神へ感謝する日




 ふと目覚めた夜は一人きりじゃない。安堵を覚えられるそれが、人の温かさ。
 ただ、抱きしめて眠るだけ。その人の腕の中にわたしは眠れる。
 それだけで、ずっと何より、安心できる。
 その人が目覚めぬように、望美は顔だけ動かしてその人の寝顔を見た。
 長い睫毛が揺れる。
 服越しだけど、確かにその人の体温はわたしの傍にある。
 してくれていた腕枕。きっと手が痺れてしまうと思って、そっと頭を下ろした。
「起きたんですか?」
 すぐにかけられる言葉。瞑っていたはずの目は開いており、望美はほんの少し驚いた。
「それはわたしの台詞です。眠っていたんじゃなかったんですか?」
 眠っていたと思っていたから、こそこそしていたというのに。
「いいえ。寝息が聞こえていなかったでしょう?」
「……そういえば」
 確かに、心臓の音はちゃんと聞こえていたけど、規則正しい寝息は聞こえていなかった。時計を見たら、望美が最初に眠ってからだいぶ時間が経っている。もうすぐ夜明けだ。
「じゃあ、何をしてたんですか?」
「さぁ、なんでしょうね。君には言っても仕方ないことですよ」
「弁慶さんのいじわる」
 こちらの世界に来てから、弁慶は望美をからかうことを覚えたらしい。声にならない笑いを、弁慶は漏らす。その息がふと望美の耳をくすぐって、ビクッとした望美にまた弁慶は笑った。
 彼にとって心の余裕が出来たことは素晴らしいことだ。だから、望美はからかわれることに憤慨はしてもそれを上回る喜ばしいこととして文句も言わない。
「僕は意地悪ですから」
 再び弁慶は腕を伸ばして望美の頭をその上に乗せた。
 望美はその腕をさすりながら、弁慶に尋ねた。
「腕、痛くないですか?」
「大丈夫ですよ。薙刀を振るために、結構鍛えていましたしね」
「それは頼もしい限りですね」
 望美はクスクスと笑った。そして弁慶を見て告げた。
「いっぱい待たせて、いっぱい我慢させてごめんなさい。すぐに大人になるから、弁慶さんにちょっとでも追いつけるように」
「いいんですよ。年齢差なんて大したことじゃない。僕は君をおいて死ぬ気はないですから。それに、君が大人になっていくのを見ているのはとても楽しみなんですよ。僕のために、頑張っている君を見るのも嬉しいですしね」
 それでも、法律上ではまだ大人と認知されない望美は、弁慶に無理を強いている。いつだって自分を考えてくれている彼は、たくさんの無理をさせてしまっているだろう。そんな中、それでも自分のことをのびのびとさせてくれる環境を作ってくれる弁慶には感謝してもし足りない。
「待っててください、わたし、少しでも釣り合うような人間になるように、ちゃんと努力します」
「…焦らないで、望美さん。僕たちが手に入れたのは『時間』なんですから。ゆっくり進みましょう」
「……はい」
 望美は嬉しそうに笑って再び弁慶の腕の中で寝息を立て始める。
 そう、弁慶が居てくれるから、望美はこうして眠ることが出来る。あちらの世界から帰ってきたばかりの頃、望美は夜中何度も目を覚ましてしまっていた。むこうでついた習慣が、抜け切れないからだ。
 自分の匂いがついた布団だから、何より安心して眠れるはずなのに。望美は眠れなかった。
 だけど、彼の腕の中なら眠ることが出来る。ぐっすりと、夢すら見ずにただ安心して眠れる。
 ただ抱きしめてもらうだけ。それが、彼に無理を強いている事だとしても、彼は望美のわがままを決して拒否することはなかった。むしろ喜びさえしてくれた。
 安心する、大好きすぎて、想いを伝えきれない。
 それでも、これだけは伝えなくちゃならない。年に一度の特別な日。
 眠る前、せっけんの香りする彼の耳元で囁いた言葉。
『ねぇ、弁慶さん?』
『なんですか?』
『今年もまた言えるね』
『ええ…今年もまた聞けますね』

『お誕生日、おめでとう』

 あなたの生まれた奇跡を、神に感謝するそんな日の始まり。


 了


BGM:「Tears Night」(水樹奈々)
   20070211  七夜月

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