紅蓮 ―― 危険を告げる声が聞えたその後、剣が目前に現れた人間のその身を貫いた。 薙刀一振りで自分は幾らでも人を傷つけることが出来る。 外套で身を隠して、その身に降りかかる紅を避けることが出来たとしても、心の中に広がっていく罪という闇はどこまでも続いていく。 恐れをなすことはない、闇が人を取り囲むことは仕方のないことなのだ。誰しもその闇を抱えているのだから。 ゆえに弁慶は、自分がこの薙刀を振るうことを疑問に思うことはなかった。得物は違えど、皆何かしら自分を守るチカラを持つ。 罪を罪だと認めずに、薄汚れていく自分の姿はいつか紅よりも赤い深紅に染まるのだろうとおぼろげに感じながら戦ってきた。仕方がないと諦めることが何よりの罪だということを、教えられるまでは。 ――紅に染まった華奢な身体は己の腕にかき抱かれて色を失っていく。 それが常識の自分にとって、異端者とも呼べる存在二人に、出会った。一人は自分がどこまでもついていこうと心に決めた、源九郎義経。 彼は光だった。 自分を照らす光ではない、自分の闇を深くする太陽の光。恨んでいるという意味ではなく、彼の存在は自分に生き方を指し示してくれた。彼と同じように生きることは無理だと、傍に居れば居るほど感じて、自分に出来ないことを彼に託してしまいたいと考えている自分がいた。彼と同じときを歩んだことを後悔はしていない。紅い飛沫を拭うことも洗うこともせずに染みるままが自分には似合いの、生きる道だと納得できた。尊敬と感謝もしている。 ――記憶がなかった。気づけば周囲の生気は一切消えうせて代わりに増えていたのは、赤旗を手にした幾重もの物言わぬ躯。 そして、もう一人は白龍の神子、春日望美。 彼女も光だった。 九郎と違うところは、彼女の光は強い閃光ではなくて、淡い月明かりのような光だったこと。影に溶け込むように、それでも迷うことのないように道しるべとしていつでも光り続けている。諦めるという言葉が常に取り巻いているこんな自分に、諦めないでと囁くように自然に近くに居てくれる存在。 曇って月のない夜は歩けない。自分の居場所がどこかもわからなくて、永遠に迷い続ける。明けない夜は、星すらも見えずに深淵へと誘うのだ。 月の光に導かれて、歩いた先に待っているのは、昇りゆく太陽。その光は眩しすぎた。 自分はいつも影へと身を落としていた。光に当たれば見えてしまう、自分がどれだけ紅く染まっているのかを。乾いた赤は茶色くなり、やがて黒ずむ。罪に似合いの色へと変色していく、それは必然のことだとわかっているからこそ、そんな自分を見たくはなかった。 光の中へと行きたくはなかった。 それでも、光を失ったら歩けなくなることを、自分は彼らと出逢って初めて知った。どんなに疎ましくても、どんなに怖くても、光がなければ流す涙すら見えないほど何も解らなくなるのだと。 ―― 乱れた呼吸が、徐々に浅くなる。 自分を傷つけるものは容赦しなかった。身を守るのは本能的なことで、それにより周囲を傷つける結果は「仕方なかった」。 でも己を省みず、仲間のために命を賭す。そんな想いが胸の内に膨らんでいたのはいつからだったろうか。自分が守れるのであれば、必ず守りたい。そんな大層な願いすら抱くようになった。 だが、結局自分では無理だったのだ。自分すら守れない人間に、他者を守ろうとすること自体、間違いだった。過ぎた願いだったのだ。 ―― 「泣いて、いるんですか……?」 だったら、こんなにも強く想っている気持ちはなんなのだろう。こんなにも惹かれる理由はなんなのだろう。過ぎた願いと知っていても、願ってしまうこの気持ちはなんなのだろう。 ―― 「だいじょうぶ…だから、泣かないで……」 痛くても平気だと笑うその顔、辛くても大丈夫だと微笑むその瞳、全部が歪んで消えていく。 その灯火を消さないで、まだ闇の中を歩き続ける自分の手をどうか引いて欲しい。 願いとは強い想いが身体を支配する。願えば願うほど自我が願いの存在に取り込まれていく。 ―― 雲間から見えた月の光がそれでも自分の目に美しい華を見せていた。 こんな状態で気づくなんて、愚の骨頂としか言いようがない。それでも、言わずにはいられなかった。優しい光はきっと、自分の言葉に何かしら告げようとしてくれるはずだからだ。それで少しでも長く、光続けることが出来るのならば、なんでもする。 ―― 問いたげに動く、青くなった唇。身体が少しでも温かくなるように、抱く力を強くした。 「僕は、君が大切なんです。本当に大切なんです。だから、僕を置いていかないで」 ――彼女はなんだそんなこと、とでも言いたげに笑った。 「置いてったり、しません……だって、わたしも貴方が大切だから」 了 *死ネタでなく、怪我ネタです。 BGM:「紅蓮」the GazettE 2008????(再掲載:20080905) 七夜月 |