熊野参詣 〜湯煙旅情・愛と憎しみのサスペンス〜 (真相編)




 あの時は大したことでも何でもないと思っていたから、特に声をかけることはしなかったのだが、朔が九郎に渡しているところをたまたま見かけていた。
 あの時は確か、望美に気付いた朔が
「九郎殿に頼まれて、昨夜お守り代わりに書いたのよ」
 と笑っていっていたのを覚えている。
 お守りといっていたし、経文か何かかと勝手に思っていたため中身は知らないが、朔が書いたということに、間違い無い。
 しかし、あれが朔が九郎に書いたものだとすると、何故景時はあんな嘘をつく必要があったのだろうか?
 彼は何かを隠してる?
 望美はじっと考え込む。
 彼が隠したかったものは、あの紙。
 朔が書いた紙がキーワードなの?
 望美は解らなくて、もう一度九郎に近付いた。すると、さっきまで仰向けに倒れていた九郎が白龍によって体勢を変えられていたせいで、見えなかった部分が見えている。
「? これって……」
 望美が九郎の袖の下で見つけたのは、朔の髪飾りっぽいものだった。
 朔の髪を見ると、さっきまで気がつかなかったがいつもしている髪飾りが無い。
 ならば、やはりここにあるのが朔の髪飾りに間違いなさそうだ。
 さっきと体勢が変わっていたからこそ、こうして姿を現したのだろう。
 望美はその髪飾りを拾い上げると、訝しげに首をひねった。
 そのときにふと気付く。
 景時が隠しているものが、もしこれだったら?
 正しく言うと、景時が隠そうとしていたのは、朔と九郎の接点ではないのか?
 そうなると、景時が隠していた本当の理由は。
「みんな、違うよ。景時さんは犯人じゃない。真犯人は別にいるんだよ」
 望美が確信を得たようにそういうと、景時を取り囲んでいた一同が一斉に振り返った。
「景時さんは、真犯人を庇っていたんだよ」
「おい、いきなり何言い出すんだよ 望美」
「そうですよ、警部。犯人が自白しているのに、なんでそんなことになるんです?」
「だから、警部じゃねぇって」
 緊迫感のない将臣のツッコミは場の空気で抹殺された。
「これを見て」
 スッと、望美は皆の前に先ほどの髪飾りをだした。
 朔の顔色が血の気を引いたように青くなる。
「おいおい、これって……朔ちゃんのじゃん」
 ヒノエが望美の手から受け取り、それを光に透かしたりしてみている。
「そう、これは朔のもの。そして景時さんが持っているその紙も、朔が書いたものよね?」
 わなわな震えている朔の前に、景時が立ちはだかった。
「確かに、その髪飾りは朔のものだ。けどさ、よ〜く考えてみてよ。もしかしたら驚いて転んだときに、外れたのかもしれないだろ?」
「だったら何故、それが倒れていた九郎さんの下敷きになってたんですか? 九郎さんが倒れる前に外れない限り、あの場 所に落ちているのは不自然です」
「そ、それはさ…その、きっと君の見間違いで……」
「それに、どうして景時さんはその紙が自分のものだなんて嘘ついたんですか? それは朔が九郎さんに渡したものですよ。九郎さんに頼まれて、朔が書いたものです」
「いや、これは本当に俺の」
「もういいわ、兄上……もう、いいのよ」
 更に言い募ろうとした景時を止めて、朔は首を振った。その顔には微笑が浮かんでいる。だけどそれが無理やり作られてい ることに、他の人たちも簡単に気付いた。
「そうよ、望美……私が九郎殿をこんな目に合わせてしまったの。黙っていて、ごめんなさい」
「朔…………」
 白龍が沈痛な面持ちで朔の名を呼んだ。
「どうしてこんなことになったのか、話してくれるね?」
 望美に頼まれて、こくりと小さく頷いた。顔を上げた朔は、全てを諦めたようだった。
「さっき話したように、私は兄上に言われて、水を汲みに行ったの。行きは違う道を通ったわ。でも今日は天気もいいから帰り は違う景色を見て帰ろうと思って、この道を選んだの」
 そして、この道を通っているときに九郎に会った。九郎は剣の稽古をしていて、朔はそんな九郎を労ってから、すぐに去るつ もりでいたらしい。
「でも、その時に九郎殿が私の持っていた水桶を見つけて、女人には重いだろうからって持って下さろうとしたの」
 けれど、朔は修行の邪魔は出来ないとその好意を丁重に辞退した。別に重くないということをアピールするために、水桶を持 ち上げようとしたその時に、バランスを崩した朔の足が滑った。
「倒れるって、思ったの。その時はもうダメだって……でも、水桶落としたらもう一度汲みに行かなきゃいけないし、なんだか 兄上に負ける気がして……そんなのすっごく嫌で、そう思ったら悔しくなったわ」
 倒れてたまるか!と 勢いで、無理やり体勢を立て直して、大事にはいたらなかった。
 が、それは朔だけの話だ。
『朔殿!!』
「九郎殿の声が聞こえたとき、直後に鈍い音も聞こえてきたの」
 倒れ掛かった朔を助けようと九郎は振り返り様自らが下敷きになるつもりで飛んだ。が、支えるべき対象が立て直してしまっ たので、力加減を考えていなかった九郎はそのまま失速することもなく飛んで、頭をそこにあった大きな岩にぶつけてしまっ た。
『九郎殿……? 九郎殿……! いやぁああああ!』
「九郎殿はいくら呼んでも起きなかった。くすぐっても、胸倉つかんで揺すっても、鼻と口を同時に押さえて気道を閉じても、何をしても九郎殿は起きなかった……」
「……助けたいのか、とどめを刺したいのか、一体どっちなんだ」
 その時を思い出していたのか、朔の目が潤む。
 将臣がポソッと口を挟んだことに対して、両脇に立っていた望美と譲から無言でダブル肘鉄がお見舞いされる。
「私は怖くなって、どうしたらいいか解らなくなってしまったわ。そうしたら兄上が一番最初に来てくれたの」
「それで、事情を聞いて景時さんは朔を庇ったんですね」
 望美が朔の言葉の引き継いで景時が肯定を示すように頷いた。
「朔は悪くないんだ……全てはオレが頼んだことだから……だから、どうか朔を責めないでやって欲しい」
「いいえ、兄上。私は罪を犯したのだもの。きちんと償わなければならないわ。人一人を事故とは言え、私のせいで殺めてしまったのだから、重罪よ」
「それじゃあ、頼んだオレも同罪だ。煮るなり焼くなり、好きにしてよ……でも、なるべく痛くない方法がいいな」
 死罪を待つ罪人のように、沈んだ表情を見せる梶原兄妹。だが、望美は力なく首を振ると二人の肩に手を置いた。
「私は貴方たちを裁く権利は無い。だから、この償いは貴方たち自身で決めて償っていって欲しいんだ。これからの未来、九郎さんの分も精一杯生きて、命を粗末にしないこと……きっとそれが、何よりの償いなハズだよ」
 もはや九郎が死んでないことにあえて誰も突っ込まず、事の成り行きを見守っている。
「望美……っ……私を…、許してくれるの?」
「言ったでしょ? 私には裁く権利がないんだよ。だから、私が貴方を責めることは出来ないし、貴方も私に許しを請う必要もないんだよ。ね? 顔を上げて、朔」
「望美……っ!」
「朔……っ!」
 ひしっ!と神子同士抱きしめあい、二人は永遠の友情を確認しあった。
 夕暮れの中、空ではカラスが帰る時間なのかカァカァと鳴いて夕日に向かって飛んでいく。それにて現在の時刻を確認した 望美は、背伸びをすると長い溜息をついた。
「ん〜っ!はぁぁああ〜…さて、火サスごっこやったらお腹減っちゃったなぁ。譲くん、今日のご飯は何?」
「まだ作ってないですよ」
「え、それじゃあリクエストしていいかなぁ? 久々にオムライスとか食べたいんだけど、いい?」
「解りました、先輩の頼みならなんとかしてみます。それじゃあ、今晩はオムライスですね」
「やったー! それじゃみんな、帰ろうか」
「だなぁ、なーんかオレも腹減って、どうでもよくなってきたぜ」
「譲の料理は確かに上手いし。姫君専属でも、ま、しょうがないかな」
「では、ご飯を食べたら今日は皆さん早く休みましょうね。色々あって疲れたでしょうし」
「早寝早起きも修行のうちだ、神子」
「私の神子は今でも強いけど、修行したらもっと強くなるね」
「白龍ってさり気に独占欲強そうだよね」
「兄上、馬鹿なこといってないで、兄上みたいな人こそちゃんと修行するんです」
 わいわいがやがや、立ち去っていく八葉(一人除く)以下ご一行様方。
 取り残された九郎の傍に控える、敦盛。
 何処から取ってきたのか知らないが、小さな野の花をそっと九郎のたんこぶに添えると、無言で手を合わせてから、皆の元へと戻っていった。
 数時間後、九郎は親切な村人に発見され一命を取り留めたという。


 了



 キリリクしてくださったきいこさま、どうもありがとうございました(平伏)

    20051114  七夜月

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