バレンタイン ウォーズ このお話は大円団後のお話で尚且つギャグでバレンタインで主役は将臣です。 ついでに神子は壊滅的なほどの壊れキャラとなりました。 『バレンタイン』 それは男にとって世紀の一大イベントであり、また何よりも死傷者が続出する魔の日でもある。 (By 有川 将臣) 「というわけで、俺はしばらく行方をくらますから。あと頼むぜ」 将臣は朗らかにそう笑うと、止める間もないスピードで走ってその場から消えた。 13日の放課後、学校でのことである。 「なんなんだ。あいつは……」 将臣から八葉+一人に緊急収集だというから集まったのに、告げられた言葉とその行動は理解不能そのもので、その場で将臣の意図がわかったのは譲ただ一人だった。 「明日何かあるんでしょうか」 聡い弁慶がそうつぶやくと、その言葉により譲は明日という日を思い出して青ざめる。 「明日……そうだ、明日はバレンタイン……!!」 なんということか、こんな大事な日を忘れていたなんて……!と、譲は頭を抱えて絶望したくなるのを必死になってこらえた。 「譲、心当たりがあるの?」 白龍が首をかしげるととたんにがくがくと震えだした譲の顎からツーっと一筋の汗が零れる。そうだ、こんなときは落ち着いて対処法を考えなければ。とにかく明日平穏無事に過ごすためにも俺も兄さんと同じようにどこかに行方をくらませて……。 「あの、俺も……」 よし、決めた。と顔を上げた譲の言葉は、最後まで言い終えることはなかった。 「あれ、譲くんどこ行くの?」 ちょうど玄関から出てきた望美は譲の姿を見つけて晴れ晴れとした笑顔で声をかけてきた。 「明日、何の日か覚えてるでしょう? 楽しみにしててね! 今年も私、頑張るからね。みんなもいることだし」 いいです頑張らないでくださいお願いですから諦めてくださいと顔に書いてあるものの、譲は何とか引きつった笑顔を浮かべて頷くことしかできなかった。先輩を傷付けたくは無いが、自分の命を危険にさらすことと天秤にかけるのにはあまりにも理不尽な選択肢だ。それでも譲は惚れた弱みで望美を傷付けられないのである。 「……譲くん、将臣くんは?」 全員勢ぞろいしているのに一人だけ八葉が足りない。スーッと望美の目が細まる。 「あ、その……しばらく家を空けるってさっき……」 「逃げたな……ううん、別にいいんだけどね? うふふ。そっか、将臣くんはしばらく旅に出るんだ。じゃあ帰ってきたときには楽しみにしててもらわないとね♪」 カンカンカンカン。どこかでゴングの音が鳴り響いた。 くすくすくす……と笑い声を上げる望美の表情は見えないが、その声にただならぬ雰囲気を感じ取った譲はビクッと一歩下がる。 「そ、それで先輩。今年は何を作るつもりなんですか?」 「えー、それはできてからのお楽しみだよ。ふふふ、それにしても逃げた将臣くんは捕獲しなくちゃね。うふふ、本当楽しみだな〜」 腹の底からうふふと笑いながらじゃーねと手を振って、望美も帰宅していった。が、駅の方に歩いていくのを見る限り、バレンタインの材料を買いに行くに違いない。出来ることなら今すぐにでも邪魔しに行きたい。けれどそんなことをしたら明日泣きを見るのは目に見えている。 「明日は何の日なんだ?」 「譲くんは知ってるんだよね?」 「譲、教えて」 ヒノエ、景時、白龍はガタガタ青くなっている譲に聞いちゃいけないような気がしたが、我慢できずに結局尋ねた。 が、とてもじゃないがおぞましくて口に出来ない譲は、その場でただ黙っているしか出来ない。何せ自分の命がどうなるか解らない瀬戸際なのだ。 自分の未来に明後日という日が来ることを、譲はひたすらに祈り続けた。 実は遠くからこの様子を見ていた将臣は、先ほどの会話を譲につけた盗聴器で盗み聞きしており、鳥肌が立った。 せっかく逃げてもこれでは望美から完全に逃げることは出来ないではないか。帰ってきたときには酷い目に合わされる。絶対合わされる。本人が合わせる気満々な会話だった。 「……俺は絶対に生き延びるぞ」 将臣は恐怖を振り払うと、どこまでも逃げ続けることを決意して宣言どおりそのまま行方をくらませた。 翌日。最初の犠牲者は九郎と景時だった。 名指しで届けられた小包を意気揚々と開けた二人は、中身を口にしてそのまま倒れた。もがき苦しむようにして喉を押さえて彼らはひたすらに水を欲しがった。そして「水を……!」という最後の言葉を残してそのまま二人は救急車で運ばれていった。 続いての犠牲者はリズヴァーンと敦盛だ。二人は九郎と景時の件を知っていたので、十分に観察してから、また近所の猫に毒見をさせてから大丈夫だということを確認して口にした。が、猫は二人が口にした直後に頭がおかしくなったかのように一心不乱に踊りだし、最後には踊りすぎたせいで膝が笑って動かなくなり立っていられないという事態になってしまった。無論、猫は動物病院へと搬送されていき、それを見た敦盛とリズヴァーンは慌てて吐き出そうとしたが一歩遅かった。焼け付くような体の痛みとともに正気の沙汰ではいられないような衝撃が体を走り、二人はそのまま寝込んでしまったのだ。時折うわ言で「ちょこが……ちょこが……」と言っていたが、原因不明の病気で看病できる者もおらず、二人はともに2〜3日苦しむことになる。 そしてさらに続いての犠牲者はヒノエと弁慶だった。なんとこちらは逃げられないようにと望美自らが渡しに来て、尚且つ望美の手によってたべさせられたため(俗に言うはい、あーんの手法だ)逃げ場などなく、二人は恐怖に駆られつつもおとなしくチョコを食べるしかなかったのである。そのまま二人がどうなったかは言うまでも無い。 生き残った譲は、とりあえずのらりくらりと望美を交わしていたが、それに気づいた望美がとうとう不機嫌になり、強行手段として譲の口を無理やり開かせるとそのまま箱一杯のチョコレートを口に流し込んだ。 生きる廃人と化した譲を見て満足そうに微笑んだ望美は最後の生贄である将臣を探すため、家から出て行った。 望美の歩いた後には屍の山が連なり、ついてきていた朔は困ったように溜息をついたという。 これが、将臣の盗聴器から聞こえた範囲での理解の範疇だ。実際はもっと阿鼻叫喚な悲鳴やらが聞こえていたのだが、文章表現上規制がかかってしまうため実況をお届けできないのが残念だ。と、将臣は心の底で思った。 が、実際のところぶっちゃけ、思い出したくも無いだけである。 「さて、これからどうすっかなー」 平日の学校を休んでまで逃げてきたのだ、将臣はふぅっと溜息をつくと空を見上げた。 ここは平和だった。とりあえず、望美がいない今日、この場だけは平和の一言に尽きる。清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、吐き出した。 先ほど、最後の一言「先輩……塩と砂糖を間違えるのは…どうかと思います……」と遺して譲は祖母の下へと旅立った。盗聴器が使えたのはここまでだ。あとは自分で望美を避け続けなければならない。 弟の最後までの潔い死に様を、将臣は忘れないだろう。そしてそれと同時に他のみんなの散り様も心に焼き付け、これから生きていこうと決心する。 とりあえずしばらく身を潜める場所を確保せねば、と将臣が歩き出そうとしたまさにそのとき。 「これから私のチョコを食べるんだよ、将臣くん」 ガッと掴まれた腕に恐る恐る後ろを振り向くと、望美が微笑みながら立っていた。その姿はまさにホラー。普通だろうが将臣にとっては今日ばかりは望美の存在がホラーだ。 「何処に行くのかな? 私も連れてってくれるよね? っていうか、食べてくれるまで何処まで追いかけるから」 「お前、なんで……!! さっきまで家にいたはずじゃ……!!」 「あぁ……コレのこと?」 望美の手に握られていたのは将臣が確かに譲につけた盗聴器だった。ついでに譲の屍が望美のすぐ後ろに放置されていた。どうやら先ほどのやりとりは移動しながらだったらしい。裏をかかれた自分にしまったと舌打をしたくなったが後の祭りだ。 「こういうのはもっと解りにくいように付けた方がいいよ」 ぐしゃりと握りつぶされた盗聴器をつけていたのは、譲の襟首だ。解りにくいと思っていたが、まだまだだったようだ。 「お前はスペシャリストか!! ってか、なんでお前がそれを……! どうやってここまできたんだよ!」 「知らないの? 将臣くん。今は携帯にはGPS機能がついてるんだよ。これだから素人は……」 やれやれと言った感じで望美は嘲笑すると、将臣の目の前に紙袋を突き出した。出されたものにうっと後ずさりをした将臣の目が泳ぎ始めた。 「さぁ、将臣くん! レッツイーティングタァーイム!!」 「いやだ! 」 「君に拒否権はないのだよ」 「ふざけるな! 人権侵害だ」 「将臣くんこそ私の心をズタボロにする気なら婦女暴行で訴えるよ」 「恐喝かよ!」 「さぁ、さぁ! さぁ!!」 ずいっと、突き出されても食べたくないものは食べたくない。 「そんなに食べたくないの?」 「あぁ、絶対にいやだ」 「そう、じゃあ仕方ないね……私からのバレンタイン、そんなに嫌ならしょうがないよね……私ってどこまでも嫌われてるんだ」 しゅんといきなりしおらしくなった望美は俯いてしまい、小さく残念だな〜という言葉と共に溜息をついた。 「あのなぁ、そうじゃねぇって……お前の手作りじゃなくて既製品なら喜んで食べてもいいぞ」 俯いてしまった幼馴染。なんだかんだ言って結局のところ可愛い将臣は望美に近付いてしまう。案の定、それが命取りになることに気づいたときはもう遅かった。 ダイナミックな右ストレートが将臣の顔面にお見舞いされて、耐え切れなかった将臣はそのままその場に倒れた。その上を馬乗りした望美は逃がすかと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるのだった。 「さぁ、将臣くんにはいっぱい出来た失敗作を全部食べてもらわなくっちゃ」 「成功すらしてないのかよ!!」 ってことは、多分弟たちに上げたものは成功品のクセにあんなことになったのだから、将臣が食べたらマジで昇天してしまう代物に違いない。 「うふふ、安心して。解毒剤はあるから」 「解毒剤準備するもんを食わすな!!」 「つべこべ言わずに食べなさい」 将臣の下顎を無理やりこじ開けて、望美は紙袋ごと押し込んだ。 意地でも食べるつもりの無い将臣はむせながらもその紙袋を吐き出した。 「お前は俺を窒息死させるつもりなのか!」 「違うって。やだなぁ、そんなことするわけ無いでしょう?(微笑)それより、せっかく私が食べさせてあげたのに吐き出すなんて酷いよ将臣くん」 「喰えるかよ、あんなもの!」 「紙袋しか味わってないじゃない」 「益々喰えねェだろうが!!」 仕方ないなぁわがままなんだから、と望美は渋々紙袋から土留色をしたチョコレート(らしきもの)を取り出すと、一掴みしてそれを将臣の口の中に押し込んだ。 「うぐぐぐぐぐっぐう!」 「あー!私の手までかまないでよ!くのっくの!!」 手を口から出すと噛まれた腹いせに望美は将臣の顎を無理やり動かして噛ませた。その際、将臣が舌を噛んだことに気づいたものの、微笑を浮かべただけでそのまま食べさせた。 みるみるうちに青くなった将臣の顔色を満足げに見た望美はふぅっと額の汗を拭うフリをして清々しい爽やかな笑顔を浮かべた。 「ふふ、そんな気を失うほどおいしいだなんて、望美照れちゃう。今年も私の勝ちだね、将臣くん」 「………………」 そして望美は立ち上がると、解毒剤を将臣の脇においてそのまま一仕事を終えた開放感に浸りながらその場を去った。やはり今年も勝てたことが何よりも嬉しいのだろう。 取り残された将臣と譲は、救急車で運ばれるまで死んだように動かなかったという。 こうして今年もまた望美の勝利という形でバレンタインは終った。 数日後、来年こそは絶対に負けるものかと将臣は病院のベッドの上で固く誓うのであった。 了 20060215 七夜月 |