減量作戦



「ひやぁああああ!」
 何故人間は幸せ太りをしてしまうのだろうか。
 望美は真っ青になりながら、鏡の前で両頬を覆う。
 ここのところ、食欲旺盛でいっぱい食べていたけれど、弁慶がにこにこそれを見守るものだから調子に乗って食べ過ぎてしまっていた。
 女の子としての自覚が薄らいでいる。
 前よりもなんだかふっくらしたねぇというご近所のおばさまのオブラートに包んだ警告を、無視することなど出来ようか。いや、出来ない(反語)事実、言われて鏡を見てみれば、この頬が以前よりも丸い気がする。
 くぅうううう、自分のお馬鹿め! こんなことではスパイラルポニーテールから「お前最近太ったな、(色んな所が)たるんでるんじゃないのか?」と直球勝負を受けかねないではないか(?)それでお腹を見られた日には、ショックで過食症になってしまう。延々と繰り返される悪循環にいずれ望美の身体は某ゴム人間よりも膨らんでしまうだろう。
 なにやら意味不明なこと(別名、失礼なこと)を脳内で構築した望美は、顔を叩いて立ち上がった。
「こうなったら、ダイエット作戦決行よ!」
 握りこぶしに誓うは結婚以前のスリムボディ。在りし日の自分の姿を思い起こして、こうして望美の減量生活の日々が始まった。

 まず、減量作戦その一。毎度の食事の量を減らすこと。
「あれ、望美さん君の食事の量、少なくありませんか?」
「気のせいですよ、いつもこのくらいです」
「前は大盛り食べてませんでした?」
「やだー、気のせいですよ」
 てへっと語尾に星マークでもつきそうなほど、茶目っ気たっぷりで答えた望美に、弁慶は違和感を覚えるが、深く追求はしなかった。
「じゃあ、僕の分を分けましょう」
「えっ、いりません! 大丈夫です! 勘弁してください!!」
 思いっきり自分の茶碗を抱えこんで、今にも自分の皿から分けてしまいそうな弁慶に警戒態勢に入る。
「望美さん?」
「あのあの、わたしこれ食べたらやることいっぱいなので、弁慶さんはゆっくり食べてくださいね。ああーーー大変寝具の用意をしなくっちゃー!!」
 ご飯を口にかけこんだ望美はロクに噛みもしないで喉を通過させた。正直相当苦しいが、ダイエットのためならなんのその。
「ごちそうさまでしたー!」
 元気良くご馳走様を叫んだ望美は、自分が食べ終わったものの食器を片手に、これ以上何かを悟られる前にと土間へと駆け込んだ。

 減量作戦その二。健康的に運動を行うこと。
 太ったときはこれが一番。望美は翌日、早速朔の家まで遊び…もとい、頼まれていた薬を届けに行こうと外へ出た。
 しかし。
 ザーーーーーーーーー。
「雨!? 決意した途端これなの!?」
 ドシャ降りと形容するのが正しい雨の降り方に、望美は頭を抱えた。
 だが、一度決意したのだから、何が何でも行ってやる。
 こうなったら意地だとばかりに、雨傘をさした(自分で作った物)望美は濡れないようにと裾を幾分か上げて布を纏い駆け出した。
 が、それでも防げる時間など短く、水を吸い上げて重くなった着物を着るのは非常に体力の要るもので、確かにとても運動になった。代償は大きかったが。
 ようやくの思いをして望美が朔の元へと辿り着くと、外はドシャ降り通り越して滝だった。
 それを形容する朔の第一声が。
「望美!? あなた、新手の修行なの!?」
 からも察するに至ると思う。
「と、とにかく風邪を引く前に上がってちょうだい。温かいものを用意するわ。ちょうど良い茶菓子も入ったところなの」
 茶菓子という単語に望美の心がぐらぁっと傾く。だが、負けてはいけない。
 減量作戦その三。甘い誘惑は避けるべし。
「あ、ありがとう朔……ものすっごく魅力的な提案ではあるけれど、遠慮しておくわ……今日は弁慶さん帰宅早いから。それよりもこれ……」
 元々用があったのは、景時から頼まれていた薬を渡すことだった。ついでに朔と話も出来ればと思っていたが、ここまで濡れてしまったら上がるのも忍びない。
 甘い誘惑に唇を噛み締めつつも、望美は「それじゃ!」と顔を覆いながらも再び走り出した。捨て台詞に「こんなわたしを見ないで!」とも付け加える。
 ちなみに、自作の傘は突風に煽られていとも簡単に骨の部分が折れて紙は破けたので使用不可能だ。
「…………とても心配だわ」
 今度は何を始めたのか解らない対である少女を思って、朔は深い溜息をつくのだった。

 望美がただいまー!と帰ると、なんと弁慶が先に帰ってきていた。
 ちなみに、水を吸いに吸いまくった望美の着物は変色し、絞れるほどだった。重量については濡れる以前に比べて2〜3倍は付加されたであろう。
 そんな悲惨な状況の奥様を見て思わず顔色を変えてしまう、結婚してからの弁慶はポーカーフェイスが出来なくなっていた。
「望美さん……? 一体君はこの雨の中どこで何して遊んできたんですか?」
 笑顔が怖いです、旦那様。
 遊んでいたとは心外だと思いつつも、それよりも身体が重くてしょうがない。早く着替えたくて、望美は誤魔化すように笑った。
「ちょっと薬を届けに……」
「そんなことのために君が風邪引いたら意味がないんですよ。説教はあとです、それより早く君はその濡れた服を脱いで温まってきてください。ちょうど、お湯をはったところです。想像以上とは言え、濡れて帰ってくるだろうということは解っていたので、先に沸かしておきました」
「えーっと、すいません」
 言われたとおりに(というよりも言われたとおりにしないとまた別の叱責が飛びかねない弁慶の眉間の皺に押されて)望美は湯殿へと行く。ちなみに、そのままの格好で行くと家の中が濡れてしまうので、必要最低限は脱いで身体を拭き、色んな意味でギリギリの姿で湯殿へ向かったことに対して、また一本弁慶のこめかみの皺が増えたことは気にしない。
 じっくりすっかり何も考えずに温まったところで出て行くと、もう寝所の用意が出来ていた。だが、おかしい。いつもなら隣同士にくっつけあう布団が、ちょっと離れている。間には水の入った桶と手ぬぐいがあった。
「あれ? どうしたんですか、これ」
 もしかしてバカなことして呆れられちゃったのかな?と一瞬暗い表情をした望美ではあるが、真ん中の桶が気になる。
「うかつでした。君に湯殿を勧めたのは僕ですが、少し気付くのが遅かったです。早く横になってください」
「うへっ?」
 いきなり抱き上げられた望美はあまりの事に硬直してしまった。ちょっと待って、いつものこの展開はちょっと全年齢対象としては非常にマズいもので、そんなまだ夜は長いですし、今からだなんて……。
 って、そうじゃなくて!!
「何を期待してるんですか。確かに君の真珠のように輝く肢体に愛撫して嫌がる声音を耳にして可愛がるのもまたいいですけど」
「わーわーわーわーーーーーーー! ちょっと、表現直接的過ぎやしませんか、旦那様!!」
 なんかこう、勝ち誇った顔で笑われて、思考が読まれたのかと望美は赤面した。
「今夜はやめておきます。熱ですよ、君は風邪を引いているんです」
 弁慶に言われて、望美はえぇ?と思ったが、確かに身体が重いし言うこと聞かないし吐き気はするし頭痛もするしで風邪である以外に理由が浮かばないけれど。まかりなりにも薬師の言うことだ、大人しくそれに従って布団へと入った。
「ちゃんと食べて早く元気になってください」
「どうして気付いたんですか?」
「薬師ですから。それに、君が脱いでいった衣、濡れて時間が経っているにも関わらず、少し温かかったんです」
 なるほど、熱が篭るほど望美の身体が熱くなっていたということか。
「ごめんなさい、無茶しました」
 素直に謝った望美に、弁慶の溜飲が少し下がったらしく、意地悪モードでなくいつものように微笑んでくれる。
「どうしてこんな無茶を? 朔殿のところならわざわざ今日でなくても」
「運動したかったんです。最近太ったってみんなから言われてダイエット……ええと、減量しようと思って」
「別に太ってませんよ、君は以前と変わらずに可愛らしいですし、夜も―」
 弁慶の賛辞は嬉しいが、それで甘やかされたら益々おデブになってしまう。それは駄目だ、ここで流されてはいけない。
 というか、夜は―の続きを聞くのが怖くて望美は咳払いしながら慌てて口を挟んだ。
「もう、そういうこと言うから信じられないんですってば」
「本当に太ったわけじゃないと思いますよ、確かに丸みは帯びてきてますけど、それも当然の事です」
「え?」
「君は妊娠してますから」
「ハッ!?」
 いきなり告げられた爆弾発言に、しばし望美は思考停止する。
 妊娠、赤ちゃんが出来たこと、望美の体内では今別の命が育まれているということ。
「妊娠!!??」
「はい、気付いてなかったんですか?」
「ってゆーか、どうして弁慶さんは気付けたんですか!」
「薬師ですから」
 それたぶん関係ないです。
 望美は冷静にツッコミつつも、弁慶から伝えられた事実に混乱していたが、ゆるゆると最近の自分の奇行に思い当たりが生まれてきて、顔を赤らめた。ということはこのだるい感じとか吐き気とか一見すれば風邪となんら変わらない症状も妊娠の兆候ということに……あれ? でも今現在自分が風邪であることに変わりなく、っていうかこの症状そういえば結構前からあったような、食欲旺盛になったのもこの一ヶ月辺りなわけで……。
 望美は気付いた。そういえば、と思い出せばキリがない。
「気付いてたならもっと早く教えてください!」
「君はもうとっくに気付いてたと思っていたんですが」
 そんなわけないじゃないですかっ! 初めてなのに、知るわけないでしょう!
 散々喚きつつも、望美も実感してしまえば喜びに胸打ち震える。どうしよう、と自分の両手を見つめていると、その手をとった弁慶が望美の顔を覗きこんだ。
「元気な子を産んでくださいね」
 額に口付けられて、赤みを帯びている望美の頬が更に赤く染まる。
「今日明日生まれるわけじゃありません! それより、どうして今日布団離してるんですか?」
「ああ、それは僕が一晩中看病するからですよ。隙間があったほうがいいかなと思って」
「それこそ無茶です! 薬師なんだからちゃんと体調管理してくださいね。というわけで、布団くっつけて寝てください」
「?」
「いつもと同じように傍で眠ってくれればそれで満足です。わたし元気になれます……弁慶さんが風邪引いちゃうかもしれないけど」
 もぞもぞと言ってるのが恥ずかしくて布団の中へと望美はもぐりこむ。弁慶は可愛らしいその頼みごとに思わず含み笑いをしてしまった。
「……ふふっ、言ってること矛盾してますよ?」
「風邪のせいです、甘えたがりになってるみたい。やっぱり布団そのままでいいですよ」
「いいえ、君が甘えるなんて珍しいですから。僕としてはもっと甘えてほしいんですけどね……今日は君の言うことを聞きます。風邪の君に無理させるわけにはいきませんからね」
 どういう意味ですか、それは。
 と、問いたい気持ちは多くあった。多くあったけども、いかんせん思考がおかしくなっている。普通に心配してくれたんだと無理やり納得して(実際の彼を知るものならばその確率が非常に低いことも勿論知ってはいたけれど)、望美は布団から右手を差し出した。
 そうして弁慶は間にあった桶をどかすと、いつものように布団を隣り合わせにした。布団から出されている望美の手を取り、弁慶は柔らかい微笑みを浮かべた。
「今晩はずっと手を握ってますから」
「……はい、ありがとうございます」
 嬉しそうに笑った望美は、弁慶と繋いだ右手をギュッと強く握り返した。
 なぁんだ、太ってたわけじゃなかったんだ。なんて安堵しながら、望美は眠る。
 野原で駆け回る子供と、それを見つめている弁慶と望美。平和で何一つ曇りの無い未来。
 夢に見た光景が近い将来、現実になることを願いながら、初めて母となった少女は眩しい笑顔を浮かべる。

 こうして望美のダイエット作戦は無期限休止となった。





 あーあーあーあ! これでフリー!? ギャグとか入っちゃってるとはいえ、結構ギッリギリ発言が多いですよ!
 黒弁慶さんですみません。なんならエロでもコメントには沿えているような(ォィ)
 とりあえず土下座します。すいません。
 こんなのでよければお持ち帰りくださいませ。ハッ、散々言ってますが、全年齢対象ですから!!(…)
 --追記--
 痛恨のミス発覚!!この小説の題名を思いっきり間違えてました!!何やってんの私ーーー!!!!すみません、もしもお持ち頂いた方いらっしゃいましたら、手直しお願いいたしますすいません;今のが正しい題名ですので!

   20060927  七夜月

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