あとに残るは疑惑なり 熊野に入った一向が、将臣に会った数日後の夜。 最近立て続けに怨霊との戦いがあり、疲労で倒れた望美を心配した九郎と将臣と敦盛がたまたま一部屋に集まっていた。 変な取り合わせだとは思うが、望美を看病している弁慶と朔、それに白龍はこの場におらず、ヒノエもまた弁慶を見張るという名目で望美の元についている。リズヴァーンは先ほど出かけてしまったし、譲も望美が元気になるようにと看病料理に精を出していた。そして景時も先ほどまではここにいたのだが、屋敷の見回りとして部屋を出て行ってしまっていたのだ。 無言という重圧に耐えかねた九郎が、結局は口を開いたのだった。 「将臣、あいつは大丈夫なのか?」 が、尋ねようと思っていたこととは別の…つまり本音を漏らしてしまい、将臣はそんな九郎を面白がるように見た。 「なんで俺に聞くんだよ。心配なら自分で様子を見に行きゃいいだろ?」 「……っ! 別にそういうわけじゃないっ、……ただ、お前はあいつの幼馴染なんだろう。あいつの様子は俺が見るよりもずっと解るんじゃないのか?」 「確かに神子は少し、無理をしすぎた。私たちにも解らぬように、一人で頑張っていたのだな」 敦盛は目を伏せながら心配そうに言葉少なに呟く。 「あいつなら大丈夫だろ。昔っから熱とかあんま出さなかったし、出したとしても翌朝になると必ず下がってたからな。それに、俺たちが無理するなって言っても、あいつには逆効果だと思うぜ?」 何しろ言っても聞かねー奴だからな。と笑いながら将臣。 「だが、あいつに倒れられても困るだろ。全然先に進まない。これでは時間の無駄だ!」 望美の身体は確かに心配だが、九郎が言っていることも解る将臣は考え込むように唸った。 「んじゃ、時間の有効活用でもすっか?」 「有効活用?」 「おう、鍛錬すんだよ。でもそうだな、ただいつもみたいに剣を使うんじゃ無くて、この部屋でも出来ることにするか。お前、体術はなんか出来るか?」 「体術か? 剣ほどではないが、一通りなら一応習っている」 「そっか……。んじゃ俺たちの世界の格闘技って奴を教えてやるよ」 「格闘技? それは強くなるのか?」 「ああ、プロレスって言うんだ。前に譲にかけて遊んでたらあいつに見つかってさぁ、すんげぇ怒られてよ。でも今なら怒るやつもいないし、お前も頑丈そうだし丁度いいじゃん。あ、敦盛は審判やってくれ。ルールは俺が教えっから」 「るーる……?」 「あー……なんつか、規則みたいなもんだ。やっていいことと悪いことを見定めて、お前がどっちが勝ちか判定を決めるんだ」 「解り…ました」 敦盛が戸惑いながら頷いたのを確認した将臣は、楽しそうに頷き返した。 「そんじゃ九郎、まずは卍固めからだ」 いきなり卍固め(まんじがため)から入るのかよという突っ込みを加えるものは、当然ながら誰もいない。 それと同時にテンションが上がった将臣にしぶしぶといった形で付き合い始めた九郎だったが、徐々にこちらも本気になってノリノリで教わり始めるのだった。 ドタンバタンと二人が技を教え教わりつつ掛け合っているその時。 別の部屋ではまた、違う戦いが繰り広げられていた。 「おい、治療はもう終ったんだろ。あんたいつまでいる気だよ」 「それはこちらの台詞です。病人のいるところでは静かにするのが基本ですよ。君はどうせ何もしないんですから、九郎たちのいる向こうに戻ったらどうですか?」 涼やかな顔でヒノエに退室を促す弁慶。が、ヒノエも負けてはいなかった。 「バカ言うなよ。あんたみたいな野獣と可憐な姫君を二人っきりになんかさせられるか」 「私もいるよ」 「お前は数にははいんねーの」 小さい白龍の言葉に肩を竦めて返しながら、ヒノエは言った。確かに白龍はいつだって望美のためを思って行動している。 弁慶が一言望美の看病の邪魔だからどこかに行っていろと言った時点で、白龍はしぶしぶとはいえ行ってしまうに違いない。 そんな白龍だけを残して部屋を出て行くなんて、とてもじゃないが出来なかった。残念ながら朔も先ほど部屋を退出してどこかに行ってしまったばかりだ。 「野獣とはまた…僕も言われたものですね。君にそっくりその言葉をお返ししますよ」 「はっ、よく言うぜ。隙あらばいつだって望美のこと狙ってやがるクセして」 「………? 二人はヒトだよ? 野獣じゃない」 『…………………』 白龍の言葉に口を閉じる二人。神様とは言え、子供の姿をしている前で喧嘩するのは、内容が内容だけになんともやりにくかった。 「それとも、二人は野獣になるの?」 「…………………まぁ、男の性かな」 「へぇ……! ヒトって、すごい……! 私もまた一つ覚えたよ」 変なところで感心されても、曖昧に誤魔化すしかない。 「……少し、向こうの部屋が騒がしいですね。白龍、ここは大丈夫ですから、様子を見てきてくれませんか? あんまりうるさいと、神子もゆっくり眠れませんからね」 「うん、わかった」 ぱたぱたぱたぱた…………。 素直に頷き小さな足音を響かせて、白龍は走っていってしまった。 「ていよく追い出しただろ」 「神様とはいえ、子供に聞かせる話ではありませんから。それに僕は嘘を言ったわけじゃありません」 「確かに少し、騒がしいな。これじゃあ姫君が安心して寝られねぇよ」 「では君も見てきたらどうです?」 にこやかな表情で聞く弁慶に、ヒノエは鼻を鳴らした。 「あんたが言って注意したほうがいいんじゃねぇの? なんたって薬師なんだからさ」 「僕は彼女を看る義務がありますから」 「俺も姫君を獣から守る義務があるんでね」 平行線を辿っている二人の討論は決してゴールが見えることは無い。 そんななか、渦中の人物である望美は今もなおすやすやと夢の中にいるのだった。 「ううぅん……あれ……私…?」 気がついた望美が目を開けたとき、周りには誰もいなかった。 外から月明かりが差し込んでいるから今が夜だということはわかる。しかし、夜のいつかまでは見当がつかない。 頭はまだ少しボーっとしていて、完全には熱が下がっていないことが自分でもよく解った。何だか喉が渇いてきたので起き上がり、ふらつきながらも立ち上がる。 壁に手をつきながら身体を支えるようにして廊下に出ると、ふと向こうの部屋が騒がしいことに気付いた。 「あれ…あそこに人影がある」 どうやらそこに人が集まっているようだということが解り、望美は水を貰おうとそちらに歩き出した。 よたよたと覚醒せず重い頭を引きずるようにして歩いていると、ふと途切れ途切れの苦しげな声が聞こえてきた。 「あっ……くぅ…や、めろ……将臣……!」 「なんだよ、もう降参か? 案外早いんだな、こんな簡単にいっちまうなんて」 「頼む……! もう、限界だ……!」 ドタバタと激しい音と共に、切なげな九郎の声が望美の耳に聞こえてきて、望美は眉をひそめながら一歩一歩近付いていった。 「しょうがねぇなぁ……さっき教えてやっただろ? 降参の言葉。ほら、言ってみろよ」 「それは…っ!い…やだ……!」 「素直じゃねぇな。身体はこんなに正直なのにな」 「うあぁあああ! やめろ、やめてくれ…将臣!」 将臣の楽しげな声音と、九郎の痛みを訴える悲鳴。それらは望美の耳を通過した。 なんだか知らないけど、九郎がピンチだ。 そう思ったら体が動いた。 「ちょっと、二人とも何して……!」 怒りながら部屋に入った望美の言葉が途中で途切れる。 「え……?」 望美がそこで見た光景は、はっきり言って彼女のただでさえ働いていない思考をフリーズさせるには、十分なものだった。 涙目になり身体は震えている九郎。そして乱れた九郎の衣服は肩が見えていて、その上に将臣が馬乗りになっている。 実際はただ単に痛みに自然と涙が浮かび、関節技が入ったため身体が震えている九郎と、今まさに次の関節技をかけようとしていた将臣の図であったのだが。 「え、え、えぇ?」 だが、そんなことお構い無しに望美の働かない思考が、熱のせいか否か、間違った方向へハイスピードでその状況を分析するため動き出す。 衣服が乱れているこの状況に、先ほどの会話とくれば思い当たる節はたった一つ。 「お、望美。何だお前、元気になっ……」 「うぎゃぁあああああああ!」 いきなり望美は甲高い?悲鳴を上げるとぐるっと後ろを向いてお邪魔しました!と叫んだ。 「あの、ごめんなさい!まさかこんなところでそんなことしてるなんて思いも寄らなくて……!」 ちなみに、二人のすぐ傍にいた敦盛の存在は完璧にアウトオブ眼中である。 「……? 何のことだ?」 訝しげな九郎が起き上がり、将臣はその上からどくものの、望美は相変わらず後ろを向いたまま顔を紅くしてこちらを見ようとしない。 「でも、私は別に……なんていうか、差別とかするつもりないし! そりゃ、最初はビックリしたけど……でも好きならしょうがないと思うんだよね。想いって止められないし」 「いや、別に好きでも何でもねぇけど。ただの遊びだし」 望美の想いに対して将臣は事も無げに言い放つ。勿論、将臣はプロレスのことについていっているのだが望美はそれを知る由も無い。 「遊び!!??」 声がひっくり返るかと思うほど素っ頓狂な声を上げて、望美は硬直した。 「そんな、遊びだなんて…ヒドイよ将臣くん! 九郎さんはそれでいいんですか!!??」 「何をそんなに驚くことがある。別に俺は構わないぞ。遊びでやろうが本気でやろうが、暇つぶしに変わりない」 「暇つぶし……!!」 異国語を聞いているかのようにいちいち反応を返してくる望美の様子に、いい加減おかしいことに気付いた二人だが、もはや望美の壊れた思考回路を正せるものは誰もいなかった。 「二人とも愛し合ってないのにそんなこと出来るんですか!?」 この言葉にようやく望美がとんでもない勘違いをしていることに気付くのだから救われない。 が、気付いたのは将臣だけで、九郎は相変わらず鈍いままだ。 「なんだそれは。愛し合わなくても出来るだろ。現に俺と将臣はやっている」 「おい、望美……お前まさか……」 ことの事態をようやく把握した将臣が、顔を引きつらせながら望美に問い掛けた。すると。 「おやおや、九郎と将臣殿はずいぶん仲良くなったみたいですね」 そんな折、いつの間にやら望美の脇からやってきた弁慶が楽しそうにそうのたまったせいで、将臣の言葉は途中でかき消されることになる。 「いいんじゃねぇの? 仲悪いよりいい方が」 呆れたように弁慶に続いてやってきたヒノエがそう呟く。 「それよりさ、望美はもう暫く寝たほうがいいって。まだ熱も下がってないし」 「そうですね、それじゃあ部屋に戻りましょうか」 さりげなく望美の肩を抱いて歩き出した弁慶に連れられるように、望美もショックからかふわふわと宙に浮いているような足取りで歩き出す。しかし、二人に後ろ惹かれる思いなのか、途中で止まってしまった。 「だから、だったんですね」 「え?」 「この間みたいに弁慶さんと私をくっつけたがったのも、九郎さん……将臣くんのことが好きだったから……私に取られたくなくてあんなこと……」 「はぁ!?」 ここまでくればさすがの九郎も何かがおかしいと感じ取れる。将臣と一緒になり、急にそわそわと焦りだす。もしや重大な勘違いをこいつはしてるのでは?と、嫌な汗が背中を伝った。 「いえ、いいんです。私もそれがわかったらなんだかすっきりしたし。邪魔して本当にごめんなさい。あの、私……二人のこと応援してますから!」 そんな芸能人に会ったミーハーなファンのお決まり台詞みたいなことを言われても(ガッツポーズつき)、困るものは困るのだ。 「望美、待て。頼むから話聞いてくれ」 大量の冷や汗をかいた将臣の弁解すらも、望美には届かない。 「大丈夫だよ、将臣くん! 遊びだなんていってるけど、本当は世間に認められないのが怖いだけなんでしょ? やっぱり、普通のカップルに比べたらすごく大変な道のりだと思うけど、頑張ってね! 私精一杯応援させてもらうから。任せて!」 何が大丈夫で何が任せられるのか、尋ねるのも怖いくらいである。 「そうですね、それでは戻りましょうか」 さらっと流した弁慶は、もう将臣たちの弁護をする気すらないのが見え見えの態度で、望美と共に部屋に戻っていった。 後を追いかけようとしたヒノエだったが、さすがにこの状況をほうっておくのは忍びない。溜息をついて腕を組みながら将臣と九郎を見た。 そして取り残された本人である将臣と九郎は、二人揃って望美にとんでもない勘違いされたことに呆然としている。 その時、今まで黙って成り行きを見守っていた敦盛がようやく口を開いた。 「神子は、純粋だから……素直にありのままを信じてしまう」 敦盛は続けた。 「私も終始見ていなかったら、きっと信じた。だから、しょうがないと思う。気は落とさないほうがいい」 「………………敦盛、それフォローになってないぜ」 って言うか、信じるのかよ!と心の中で突っ込んでいる将臣の想いを知ることは勿論無い。 ヒノエの指摘どおり、敦盛の言葉に更に落ち込んでいる青龍二人組は神子の誤解が解けるまでの暫くの間、無駄な気を使われる羽目になった。 了 20051006(20051007) 七夜月 |