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 時折、求めてやまなくなる。自分を抑えるのが苦しくて。
 オレは何もかも手に入れたはずなのに、何も手に入れてないようなそんな気になる時がある。
 そういう時は何よりもその温もりが欲しくてオレはお前の名前を呼ぶ。
 いつだって包まれた腕の中の体温に、オレは安堵しているんだろう。
 こんなオレを見せないように誤魔化す術は幾らでも持っているから、もう少しだけこんなオレに気づかないで。
 もう少しだけ、気づかれたくない……。

「ヒノエくん、どうしたの? 考え事?」
 夕食で使った皿を洗い終え、エプロンを外した望美がヒノエの前にやってきて首をかしげた。
 手伝うと申し出たヒノエを丁重にお断りしたためか、ヒノエはテレビを見ながら何か考え込むようにジッとしていたからだ。こんなヒノエは珍しい。ヒノエの叔父がこういった仕草をしているのはよく見かけたが、ヒノエが心ここにあらずという態度を望美の前で見せることはここ最近になるまでなかなか無かった。
「まぁね。オレの姫君は可愛いのに無自覚だから、オレはいつでも悩ましいんだよ」
「ヒノエくんって付き合ってからも全然変わらないよね。もう口説く必要なんてないのに」
「そうだよ。もうお前を口説く必要なんて無いだろ? だから全部本音」
「……そんなことより、何か悩み事があるの? 私でよければちゃんと聞くよ?」
 くすくすっと笑いながら耳元で囁いたヒノエに対して、少し照れた望美はわざと気にしてないフリをして、そんなヒノエを突き放した。ヒノエも、最近望美が学習したことに気づいているが何も言わない。どんな風な反応だろうと、可愛いことに変わりないのだ。
「姫君が気にするようなことじゃないよ」
「私が聞いちゃいけないことなら聞かないよ。でも聞いていいなら、聞きたいの」
 誤魔化そうとしたヒノエにムッとして望美はぶっきらぼうにそう言った。もっと可愛い言い方があるだろうけど、ヒノエに対してはただ可愛いだけじゃ何にも話してもらえないだろうことはちゃんと解っていた。
「お前は聡いね」
「ヒノエくんが解り難いせいで、こんな性格になっちゃったんじゃない。ホント、弁慶さんにそっくり」
「弁慶さん……ね」
 突如望美の身体は組み伏せられ、ヒノエは驚いてる望美に不適に微笑んだ。
「二人で居るときに他の男の名前を出すなんて、少し無粋だね。それとも、まだあいつのことが気になるのかい?」
「何言ってるの?……つっ!」
 ヒノエのわけが解らない行動に、望美は訝しげに呟くしかできない。掴まれた腕に痛みが走って、望美は苦々しい吐息をつく。
「どうして怒ってるの?」
「さぁ、どうしてだろうね」
 ヒノエは怒りを溜息に乗せ吐き出すと、望美を解放した。
「さてと、姫君。そろそろ送っていこうか。今日はお前と逢えて楽しかったよ」
 そういったヒノエはもう普段通りで、望美は先ほどのことがまるでなかったかのようにすら感じる。喧嘩にもならない、自己完結の感情。ヒノエはいつも、望美に対して多くのことを見せなかった。
「また、向こうに戻るの? 今度はいつ逢える?」
「ああ、しばらくはこっちに来られないかもね。ちょっとこれからゴタつきそうだからさ」
「何か……あったの?」
「悪いことじゃないよ。新たに貿易の枠を増やすんだ。それで少し面倒くさいことがあるだけ」
 起き上がりさっと顔色を変えた望美に、ヒノエは笑いながら否定した。けれど、しばらく逢えなくなるのはヒノエにとってはちょうど良い。こんな醜く渦巻く感情を落ち着けて冷やすのには、少し時間がいると思ったから。
「そうなんだ。今日はヒノエくんの誕生日なのに、ゆっくりしてられないんだね」
「もう十分祝ってもらったよ。でも、お前がオレとの別れを悲しんでくれるのは不謹慎だけど嬉しいかな」
 残念そうに呟いた望美の頬に軽く口づけて、ヒノエは立ち上がった。
「ヒノエくんっ!」
 不意打ちのキスに一瞬で赤くなった望美は頬を押さえる。
「行こうか」
 そんな望美に笑顔を見せ、何事も無かったかのようにヒノエは手を差し伸べた。だが。
「ダメ。帰らない。ヒノエくんの話聞くまで、私 帰らないから」
 差し出してきた手を拒み、望美は断固拒否するといいたげに、ヒノエを強く睨み返した。
「望美……可愛いことを言ってくれるのは嬉しいけど、今日は帰りなよ」
「だってヒノエくんおかしいよ。今日だって時々なんか思いつめたような感じだし。それを顔に出さないから余計に心配なんだよ。しばらく話も出来なくなっちゃうんだから、今日はなんとしてでも話してもらうから」
「困った姫君だね」
 溜息をついたヒノエは望美の手を引くと、自分の腕の中に閉じ込める。顔を見られたくなかったのか、あるいは温もりを味わっていないと不安だったのか。ヒノエ自身判断がつかないほど、思考に全てが溺れていた。
 嫉妬に欲望、何かが絶えずしてヒノエの中で嵐のように吹き荒れる。
「今夜は帰らないつもりかい? 話を聞いたら最後、オレはお前を帰さなくなるかもしれないのに」
 そんな自分を無理にも押さえ込んで、ヒノエは笑った。
「大丈夫、家には泊まるって言ってきたから」
「……いつもの姫君には思えないほどの大胆さだね」
「驚いた? でも、ヒノエくんが思ってるようなつもりで泊まるっていったわけじゃないんだけどね」
「へぇ、じゃあどんな意味かな」
 面白そうに呟いたヒノエに、望美は挑戦的な瞳を向けた。
「最近のヒノエくんがおかしいのは解ってたから。今日こそ夜通しでも話し聞こうと思ってたの」
 その何が何でも言ってもらうと言いたげな雰囲気に、ヒノエは声を出して笑ってしまった。途中までは正解だったのに、望美はやはり全然解っていない。
「そうやって挑発するのもなかなか魅力的だけど、今のオレは最後までお前に付き合ってあげられるかわからないよ」
「どうして?」
「お前が欲しいから」
「…………ヒノエくん、冗談は後にして話を」
「冗談? オレはいつだって本気だよ」
「………………」
 今度こそ、望美は黙り込んだ。低くなった声音に、ヒノエの本気が垣間見えた気がして、何も言えなくなる。
「なぁ、望美。オレは酷い男だよ。お前がオレしか見えなくなるように、お前の全てを手に入れたいと思ってる。オレのことしか考えられないように、お前を滅茶苦茶にしたいとも思ってる。オレが怖い?」
 望美は返事の代わりに小さく息をついた。お互いにその表情からは何も読み取れない。
「それがヒノエくんの本音?」
「そうだよ」
「バカだね、ヒノエくん」
 望美はそういうと、自らヒノエの首に抱きついた。多くは語らないヒノエだが、誤魔化されたわけでは無いだろう。けれど、全部を話されたわけじゃない。それはきっと、今の望美が何を言っても無駄なんだろう。だから、望美は諦める代わりに妥協した。
 ヒノエは大事なことをまだ何も言っていない。もしもそれを言ってくれるなら、もう少しだけ我慢できる気がした。
 望美は小さくヒノエの耳元に囁く。
「私が欲しいなら、全部あげる。その代わり、私にヒノエくんの全部をちょうだい」
「……参ったね」
 ヒノエは苦笑すると、望美の指に指を絡ませてベッドに縫い付けると、口づけた。
 お互いの瞳に映るのは、思い慕う相手だけ。

「好きだよ 望美、お前だけが。オレはお前のものだ」
「……うん、私も好きだよ」

 失われた言葉は深い口づけに変わり、ヒノエは絡ませた指を強く握り締めた。





   20060331  七夜月

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