪くないんじゃないか。とも思う。
 案の定、先に歩き出した俺の後ろから歓喜の声が上がって、こちらへ走ってくる足音も聞こえる。
 なあ、お前が嬉しいと、俺も嬉しいんだ。
 単純だけど、解りやすいだろ? それは結局、俺も浮き足立ってるってことで。まったく、ヒトの事言えねぇよな。
 でも、今日はホワイトデーなんだから、ちゃんと俺の気持ちを受け取れよ。

 了



 


再掲載 20070601 七夜月

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 ほわいとでー?? なんだそれは。
 去年そう問い返したときのお前の顔と言ったら、なかったな。
 あからさまに肩を落とすものだから、俺もよく解らなかったが罪悪感が芽生えてしまった。
 だが、今年は違うぞ。
 去年あんなことがあったにも関わらず、また今年もバレンタインをくれたお前に、俺もちゃんと準備したつもりだ。
 去年の分も含めて、ちゃんとお礼をさせてくれ。
 だが、俺に出来ること言ったらこの世界では少なすぎて、お前が喜んでくれるかどうかは正直今でも自信がない。
 お前の事だから、将臣や譲からもっと良いものを貰っているかもしれないしな。
 大したものをあげられるわけじゃないから、お前をがっかりさせてしまうかもしれないと思うと、少し胸が痛む。
 けれど、お前さえ良ければ貰ってくれないか?
 俺の性格を知っているお前なら、解るだろう? お前の気持ちに報いる機会があるなら普段言えない事も言えそうなんだ。
 俺らしくないといえば、そうかもしれない。だが、せっかくの機会だから、出来るなら活用したい。
 駅前のオブジェなるものの前で、俺はお前が来るのを待っている。
 少し早く来過ぎたな。約束の刻限はまだまだ先。
 三月に入ったというのに、今日は木枯らしの吹く寒さ。
 きっと、やってくるお前の頬や鼻は寒さで赤く染まっているんだろう。
 想像して思わず笑みを浮かべてしまった。それでも、懸命に俺を思ってやってきてくれるのだから、俺はその赤さが愛しい。
 お前が来たらどこに行こうか。日はまだ昇り続けている。時間はまだまだある。
 今日は好きなだけお前に付き合おう。俺は手に持っていた木彫り人形を強く握り締めた。
 俺はこんなものしかお前に与えられない。そんな不器用な男でお前が苦労するのは目に見えているが、それでもお前は選んでくれたから、俺もお前に精一杯尽くそう。
 不思議だな、こうして待っている間もお前が傍にいるような気がするんだ。
 いつでも俺の傍で俺の名を呼んで。
 早く来るように、思わず祈ってしまう。
 それほどまでに、俺は今お前に逢いたいみたいだ。

 了



 


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 時計の針はあっという間に進み、甘い恋人の時間を奪い去る。
「もうこんな時間ですね、そろそろお暇します」
 ホワイトデーということで、デートした帰りに大事な人の家へとやってきていた弁慶はそういって立ち上がった。
 お茶でもどうですか? とお言葉に甘えて上がらせてもらったが、時間も時間だ。
 もう帰っちゃうんですか? そう言いたげな瞳は瞬き一つでその感情を押し殺す。
 あまり長い時間いても、彼女の親はいい顔をしないだろうし、弁慶自身も節度は大事であると自覚していた。
 だからこそ、その瞳に映る翳りに思わず彼女を抱きしめかけた腕を引っ込めて、笑顔を作る。
「また、すぐにでも会いましょう」
 連絡さえくれれば、弁慶はいつだってやってくるつもりだ。
 幼いこの恋人は仕事とわたしとどっちが大事なの? なんて、思っても絶対に言うようなタイプではないから寂しさを押し殺すのが上手なのだ。それもこれも、弁慶を困らせないため。そのことが弁慶にとって嬉しくもあり寂しくもある。
 もっとわがままをいってもいいのに。
 もっと自分を困らせてほしい。どんな願い事だって、君に望まれれば嬉しいのだからと。
 彼女は弁慶が帰るために、先に出て玄関の灯りを点けに行く。
 その隙に、弁慶は彼女がいつも勉強しているであろう机の上にリボンでラッピングした細長いプレゼントをメッセージカードを添えて置いた。
 窓から外を見上げれば、満月が輝いている。彼女がこのプレゼントに気付くことを願って、弁慶は部屋を後にした。
 玄関で待ってた彼女はやはり寂しそうな色を浮かべるけれど、それでもそれはよく観察しないと解らないほど微弱なもので、弁慶は寂しさが少しでも紛れるようにと、おまじないのように額にキスを落とした。
 額ですら照れて赤く染まった彼女の顔に見送られ、弁慶は静かに彼女の住む家を後にした。
 月の光差す道を新たな家路へと歩き続ける。そして、弁慶は思った。
 あの月のように僕を照らしてくれたその光が輝きを失わないように、僕も君に与え続けていたい。
 僕という人間の、全てを。
 不意に、振動した上着のポケット。マナーモードに設定してあった自分の携帯だった。
「ああ、気付いてくれたんですね。良かった」
 幸せな気持ちを胸に抱えて、弁慶は通話ボタンをプッシュした。案の定、彼女からの喜びの報告とお礼の電話だった。
「はい、君に僕の気持ちをお返しする日ですから…君に気に入ってもらえてよかった。今度会う時に、つけて来てくれると嬉しいです」
 そう、彼女を思って選んだ品なのだから、似合わないはずはない。だからこそ、思いの他喜んでいる彼女に弁慶の頬が緩む。
「ふふ、こちらこそありがとう……これからも傍にいてください」
 そんな思いを込めて贈ったプレゼント。彼女の胸元で光る月の輝きを想像して、弁慶は幸せを噛み締めるように目を閉じた。

 了



 


再掲載 20070601 七夜月

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 ねえ、君とこちらで過ごすようになって、俺は毎日楽しいよ。その楽しい中の一つは、行事が多いこと。こちらの世界は本当に色んな行事があるんだね。
 バレンタインに君に贈り物を貰って、譲くんや将臣くんからその意味を聞かされた。
 純粋に嬉しいんだよ。君が気持ちを伝えてくれたから。
 やったね、と飛び上がったら、大袈裟だと君は笑っていたけれど。
 大袈裟なんてこと無いんだ。
 こんな俺でも、君はずっと励まして傍にいると言ってくれた。
 どんなときでも、君はカッコ良くて俺はそんな輝いた君を見るのが嬉しかった。
 笑顔も、厳しい顔も、たまに見せる泣き顔も、怒ったように照れるその顔も、全部が全部君の全てで。
 嘘で塗り固めていた俺には無いものばかりだった。
 だからこっそりと君にこれを贈るよ。勘のいい君の事だから、誰が贈ったかもしかしたらすぐに気付いちゃうかもしれないね。
 優しくて強くてほんの少し弱い君。
 思い出すだけで君が愛しい。
 今日会うことが出来ないけれど、伝えたい思いだけは忘れない。
 俺は使い始めた携帯電話に教わったとおりの操作をする。これ一つだって君との思い出の一部なんだ。
 なんだかすごいよね。こちらの世界の全てが君に繋がっていくんだから。
 これからも増えていくのかな。君に繋がっていくものが、君に繋げたいものが。
 そうだといいな。
 そして、君も同じ気持ちならいいなって思うんだ。
 受話器を耳に押し当てると、君の元気な声が聞こえてきて俺はまた一安心する。
「こんばんは、贈り物はもう届いたかな?」
 嬉しそうに何度も頷いてくれる君、その様子が簡単に思い浮かんで、俺は思わず頬を綻ばせた。
「そっか、良かった……来年こそは、一緒に過ごそうね」
 君に似合うものは何かなと考えていたときに、目についたのがちょうど目前にあったお花屋さん。
 俺は君の好むモノとか、お世辞にもそういうことに詳しいわけじゃないから、こんなものしか思いつかなかった。
 でも、喜んでくれて本当に良かったって思う。
 君の喜ぶ顔が見られないのが残念だけど、それは来年までの楽しみにしておくよ。
 今年以上にいっぱいの花を。君の両手でも抱えきれないくらいの花を。
 来年は俺自身が届けに行くから、だから待っててね。

 了



 


再掲載 20070601 七夜月

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 色とりどりの装飾品が輝きを放つショッピングモールの中の一画の専門店。
 決して広くは無い店内の最奥、敦盛は一つのショーケースの前で考え込むように眉を潜めた。
 そのお店は若い世代をターゲットにしているようで、カップルや10代から20代の女の子同士といった顔触れが多い。そのため、眉目秀麗な顔立ちの彼の、仕草一つでさえ周りの気配がざわめく。小さな黄色い歓声があがることもしばしばなのだが本人はまったく気付いていない。
 ショーケースの向かい側にいた店員が気付いて敦盛に声をかける。
「何かお探しですか?」
「あの…ホワイトデーのお返しに髪飾りを」
 敦盛は考えあぐねて、そう答える。
「そうですか、恋人へのプレゼントですか?」
「……ああ」
 彼は恋人という直接的な単語に顔を赤らめて一度は口を閉ざすも、結局は肯定した。
 もし逆の立場でこの場に彼女が居たならば笑顔で肯定しただろうから。それに、恋しい人という意味で間違っていない。
「それでは、こちらなどは如何でしょう?当店で一番人気なんですよ」
 店員が出したものは、大きな花の周囲に小さな花を催したバレッタで確かに可愛らしく彼女に似合いそうではあったが、敦盛は首を捻った。
「いや……」
「それではこちらは如何でしょう」
 店員から次々人気商品を持ち出されるも、敦盛の首が縦に振られることは無かった。
 全て彼女には似合うと思った。だけど、何かが違うのだ。
 とうとう店員まで一緒になって唸り出すと、敦盛が不意に声を漏らした。
「これを見せて頂けないだろうか」
 敦盛が指指したのはシルバーでコーティングされた、鈴蘭の小さなかんざし。動かすと、さらさらした清涼な音が響く。
 店員から品を受け取り敦盛は目を閉じて、その音色に耳を澄ました。
 音色を聞いて思い浮かぶのは自分を呼ぶ彼女の笑顔。自分の名を呼びながら顔を覗き込んで、返事を返すとすぐさまにっこりと嬉しそうな笑顔見せてくれる。
 彼女はあまり髪を結い上げることがないけれど、だからこそ、似合うような気がした。
 目を開くと、敦盛は思い出した彼女につられるように微笑んで、静かに店員にかんざしを手渡した。
「……これを頂きたい」
 彼女は笑ってくれるだろうか?自分がいつも思い描くあの可愛らしい笑顔で。
 敦盛は自身でその問いに是と答える。
 きっと彼女は笑ってくれる。自惚れでなければ、彼女を呼ぶ敦盛に見せるあの笑顔は彼だけに見せるものであるから。

 了



 


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