Reason 一方、その頃美里は家から随分離れた森の中を歩いていた。よく弁慶と共に薬を取りにやってくる場所だ。 美里は口数少ないが、とても家族思いの子である。 千里が熱を出すと、いつもギュッと手を繋いであげていたり、弁慶の仕事の手伝いをしたり(ごく簡単なものだが)、望美の肩をもんであげたりだ。 そんな美里がこうして千里が熱を出しているのに森の中に来ているのは訳があった。 以前に父から教えられていた花畑に、千里のために花を摘みに行こうと考えたのだ。それは、母親から教えられた「お見舞い」というものに深く関係している。 「お見舞い」をするにはどうやら何かの手土産が必要で、尚且つその手土産は花であることが多いということだ。 というわけで、美里は綺麗な花を摘みに、こうして森の中に入ってきているのだった。 そうこうしているうちに、例の花畑に到着して、美里は千里が好きな蜜柑色の花を摘み始めた。ちょっと濃い目の黄色が連想されるのは、千里の懐いている九郎の髪の色。美里も勿論、九郎のことが大好きだ。あの大きな手で頭を撫でられると嬉しい。でも、千里ほど懐けないのは美里の恥ずかしがり屋な性格ゆえ。 ぷちぷちと一本一本丁寧に抜きながら、ふと美里は嫌な気配を感じて振り向いた。 花畑からがさがさと音が聞こえる。そして、それはどんどんこちらへ近付いてきているではないか。 辺りを見回すと、川を発見した。美里は思わず摘んだ花を胸に抱きかかえて川とは正反対の……つまり帰り道へと走る。だが、走っている前方でもがさがさ音がして足を止める。 方向転換しようとしたほうからも音が聞こえる。そうして気付けば、囲まれていた。 徐々に近付いてくる、それ。なんか、あのぬるっとした背中とか見えてきている。しかも結構大きいではないか。 美里がブルブル震えていると、やってきたそれと目があってしまった。 大絶叫が、花畑に響き渡った。 「ぴぎゃーーーー!!」 望美からもしかしたらここかも、と言われていた森を走っていたヒノエと敦盛は今の声に確信した。 「いる、な」 「ああ、間違いない」 あんな変な叫び声を上げるのは、望美の子以外にありえない。 声の方角を突き止めて、いざその姿を見つけんとすると、声の持ち主はなにやらでかい図体の動物?に囲まれているようで見えない。 「……おい、あいつら怨霊じゃねぇの? でかすぎだろ!」 「そう言った気は感じ取れないが、確かに大きいな」 美里を囲みながら大合唱している体長約三尺はあるであろう蛙をみて、ヒノエはうっとなった。確かに、あれをみて可愛いと思う輩はそういないだろう。 そしてまた、その柄も気持ち悪さを際立てている。望美の世界で言う迷彩柄のように色んな色が混ざり合っているのだ。それが光沢を帯びてキラキラ光ってても、あまりに気持ち悪い。 美里が苦手だというのも、ものすごくよく解った。 そのでかい図体の生き物の正体は、蛙だった。 上手い具合に美里の目の前にヒノエは着地する。怖がって怯えている美里の手を取るとその身体を抱き上げた。 「大丈夫だよ、お姫様。オレたちが守ってやるから」 チュッと、右の手の甲に口付けるヒノエにビックリして、美里は目を丸くした。もとより口数少ないといえど、驚いて声も出なかった美里をヒノエは蛙の輪の中から脱出させて、敦盛が近付いているのを知り地面へと下ろした。 「敦盛、オレがあいつらひきつけるから、その間に美里頼む」 「解った」 ヒノエは美里から十分な距離をとって離れると、手近にあった石を軽く蛙にぶつける。すると、蛙の視線が一斉にヒノエに向かった。 「(うわ……こわ……)」 ゾッとする、何だこいつら。 でかいだけに不気味度が増している。 ゲロゲロと低い地響きなような鳴き声を上げながら、蛙がヒノエのほうへとやってくる。その隙に敦盛が美里に手を出した。 「おいで、よく…頑張った」 どんなに怖い思いをしても、花だけは決して手放さず泣き出さなかった美里だったが、蛙の視線から逃れて安堵し、また柔らかい笑みで敦盛に抱き上げられた途端に、我慢が出来なくなったようで、ぽろぽろと涙をこぼした。 一方、蛙に襲われているヒノエは敦盛が助け出したのを見届けてから、口笛を吹いて撤退の合図を送った。 「さてと、姫君を見つけたことだし、帰るか」 無闇に殺してもしょうがないし、第一あれを片付けるというものいささか抵抗がある。奴らの瞳に映るのも嫌だ。 そういうわけで、ヒノエは足止め程度に砂を撒き蛙たちの視界を揺るがせてから、先に戻っていた敦盛の後を追って、走った。 「ただ、まー……」 「お帰り、美里」 出迎えてくれた望美に抱きついて、美里は顔を埋めた。 「ははうえ、ちぃに」 美里が見せた花、望美は眼を丸くしたが、すぐに笑顔で美里の頭を撫でてやった。 「うん、ちぃにあげて? みぃが頑張ってきたよって、ちぃにも教えてあげて」 「うん!」 パタパタといったん走り出した千里は一度止まると、くるっと振り向いて、ヒノエと敦盛にぺこりと頭を下げた。 「あーがとう、ごじゃいましたっ!」 それに驚いたのは二人もだが、何より一番驚いたのは望美だった。 「すっごいなぁ、二人とも……何があったの? あの子があんな風に言うなんて、初めてだよ?」 「いや、別になんもしてないよ」 「ああ、特には何も」 「???」 不思議な顔をする望美、だがまぁいいかと開き直ったようで、それじゃご飯にしようかと笑った。 「と、いうことがあったんだそうですよ。以来、美里はヒノエと敦盛くんには懐いています」 「ふむ、なるほどな」 そうか、美里は蛙が苦手なのか。あの怖いもの知らずというような風体の少女にも怖いものがあって、なんだか納得してしまった。 「あそこの川の蛙は大人がいるとあまり姿を現さないんですけど、子供だけだとちょっと危ないんですよ」 「じゃあ、ちゃんと言い含めておくんだな」 「それは勿論、でも望美さんの子ですからね。なかなかに自由奔放の子たちです」 「ああ、それは……仕方ないだろう。あいつの子供だからな」 「二人とも、どういう意味ですか!」 たまたま聞こえてきた言葉に望美が眉を吊り上げながらやってきた。まったくもう、そうやってすぐに言うんだから、とぶちぶち言われはしたものの、口だけのようですぐに笑顔を取り戻す。 「ご飯出来ましたよ、遊んでる子供たち連れてきてください」 「はい、わかりました」 「九郎さんも食べていきませんか? 人数分ちゃんと用意したんです」 「そうか、では頂いていこう」 「ゆっくりしていってください」 そういって、望美は土間へと消えていった。 「あいつの料理の腕前も、上がったんだろ?」 「ふふっ、それは食べてのお楽しみですから」 「何? ちょっとまて、それはどういう意味だ! おい、弁慶!」 九郎は弁慶のあとを追いながら、必死になって訂正を求めたが、弁慶は何も語らずにただ笑顔を浮かべているだけだった。 理由なんて、簡単だ。ただ、簡単だけどそれでも大切なのだ。大切だから、理由になる。 なぜなら、好きというのは全て何かしらの「理由」から始まるのだから。 了 20081105 七夜月 |