紫陽花の残夢で逢いましょう おや、また雨が降り出しましたね。 今日は薬草を摘みに行くつもりでしたが……これではいけそうにありません。 ああ、心配させてしまいましたか?大丈夫ですよ、急ぐほどではないですし、まだ薬も残っていますから。 ……心配事はそれだけではないようですね。 どうしました? あまり元気が無いように見えますよ。 君はどんな表情も一つ一つが魅力的ですが、憂い顔よりはどうしても笑顔が恋しくなってしまいます。 一つ、君にお話しましょうか。 はい、少しでも君が明るい表情になってくればいいんですが。 僕が知っている、唯一絵巻ではない恋語りです。 以前、恋物語が好きだと言ってましたよね。 君のお気に召すかどうか解りませんが……ええ、聞いてくれると嬉しいです。 あるところに美しい紫紺の紫陽花が咲いていました。 その紫陽花は特別な紫陽花で、花が咲き始めてから散るまではたった七日間しかありません。 そしてその紫陽花は太陽がとても苦手でした。 その紫陽花が花開くのは太陽が雲に隠れ、雨が降り続いている時だけ。 それ以外のときに花弁を開くと、たちまちその熱で萎んで枯れてしまうのです。 太陽も紫陽花の花も、本当のお互いの姿を見たことがないのでした。 ところがある時、一輪の紫陽花が初めて咲いた瞬間に、雲の切れ間から微かに覗く太陽を見てしまいました。そう、その日は丁度天気雨だったんです。 勘違いして咲いてしまった紫陽花は、太陽の光に慌てて花を閉じました。 ですが、初めて見たあまりに強く解き放つ太陽の光に驚き、また忘れられなくなってしまったのです。 紫陽花は困りました。太陽の光に当たれば自分は枯れてしまう。 けれども、あの光に包まれてもう一度だけ日の下で咲いてみたい。 紫陽花は一刻一刻と、焦がれ続けました。 しかし、そんな紫陽花を嘲笑うかのように、雨の日が何日も続きました。 一日、二日、三日……花びらを広げて紫陽花は待ち続けました。 ただひたすら、太陽が出る日を。 そして、再び太陽が顔を出したのは、六日目の朝の事でした。 紫陽花は朝日ですら眩すぎて、思わず花弁を閉じてしまいました。 花びらを開き続けられないほどの神々しさ、そして、己の身に感じた焼き尽くされるような熱。 紫陽花の花はじりじりと焼けていました。 それでも、ただもう一度逢いたいと願い続けて、紫陽花は最後の力を振り絞って花弁を開きました。 するとどうでしょう。世界が様々な光で輝いているではありませんか。 紫陽花自身の葉についた水滴ですら、キラキラと太陽の光を受けてたくさんの色で彩られて輝いていました。 紫陽花は完全に花びらを開ききりました。己を焦がしてゆく熱が身を蝕むとしても、それでも構わないとただ一生懸命に花びらを咲かせました。 紫陽花は光に包まれて知りました。 この光溢れる世界のもの全てが、太陽に焦がれている事に。 太陽を求めてその身をどこまでも気高く、そして優しく大地に根付いているのです。 世界の全てが太陽に恋をしていました。 太陽だけを見つめていたのです。 そして紫陽花は知りました。太陽にとっては、自分は見向きもされないたった一輪の何処にでもある花。 太陽の目に触れることなど最初から叶わなかったのです。 けれども、紫陽花は諦められませんでした。熱で萎み朽ち果てていく己すらも省みず、紫陽花は太陽の下で咲き続けました。 それこそが、紫陽花の望んだ最初で最後の想いだったのですから。 昼が過ぎ、夕刻になり、夕日となった太陽は、静かに沈んでいきました。 そして夜となり、また降り出した雨。 紫陽花の仲間たちが次々と顔を出し始め、皆一様に驚きました。 誰より美しい色をしていた自分たちの仲間の一輪が、茶色く変色し、ハラハラと花びらが地面に向かって舞っていたからです。 その紫陽花の命は尽きていました。 太陽に身を焦がし、己の望むがまま生きた紫陽花。 満足そうに満開に開いたまま、花びらだけが散り続けます。 雨が一滴ぶつかるたびに落ちる花びら。 とうとう最後には、太陽に焦がれた紫陽花の花びらは全て地面へと落ちてしまいました。 仲間は酷く悲しみました。あと一日残っていたはずの命を、この紫陽花は太陽に焦がれたために六日で使い切ってしまったのですから。 そして翌朝となり、快晴の中紫陽花の命は一輪…また一輪と息絶えていきました。 ただし、太陽を見ることが無かった他の紫陽花たちは綺麗な青色の花びらのまま地面に向かって落ちていきます。 水溜りの上に浮いていた茶色い花びらはたった一輪の紫陽花の花。 太陽に恋をしたという証の茶色い花びら。紫陽花の面影なんてものは何一つとして残っていないのに、それでも水滴がついているこの花びらはキラキラと光り続けて美しい色をしています。 水溜りの上に浮いていたその紫陽花の花が、風に吹かれて一箇所に集まりました。 まるで、太陽の祝福を受けて、その紫陽花は紫陽花であったころのように、静かに紫陽花を象ったのです。 紫陽花は残夢となり、ようやくその身を焦がすことなく太陽に会えたのでした。 ふふっ、どうでしたか? 退屈していなければいいのですが……。 ええと、これを知ったのはいつかと聞かれても、覚えていないんですよ。すみません。 この話は二人だけの内緒です、誰も知らないお話ですから。 ええ、勿論九郎にもね。 君が初めてですよ、この話をしたのは。 僕だけが知っている話ですから、他の人に聞いても解らないと思いますよ。 こういう類の話はヒノエのほうが事欠かないんですが、でも君が楽しんでくれたのなら良かったです。 え? 可哀想……ですか? そうなんでしょうか? 紫陽花は死してようやく、苦しまずに太陽に会えたんです。 そういう運命ならば、僕はこれでいいと思ってるんですよ。 紫陽花は太陽に恋をすることで、夢を見ることを知った。 その身を焦がしてもいいほど、太陽を愛することを知りました。 そんな思いに捕らわれるほど誰かを愛するなんて、なかなか無いですから。 紫陽花は幸福だったんですよ。 死してようやく、その身に幸せを手に入れることが出来たんです。 紫陽花はきっと、後悔なんてしなかったと思います。 自分の最後の思いを貫き通すことが出来て、それで朽ち果てられたのですから。 ……ああ、良かった。どうやら通り雨だったようですね。 晴れ間が覗いています。これなら薬草を摘みにいけそうだ。 さて、お喋りはこれくらいにしましょうか。 僕は少しでかけてきますよ。 君もこの後は九郎や先生と共に稽古でしたね。頑張るのもいいですが、程ほどにしてください。 薬を摘みに行った直後にまた摘みに行くことのないようにね。 ふふっ、冗談ですよ。 それでは行ってきます。 了 以下、解説です(反転してあります) 何気に授業で使った象徴と言う技巧を用いて今回は頑張りました。 説明したら象徴にならないんですが、は?どこが?とか思われても癪なので(笑) もしもこれから説明する内容に、私解ってた!って思ってくださった方がいたら、象徴として成功です。 紫陽花の話は弁慶さんの作り話です。 これはこの後の自分の行く末を予兆した話になってます。もちろん、完全に解っているわけではなく、 多分自分は死ぬだろうな、ということを前提として話をしています。 太陽=望美ちゃん。紫陽花=弁慶さん。 望美ちゃんは明るすぎる存在で、八葉、はたまた源氏にとっては何より気高き存在です。 みんなの望美ちゃんであって、誰かひとりのものであってはならない。 惑わす存在になってはならない。 思いを自ら封印する形で、紫陽花=弁慶さんは散っていくわけです。 強いて言うならこれ弁慶さんルートの一週目だとでも思ってくれば解るかな……。 望みと引き換えに、自らが朽ちることを拒否しないヒトですからねぇ。 そして全体的に見るとするなら、 秘めた思いをこういった形で吐露することで、自分の思いに決着というかケリをつけたかったんですよ。 改めて自分で口に出すことによって、それが報われる想いではないと言うことに。 いずれ死ぬのだから、報われてはいけないという想いがあったんだと思います(捏造) ついでに、後半の弁慶さん語りで結構↑の象徴がわかるようにしたつもりなんですが、無理だったかな! 行って来ます=決別の意味合いなんですが、これも象徴の一種として用いたつもりだったんです。読み取って頂けなければ意味無いですけど; ちなみにBGM(イメージソング)は紫陽花ではなくて、片霧烈火さんのwhy, or why not です(爆) 更にちなみに。紫陽花の花言葉は「移り気」が主流(笑)ですが「辛抱強い愛」とか「謙虚」とか「元気な女性」という意味もあるらしいですよ。今回は移り気じゃないですね〜アハハ☆ 参考文献 http://www.hana300.com/ajisai.html 20070719 七夜月 |