あとに残るは誤解なり 2



 二人が野営地に戻ると、丁度夕食の準備を譲がしているところだった。
「お帰りなさい、二人とも」
「もうすぐ夕飯出来ますよ。もって行きますから、先輩は休んでてください」
 譲と共に出迎えたのは弁慶だ。
「ただいま戻りました。あ、私もお手伝いしますね」
 そういってさっさか望美がヒノエの傍から離れていってしまったことに不満がないわけではなかったが、とりあえずヒノエも頼んだ張本人と共に被害にあっていた将臣に事の次第を伝えて誤解が解けたことを報告した。
「ってわけだからさ。一応誤解は解いておいたぜ」
「サンキュー、ヒノエ! マジで助かったぜ」
「あぁ、本当にお前のお陰だ。手を煩わせてすまなかった、ヒノエ」
 二人は本当に嬉しそうにヒノエにお礼を述べる。それを見るだけでもよほど困っていたのが解るのだから、それなりにやりがいなんてものがある気がしなくもない。
 照れ隠しとしてぶっきらぼうにヒノエは言った。
「そう思うんだったら、今度からは自分たちで何とかしてくれよ。俺はもう二度と御免だぜ」
 いつものキツイ減らず口も、今日の二人にとってはとても頼もしい言葉になっていた。
「ヒノエ、九郎殿、将臣殿。食事の準備が整ったようだ」
 敦盛が三人を呼びに来て、それから三人はみんなのいるところへ戻った。
 これから起こるであろう惨劇には、微塵も誰一人として気付くことのなく。
「へーえ、今日もまたうまそうな匂いだな」
 将臣がそういうと、ヒノエも珍しく口笛を吹いた。
「なかなか俺好みの、いい香りがすんじゃん」
「あぁ、適当に座っててください。今お持ちしますから」
 弁慶にそういわれて、言われたとおりに適当に座った三人は、人数が揃ってないことに気がついた。
「リズ先生は?」
「なんか、変な感じがするってさっき見回りに」
「メシ食ってからいきゃあいいのに」
「先生は特別に先に食べたの。それに、先生が見回ってくれてるから安心して食べられるんだよ?」
 椀を持って戻ってきた望美にたしなめられ、改めて反省し恐縮しながら九郎は言った。
「そうだな、では先生にも感謝しながら頂かなくては」
「そうですよ、では皆さん頂きましょうか」
 弁慶が当社比2割増の笑顔を浮かべて、そっと汁の椀を九郎に手渡した。
「すまんな、弁慶」
 ずずずーっと、豪快に飲み干した九郎を見て、弁慶の笑顔が微笑からにやりと変わったのに、さすがというべきかやっぱりというべきか誰一人として気付かなかった。
 食事を始めて暫く経ったころ、異変に最初に気付いたのは将臣だった。
「……おい、九郎。お前、大丈夫か? 顔すっげぇ青いけど」
「あ、あぁ……大丈夫だ……」
 何故かお腹の辺りを押さえながら、冷や汗をかいて頷く九郎。
「おいおい、んな脂汗流しながら大丈夫って言われても説得力ねぇぜ」
 隣にいたヒノエは呆れた声を出す。冗談抜きで真っ青になっている九郎の身体が突如ぐらりと傾いた。
 望美も心配になって声をかける。
「九郎さん、大丈夫ですか!?」
 しかし、望美の声も届いてない。九郎は呻くようにしてヒノエへもたれかかった。
 望美はその光景をハッとしたように見つめる。
 唐突に気付いた(というか、思いついた)その事実に、戸惑いを隠せない。さっきヒノエから忠告を受けたばかりだし、もしかしたら違うかもしれない。
 そうだ、違うかもしれないんだから、将臣くんを見て、ちゃんと確認しなくちゃ。
 何をだ、というツッコミを加えられる人間がいないため、なにやら雲行きが怪しくなりつつも望美の視線が将臣に移る。
 ………………………。
 そこで見たものに、望美の戸惑いは(迷惑にも)確信に変わった。
 苦しみに耐えてヒノエにすがる九郎の姿に、視線を伏せてそちらを見ずにひたすらに食事を続けている将臣。将臣の顔が一瞬だけ歪む。それが極めつけの証拠だった。
「謎は全て解けたわ」
 誰にも聞こえないほど小さな声で、望美はそうポツリと呟いた。
 迷探偵 望美の復活である。
 望美の推理を簡潔にまとめるとこうだ。
 将臣→九郎→ヒノエ。
『トライアングルにならなかったことが救い……だね、ともかく将臣くんは九郎さんのことが好きで、いつだって九郎さんを見ていた。だから異変にも最初に気付くことが出来たし、今までもきっと九郎さんの気持ちを解っていたから、ヒノエくんに変な誤解を与えたくなくて私の考えを否定してきていたんだ。
 そして、九郎さんもまた同じ。ヒノエくんに誤解されたくなくて、だからひたすらに私の誤解を解きたがっていたんだ、きっと。
 ヒノエくんに私の誤解を解かさせたのが誰にせよ、ヒノエくんはきっと九郎さんの気持ちに気付いていない。今も九郎さんを突き飛ばしたりしていないのがいい証拠だもの』
 ヒノエから言えば、病人をいきなり突き飛ばすような鬼のような真似、いくらなんでもしないのだが。
 そんなこととは露知らず、望美の迷推理は続く。
『結論的に見ても、私の誤解を解くように頼んだのは、きっと将臣くんね。
 九郎さんの気持ちを知っている将臣くんは、ヒノエくん自身に私の誤解を解かせたかった。それはヒノエくんに九郎さんを任せるという意思表示だったんだ。
 俺の九郎を頼むって、熱い将臣くんの気持ちなど知らないヒノエくんだからこそ、九郎さんはヒノエくんに自分の気持ちを隠していたんだね。でも結局、身体の具合には勝てなかった。この具合が悪いのも、想いを伝えられないもどかしさと悔しさが生み出したストレス性胃潰瘍だったりして……辛くて辛くて仕方なくて、もう隣にいる愛しい人に縋るしか道は残されていなかった!……有り得る! なんて劇的な展開……!
「俺はもう、死ぬかもしれない……けれど、せめて…お前の腕の中で死ねたら……」
 九郎さんの想いを汲み取った将臣くんは何も言わずに九郎さんを見守る道を選んだ。だけど、やっぱり自分の最愛の人が別の人を頼ったという事実が胸をついて、そちらを見られずに食事を続けるしかなかったってことだよね。一瞬だけ苦しそうに表情を変えたのが、将臣くんの本音だったんだ…!』
 と、いうのが望美の推理だ。しかもまるっきりの誤推で。
 というか、ここまでいくと、もはや推理ではなくただの妄想である。
 実際、九郎の想い人がヒノエなはずないし、将臣の想い人が九郎なわけがない。
 九郎の具合が悪いのはあの人の例の薬の効果であり、ストレス性胃潰瘍とか言う病気でもない。将臣が気付いたのも、ただ単に九郎の隣に座っていた譲におかわりを貰ったから偶然に目に入っただけで、そのあとひたすらに九郎を見ず食べ続けていたのはお腹がすいていたからだ。一瞬顔をしかめたのは、がっついて食べ過ぎて舌を噛んだためである。
 が、こうと思ったら一直線。それが、望美であり全ての事柄に(よく言えば)素直な白龍の神子様なのだ。
 決して真実のような他の要因が思い浮かぶわけがなかった。
 既に望美の中で好きな人の腕の中で黄泉への道を歩き出した九郎を見て、望美がぽろりと涙をこぼした。
「不憫すぎます、九郎さん……」
 確かに、神子の妄想内で勝手にカップルに仕立て上げられ、勝手に死ぬことになっている九郎は不憫以外のなんでもない。
 と、一瞬のうちにまとまっていた望美の脳内、誰がこの思考が予測できただろうか。
「九郎、どうしました? 大丈夫ですか?」
 弁慶は労わりMAXの薬師として、九郎を見るために近付いた。
「おや、これは……過食性欲求不満症候群ですね。短く言えば、食べすぎです。九郎、しばらく安静が必要です。薬師として、明日は一日休むことを命じますよ」
 そんな病気、あるわけがない。
「う、うむ……」
 意識を失いかけている九郎を支えるヒノエ。九郎を横にするために、食事を中断した二人を見送って、望美は心の中で決断する。
 このまま九郎とヒノエを表立って応援することは出来ない。何故なら、望美にとって大切な幼馴染の将臣がいるからだ。将臣の気持ちを第三者である自分が踏みにじっていいはずがない。
「ごめんね、九郎さん……何も出来ない私を許して」
 温かく見守ろう。せめて、老い先短い九郎さんが幸せな往生を送れるように。
 望美の言葉を聞き取った朔が、そっと望美の肩に手を置いた
「大丈夫よ、貴方は白龍の神子ですもの。何も出来ないなんて、そんなことないわ」
「ありがとう、朔……」
 九郎が病気で苦しんでることに対して何の措置も取れないことを悔やんでいると思った朔の応援は、間違った形で望美に届き、望美もそんな朔の気持ちなど知らずに頷いた。
 誤解が更に誤解を呼んで、事態が収拾つかなくなってることに、今はまだ誰一人として気付いていなかったりする。


 了





  20051202  七夜月

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