友達


 『待って、行かないで!』

 そう叫んだのは朔。けれども、黒龍に残された時間は少なくて、朔の願いが叶うことはなかった。
 彼は望美たちの目の前で消えてしまい、その場に崩れ落ちた朔の手に残ったのはたった一つの黒龍の逆鱗だけ。
 その逆鱗を手に、慟哭した朔を望美たちはただ見ているしか出来ず、何も出来ない憤りや悔しさ、朔の悲しみに感応した望美もまた、涙した。
 二人の少女の涙が枯れる頃、辺りは夕暮れに染まっていた。

「景時さん、朔の居場所を知りませんか?」
 夕餉の後、その席にもやって来なかった朔を心配して望美は陣の中を探していた。
 丁度鉢合わせした朔の兄である景時に、望美は彼女の行き先を尋ねる。
 先ほどから手当たり次第の人に当たって来たがこれといった情報は集まらずに手をこまねいている時だった。
「あ、あぁ……望美ちゃん。朔か……多分海岸に居るんじゃないかな。そっちに歩いて行ったし」
「海岸ですか、ありがとうございます」
 やはり兄なだけあって朔については随分気にかけていたようだ。
 ようやく得られた手がかりに少なからず安堵する。
 お礼を述べて立ち去ろうとすると、不意に名前を呼ばれ呼び止められた。
「望美ちゃん、待って!ちょっといいかな」
 景時は望美を引き止めると、目を伏せた。
「その、今はそっとしておいてあげて欲しいんだ。下手に声をかけても、あまり良いとは思えないし……」
「ん〜……すみません、それは出来ない相談です」
 悩んでいたわりにきっぱりとした口調で望美は笑う。
「だって、私が朔にしてあげられるのは、一緒にいてあげることだけですから。言葉でも無く、モノでも無く、今朔に必要なのはヒトの体温だって、そんな気がするんです。それに、落ち込んでいたら励まして欲しいっていったのは、景時さんですよ?」
黙って聞いていた景時だが、望美に茶目っ気たっぷり切り返されると、返す言葉が見つからなくなったようで嘆息して頷いた。
「望美ちゃん……そっか、そうだね。ごめん、俺が間違ってた。君の言う通りだ。俺からもお願いするよ。朔についててあげてくれるかな」
「はい、もちろん!」
 そして、望美は朔の元へと走って行ったのだった。


 朔は浜辺で海を見ていた。
 望美は声をかける事なく隣りに座る。
 しばらく黙って海を見ていたが、ふと自然に言葉が望美の口から漏れてしまった。
「逆鱗を壊したこと、後悔してる?」
 禁句な質問をしてしまったかと一瞬だけ後悔したが、別段、朔の様子に変わったところは見受けられなかった。
 朔は静かに力無く首を振っただけだったのが、それを物語っている。
「いいえ、後悔はしてないの。ただ、これで全部終わってしまったかと思うと、これからどうしたら良いか、解らなくなっただけ」
「そっか……、うん」
 その気持ちは望美も解らなくも無い。自分だって、急に道を閉ざされて途方に暮れたことは何度もある。
 けれどその度に起き上がれたのは、望美には仲間がいたから。大事な友達の朔もいたから。
 自分自身を立ち直せるのはやっぱり自分自身しかいない。
 こればっかりは、望美の意思ではどうにも出来ないのだから、本人が頑張るしかないのである。
 けれど、意思がどうにもならなくとも望美には支えてあげることは出来る。
「頑張れって言葉が朔にとって重荷じゃなきゃいいけど」
「大丈夫よ、ありがとう」
 小さく唇を綻ばせた朔は、声を出さずに笑った。
「貴方が、こうして隣りにいてくれるのが、すごく嬉しいの。そして、すごく救われてる。本当よ」
「うん、私もいつもそうだった。朔がいたから、頑張れたよ。居てくれるだけって言うのが、どれほど力強いものであるか、私には解る。私が朔にとってそんな存在になれたのならいいな」
 望美の手を握り締めて、朔は今度はちゃんとした微笑みを浮かべた。
「もちろんよ、貴方は私の、生涯ただ一人の特別な友達だわ」
 親友って言葉が当てはまるような。そんな友達。
「貴方が元の世界に戻っても、絶対に貴方のことは忘れない」
「うん、私もだよ。絶対に朔のこと忘れないから」
 二人は微笑みあい、やがて笑い出した。
 時空を超えた友情が実を結んだように、二人もまた固い絆で結ばれていた。
 いつか遠くない未来に別々の道を歩んでいくとしても、二人の絆は決して何者にも絶つことの出来ない力強いものとなることを、夜空の星と月だけが知っていたのである。
 友達という名の、親友に……。

 了



  20051222  七夜月

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