らいばる 「ふぃ〜あっつーい。 将臣くん早く戻ってこないかな〜」 「…………」 「どこまで水汲みに行ったんだろうね〜、ここにも川はあるのに」 「…………」 「ちょっと、知盛聞いてるぅー?」 「………聞いている…だからその首元に当てている刀はしまえ」 言われて望美は「聞いてるなら返事しなさいよ」と舌打ちしながら刀をそのまま腰に納めた。 「クッ……神子殿はいい感じにクレイジーだな」 「わー、その言い方なんかムカつくんですけどー」 先輩、突っ込むところはそこじゃないです。 残念ながらそういって眼鏡を持ち上げる望美の弟分は現在いない。 再び笑顔で抜刀しようとした望美を片目を開けて見つめた知盛は大して面白くもなさそうに笑った。 「神子殿、そんなに暑いのか?」 「暑いよ〜っていうか、知盛はよくそんな格好で暑くないね。寝てるだけで暑くない? 幾ら木陰だからってさ」 望美はやってられないと言わんばかりに川沿いに座り込むと、水をバシャバシャと手で遊ぶ。気分だけでも涼しくなるという思考からの行動らしいが、知盛はそれを見て何か気付いたようだ。 「そうか、では……思うがまま涼んで来い」 ドボーン!! バックからの足蹴り一発で、望美の身体は無残にも川の中へと水飛沫を上げながら落ちた。川面から流されるほど深くも無いが、全身が濡れなくてすむほど浅くも無い。 尻餅をついた体勢のまま見事背中の真ん中まで浸かっている望美。知盛は愉快そうにククッ……と一人でウケている。 ぷっちーん。 望美の目が妖しく輝いた。 「涼しいか、神子殿……それは良かった」 「知盛君?」 「なんだ?」 「これがキミ流の涼しみ方かなあ?」 「手っ取り早く…冷えられる」 「そうかい……そうかい……ふふふふふ」 望美が口から妖しい笑い声が響き、森がさわさわと風音を響かせていたのが凪いだ。 「ふぅ、少し上流に行き過ぎたな……あいつら待ちくたびれてんだろうな」 手に持ったるは三本の竹筒。将臣はじゃんけんで負けて(知盛にじゃんけんを教えたのは望美だ)水を汲みに行かされていたのだが、ついおいしい湧き水があると通りがかりの旅人に教えられたので、上流近くまで行ってしまったのである。 特に望美はこの暑さで散々文句を言っているし、ただでさえ働かない知盛がいるのだから、将臣の苦労も増える一方だ。どうして俺がこんな目に……という考えはもう宇宙の彼方へ捨て置いた。無駄なことをうじうじと悩んでいても、相手が相手なだけに解決しないと悟ったせいもある。 将臣が気分よく戻ってくると、そこには抜刀して凄まじい形相で切り込んで行く望美とある種イっちゃってる感バリバリな知盛が剣を交じわせていた。 「はぁあああああ!」 「さすが…だな……良い動きをしている……ッ」 金属が触れ合う音が響いている。将臣は盛大に溜息をつくと、二人の傍まで寄って、持っていた竹筒で二人の頭部を遠慮無しに叩いた。 鈍い音に望美は「おおぅ……!」と言いながら剣を落としてしゃがみこんで頭を抱えているし、知盛は何故殴られたのか解らないと言った顔で将臣を見た。二人の頭には小さなたんこぶが出来ている。 「何してんだお前らは!」 「将臣くん酷い!」 「有川、何故止める」 「アホか! じゃれるのは結構だが、もっと安全な遊びをしろ!」 この性格破綻者どもがくっつくと、何をしだすのか気が気じゃない。 この地にはキュー○ーコーワも液○ャべもないんだから、考えて欲しいものである。 「へいへい」 「返事は"はい"だ」 「……まるで小姑だな」 望美を叱る将臣を見て、口許に手を当てた知盛が視線をずらす。 「そこ! 一人でウケるな!」 キリキリキリキリ……胃が酷く痛むのを涙を呑んで将臣は我慢した。 そんな将臣の隙を突いて、知盛は望美に向かって落とした剣を投げると再び目だけで勝負を挑んだ。対する望美も不敵に笑ってそれを受け入れる。 キーンキン!カキーン!………ゴッ! 将臣は今度は無言で二人の頭を鷲掴みにすると、思いっきりお互い同士にぶつけさせた。 二人の額からはシューッと煙が上がり、本当に痛かった当人たちは無言でおでこを手で覆った。 「やめろって言ったよな?」 『すいません』 「お前ら、ちょっとそこ座れ」 正座させられた二人はそれからきっかり十分将臣によりくどくどと説教を受けることになる。 「いつの間にそんなに仲良くなってんだよ」 ハァ……。 説教を終えた将臣から重い溜息が吐かれた。が、望美から見ればその言葉はいささか不満があったようだ。子供のように頬を膨らませて将臣に噛み付く。 「えー違うよ、私達はライバルなんだよ」 「そうだ」 「ライバル?」 「そう、どっちが将臣くんの愛を奪い取れるか、二人で決着つけなきゃいけないの」 「そうだ」 「真顔で気持ち悪い嘘ついてんじゃねぇよ。で、本当のところは?」 冷たく一瞥されて、望美と知盛は一緒になって舌打ちした。 「だってムカつくんだもん! 知盛私の事川に突き落としたんだよ!?」 「神子殿が涼みたいと仰るので、それに協力してやっただけだが?」 「だからって普通川に蹴落とす!?」 「あーもう、解った。ちょっと黙れお前ら」 またもギャンギャン始まりそうな二人の気配を察知して、将臣は間に割って入った。 せっかく止めたのにまた煩くなってはかなわない。 要するに、知盛が望美にちょっかいをかけて、それについて望美は不満があるらしい。 「知盛、とりあえずお前謝っとけ。幾ら俺達より能力が飛びぬけてて実はスキルオールパーフェクトで非常に庇い甲斐の無い神子だとしても、一応これでも女なんだからな。女の子を蹴落とすのはマズイだろ」 「将臣くん、その言い方いちいち引っかかるんですけど」 「面倒だな」 「しかもいつものったり喋るくせになんでこういうときに限ってハキハキと答えるのかな、知盛クン」 知盛に視線を向けると、返ってくるのは嘲笑。望美の怒りが爆発する前にと、将臣は知盛の頬を掴み、ねじり上げて無理やり笑顔を作った。 「ありひゃわ。にゃにをしゅる」 「望美、ほら、仲直りの握手だ。握手しろ」 「えーもう、しょうがないなぁ。知盛、お手」 「ほへはひふか?(俺は犬か?)」 間に火花が飛ぶような二人に、将臣は溜息すら出なかった。 間違いなく、こいつらはどっちもどっちである。 ある種、ライバルというのも間違っていない。 「さっさと仲直りしろよー。んでそれ飲んだら次のとこ行くぞ」 知盛から手を離して二人の頭を殴った竹筒を渡すと、二人はまたも奪い合うように二つの竹筒を取り合って、やれそっちのが多い気がするだの、やれそっちのが冷えてるだのでけんかし始めた。 「結局はお前ら、似たもの同士なんだよな……」 呆れた将臣の呟きは空に吸い込まれ二人には届かない。放っておいたら再び剣を抜きかねない二人の仲裁に入るため、痛む胃を押して将臣は立ち上がった。 将臣が胃痛から解放されるまで、まだ時間はかかりそうだ。 了 20060805 七夜月 |