Trick or Treat !!




「つまり、お菓子をあげれば、いたずらされないってことだよね?」
「そうです、いたずらされたくなかったら、お菓子ください」
 茶目っ気たっぷりではなく、いたって大真面目に望美はそういった。
 とはいえ、目の前にいる少女の言葉に、景時は閉口してしまう。
 少女の顔はいつもの見慣れた笑顔でなくて、白い紙に眼の部分と口と鼻の部分だけ穴が開いている面のようなものをつけているのだ。
「望美ちゃん、その前に一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「それ、作ったの?」
 景時が指差したのは言うまでも無い、望美がつけている面である。どういう仕組みで留まっているのか、少女に聞いてみたい気持ちがうずうずしているがそれを聞いたら最後な気もして複雑である。
「そうですよ、この時代にゴムはないわ破けそうになるわ大変だったんですから! 本当は譲くんにお願いしてかぼちゃをくりぬいて ジャック オ ランタン 作ろうと思ったのに、この時代にはかぼちゃが無いから無理だって言われちゃうし……」
 それは確かに無いものをねだってもしようがないし、結局昨日の今日という話では無理だったろう。景時は密かに譲に同情した。
「ま、まぁ……譲くんだってきっと、作れなくて残念がってるんじゃないかな〜」
「そうだといいんですけどね。それで、お菓子をくれるんですか? くれないんですか? ちなみに、くれない場合のいたずらは筆で景時さんのお腹に『俺はいたいけな少女の心を傷つけた不届き者です。殴ってください、それが俺のエクスタシー』って書きますよ。もしくはほっぺたにぐるぐるを二つ書いて寝ている間に眼も書いて人口まつげ生やして額に肉って書いてそれから(中略)あ、すぐに落ちるからとか安心しちゃダメです。五行の力で特殊加工して油性マジック並みに消えないようにしますから」
 五行の力の使い方を明らかに間違えている神子である。
 油性マジックというものが何かは解らないが、とにかく落ちなくなるらしい。景時の顔色が話を聞くうちに蒼くなっていった。
「で、お菓子は?」
 望美が再び問い掛けると
「これでいいかな?」
 景時は後ろに隠し持っていた蜜柑を望美に手渡すと、望美は満足したようで。
「ハッピィーハロウィン!」
 と叫びながら出て行った。
「向こうの世界の人の風習ってすごく謎だなぁ〜」
 正しい意味を理解していない景時にはさっぱり意味不明な年中行事だった。
 ただとりあえず解ったのは、妹から言われたとおりお菓子を用意していれば、災難から逃れられたということだ。
 妹の心遣いに心から感謝しつつ、景時は安堵の溜息を漏らした。
 

「九郎さん、弁慶さん、待ってください」
「……弁慶、何も見るな前だけ進め俺たちは呼ばれてもいなければ何も聞いていない」
「一息で言いましたね」
 見回りで外から帰ってきた九郎と弁慶はその異様な面をつけている少女に見咎められて、立ち止まりかけた。だが、九郎はその少女がなにやら不穏なものを持ち込みそうな気がして前だけ進めという割には後ずさりしている。
「それで望美さん、その格好は?」
「トリック オア トリート! お菓子をくれなきゃいたずらします!」
「………………?」
「わたしたちの世界の風習です。お化けの格好した子供達が近所の家に行って『トリック オア トリート』って言ってお菓子を貰うかいたずらをするんです。由来については長いので割愛しますがどうしても知りたかったら後で譲くんに聞けば教えてくれると思いますよ、で、結論はお菓子を与える行事なんです」
 正しくは大きな違いがあるのだが、望美はそう言い切った。たとえそれが嘘だと見抜かれても、確かめる術は無いのだ。
「なるほど……九郎、何か持ってますか?」
「そうはいわれてもな、いきなりすぎないか?」
 九郎が考えあぐねていると、望美がそこですかさず釘を刺す。
「九郎さん、翌朝めっちゃストレートヘアーになっててあの大将ご乱心だつぅかポニテってなんかキモーイとか言われても知りませんよ? ううん、それだけじゃない。下手したら眉毛が我○院達也になってたり、公爵ヒゲが筆で描かれてたり、着るものすべてピンクになってたりしちゃうかも。わぁ、怖い」
 怖いのはそれを真顔で言い切るお前だ!
 九郎はザッと青ざめて慌てて懐を探った。そういえば、先ほど京の市にて柿を見つけたので買ったのだ。後で皆にもわけるつもりではあったが、ここで我を張り何も持っていないとなったら前述の報復を全てこなされる恐れがある。真顔の時の望美は絶対に嘘をつかない。ということは、言い切ったからには確実にそれを遂行する努力は惜しまないだろうし、遂行するだろう。他者の迷惑顧みず、だ。
「ほら、それでいいだろう?」
 ひょいっと投げられた柿をキャッチした望美はそれがどうやらお気に召したようだ。
「確かにちょうだいしました。ありがとう、九郎さん。ハッピィーハロウィン! でも渋柿だったら後で覚えておいてくださいね」
 きっちりと九郎には魔の宣告を告げておく。大の大人であるにせよ、九郎がビクッと肩を揺らしたのは仕方ないことである。
 ちなみに、さっきから望美はこういっているが、違っていたりする。本来ハロウィンのお菓子をあげる側がハッピーハロウィンというのだが、当然ながらそれらを知らない連中である。
「では、僕からも……と、言いたいところですが、残念ながら今は何も無いんですよね。今すぐじゃなくてもいいですか?」
 その言葉を聞いた望美の顔に何故か輝きが灯る。
「ダメです、今です。何も持ってないんだったら、大人しくいたずらされてください」
「それは困ったな、君のいたずらがどんなものなのかは解らないけれど、お手柔らかにして頂けるとありがたいですね」
 ふぅっと、苦笑が弁慶の口から漏れる。
「べ、弁慶……俺は先に行ってるぞ!」
 巻き込まれるの恐れてか、旧知の友を置き去りにして足早に去って行った九郎を望美はじーっと眺めていた。
 弁慶はゆっくりとした動作で九郎の後を追うように歩き出し、望美はその隣に立って一緒に歩き始めた。
「それで、僕はどんな罰を受ければいいのかな?」
「罰? どんないたずらがいいですか?」
「そうですね、あまり痛くないものかな」
 あまりに慌てていたせいか、前を競歩の如く歩いていた九郎が石に躓いてこけかけている。
 あぁ…馬鹿ですねぇ。あれが本当に源氏を率いる総大将なのかと時折疑わしくなりますよ、まったく。と心で失礼なことを考えている弁慶の外套を望美が突如強い力で引っ張った。
 そう来るとは思っていなかった弁慶は必然的に、横へとバランスを崩す。
 ちゅっ。
 口唇に限りなく近い頬に何かが当たった。それが望美の口唇だと解るまでに数秒弁慶は何度も瞬きを繰り返した。
 罰の話をしていたのに、一体何故? と良く解らない弁慶が言葉を発する前に、望美が言った。
「言ったはずですよ、いたずらだって。これは罰じゃなくて、いたずら」
「え?」
「ふふっ、弁慶さんのそんな間の抜けた顔、初めて見た。いたずら成功ですね」
「望美さん?」
「ハッピィーハロウィン! 今度は何か、くださいね!」
 たたっと駆け出した望美は九郎の行く先とは真逆。つまり来た道を戻っていった。望美の声が聞こえて振り返った九郎が少し遠目から声をかける。
「おい、弁慶どうした? いたずらされたのか?」
「…………そうらしいです」
「そうらしいって、じゃあお前、何で赤くなってる?」
「夕日ですよ。もうじき日が暮れる。君の顔も真っ赤ですよ」
「そうか、そうだな。ま、なんにせよ。怖いいたずらじゃなくて良かったな」
 ははは、と笑っている九郎、だが弁慶はそれに相槌を打たなかった。
 ――― 怖くないいたずら? とんでもない。
 口許を押さえて引き締めた弁慶は、九郎から隠すように外套を深く被りなおした。
 ―――……怖いくらいに魅惑的な悪戯ですよ。
 胸中で呟いたため、九郎の勘違いは決して晴れる事は無かったが、弁慶はそれを訂正するつもりは決してなかった。

 そして弁慶も知らなかった事実が一つ。反対方向へと走っていった望美が面を取った時に、夕日とは別に顔を真っ赤にしていたということを。


 了



  20061029  七夜月

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