I wont you 2




 今日は私の誕生日パーティーというものらしい。こちらの世界では生まれた日付に誕生を祝うのだそうだ。将臣殿が持って来た料理や飲み物で楽しい時間を過ごす。お開きとなったのは、将臣殿がこっそりと持ってきていたお酒を譲殿に飲ませ、譲殿が前後不覚になってしまってからだ。
「ホント弱いな譲……お前、そんなんで将来大丈夫かよ……」
「飲ませたの将臣くんでしょ……」
 呆れたように言う神子は、時計を見て呟く。つられて私も時計を見ると、まだ20時を回ったところだった。
「私もう少し敦盛さんの家に居るから、将臣くん譲くん連れて先に帰る?」
「そうだな、コイツが完全に潰れる前に家に連れて帰る。敦盛、わりぃ、玄関までちょっと手伝ってくんねぇ?」
 将臣殿に言われて、私は譲殿の反対側に回り、その肩を抱え上げた。
「お前って何気に力持ちだよな」
「そうだろうか? いや、しかしこの力は……」
「まぁ、男だし力持ちのが何かと得だろうからいいんじゃねぇ? さて、望美は向こうで片付けてるな」
 後ろを振り向いた将臣殿は神子がテーブルの上を片付けているのを見てニヤリと笑うと、私の耳元に口を近づける。
「さっきの話、教えてやるよ」
 さっきの話とは、と考えて、そういえば後で意味を教えてやると先ほど将臣殿が言っていたことを思い出して、私は頷いた。
「『I wont you』ってのは、直訳すると私は貴方が欲しいって意味だ」
「私は貴方が欲しい」
 反芻して、その意味を考える。なんだか恥ずかしくなってしまい、思わず顔を染めると、将臣殿はしてやったり、と呟いた。
「俺は別にあいつの保護者じゃねぇし、学生は学生らしいお付き合いをしなさいとか、そんなことは言わねぇ。けどさ、お前も男だ。色々と気遣ってやってくれよ?」
「む、無論だ……私は神子を大切にする。決して傷付けたりしない」
「その言葉を聞いて安心したぜ。でもなー、幾ら大切にしても、あいつ絶対飛び出していっちまうからな。お前も巻き添え食う覚悟はしといたほうがいいかもな」
 何の覚悟だろうか。私の表情を見た将臣殿はくくっと笑って「じゃあな」と譲殿を連れて出て行ってしまった。
「将臣くんは帰っちゃいました?」
「ああ、謎かけを残して帰ってしまった」
「謎かけ?」
 神子は私と共に何のことやらと首を捻ってくれる。だが、神子にも解らないとなると、やはり将臣殿に聞かねば答えは出ないような気がする。
「良くは解らなかったのだが……色々と。そういえば神子、先ほど将臣殿から先ほどの言葉の意味を聞いたのだが……」
「先ほどの……あっ、えっ! 聞いちゃったんですか!?」
 何故か焦ったように私を見る神子は、そわそわとしていて落ち着きがない。心なしか顔が赤く見える。やはり風邪だろうか……。
「具体的に、私は神子に何をしたらいいだろうか? 私の何かを求めているというのは理解できたが、具体的にはどうしたら……」
「具体的に!? そ、そんなの言わせないでください!!」
「? それは……その、何か私は神子の気に触るようなことを」
「言ってないですけど! でもそういうのは……その、女の子から言うのは変でしょう? って言うか、私さっき『なぁんちゃって』って言ったじゃないですか! 冗談なんですから忘れてくださいよ、もう! 恥ずかしいなぁ」
 確かに将臣殿の声に被って神子がそういっていたのは聞いていたが、どうもそれだけで済ましてはいけないような気がして話題を出したのだが、神子にとってはあまり喜ばしい話題ではなかったようだ。先ほど将臣殿に神子を傷付けないと言ったばかりなのにこの様子では先が思いやられてしまう気がして、私は息をついた。
「敦盛さん……そんな落ち込まなくても」
「すまない、神子の気に」
「だから、そうじゃなくてですね。ああ、もう……やっぱ私からじゃなきゃダメ?」
 神子は額を押さえると、ぶつぶつと独り言を述べて、よしっと拳を握る。何か決めたらしく、私をジッと見据えると、肩をグッとつかまれた。
「敦盛さん、正直に言ってください。私も正直に言いますから。実は、誕生日プレゼント、やっぱり何にするか迷って決められませんでした、ごめんなさい」
「ああ、そんなこと……私は全然構わない」
「そこで、私考えたんです。私しかプレゼント出来ないモノが一つあるんです、で、敦盛さんは私の事が好きですか?」
 一瞬、全く話の繋がりがなくて言葉に詰まった。だが、正直に答えて欲しいといわれている手前、それに対して何か言うような場合では無いような気がして、咄嗟に首を縦に振ることしか出来なかった。
 なんて情けがないんだろう、自分というモノは。何かの本で女性が不安がらないようにするには気持ちを言葉に表す必要があると書いてあったのに。
 けれども、そんな私の態度でも神子は安心したのか、微笑んだ。
「目を瞑って貰えますか? 良いって言うまで絶対開けちゃダメですよ、驚いたりとかしても開けちゃダメですからね」
 言われたとおりに目を瞑る。すると、神子の吐息を顔の間近で感じた。ゆっくりと近付く気配を何となく感じながら、私は神子からの合図をずっと待っていた。
 唇に触れた、柔らかいもの。驚いても目を開けたらダメといわれている、だがその感触があまりに体感したことがなくて、目を開けそうになる自分を何度叱咤したことか。
 暫くして、その感触は離れていった。
「はい、いいですよ」
 その言葉に従い目を開けると、何故か耳まで真っ赤になっている神子が居て、私はふと、今自分の唇に触れていたものの正体に気付いてしまった。
「神子、今のはもしや……」
「ああああ、今は言わないでください! 自分でも慎みのない女だっていうのは十分承知ですから! でも私から贈れるものなんてコレくらいしかないし、気に入らなかったら捨てる手間もなくて丁度いっかとかそんな感じで……」
 捨てるなんてとんでもない。神子の気持ちを捨てるなんて事は今の私には絶対にありえない。断言できる。けれど、確かめるための言葉を封じられてしまった。神子が嫌がることはしたくは無いと思っていたが、今なら他の方法で確かめても傷付けなくて済むだろうか。
「では、神子。今のことが私の考えているものとあっているか。確かめさせて欲しい。今度は私から貴方に」
 私の言葉に驚いたのだろうが、神子は照れて頷く。
 愛おしい私の神子。目を瞑った神子の顎をそっと持ち上げ、私は神子の唇に自分の唇を落とした。
 先ほどと同じ感触が唇に触れる。すぐに離れると神子がやはり照れたように笑って、私もつられて照れ笑いを浮かべてしまった。
「想像通りでした?」
「ああ、思っていた通りだ」
 まるで猫が悪戯をした後のように、神子は舌を出す。
「敦盛さん、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、神子」
 神子の満足そうな笑顔を見ることが出来て、私も十分満足だ。誕生日だなんて変わった祭事だと思ったが、年に一度のこんな日も悪くない。そう思えて、私は神子と共に笑いあった。


 了


   20060529  七夜月

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