Filled with ……



 目の前に見える唇に、私はそっと触れてみた。
 眠っている愛しい人。
 この唇から紡がれる言葉は、いつも私を困らせる。
 悲しくなったり、寂しくなったり。
 でも一番最後は息も出来ないほど喜ばせてくれて、まるで魔法使いの呪文みたい。
 時折どこからそんな言葉が出てくるのか解らないときもあるし、戸惑うことも多いけれど。でもそれでもただ愛おしい人。
「どうしたの、眠れない?」
 閉じていた目が薄く開き寝惚けているようにも見える。
「ヒノエくんを見てたの」
「俺の顔?」
 何故? と問われても、見たいから見ていただけ。
「俺はお前の顔を見ていたいな。特に花さえ妬んでしまうような、その可愛らしい笑顔をね」
 ヒノエくんは滅多に見せない微笑みを浮かべて、私の顔を両手で包み込んだ。
「私が見たいのはきっとヒノエくんのそれと一緒だよ」
 ふふっと、笑って触れられた頬の手に、自らの手を私は重ねた。
「ヒノエくん、眠いでしょう?」
「……少しね。望美が温かいからだよ」
「ヒノエくんも十分温かいよ。私もすごく眠いの」
 確かにヒノエくんの身体は温かったけれど、眠いというのは嘘だった。
 今日はヒノエくんの誕生日でもあると同時に、エイプリルフールだから、このくらいの小さな嘘は許されるよね。
 本当はまだ、全然眠たくなんか無い。
「だったらさ、眠ればいい」
 抱き寄せられて、シーツに包まれて、何よりも近いヒノエくんの心臓の音。いつもだったら恥ずかしいはずなのに、今日は何よりも満たされていて、心音を聞いているのが心地良かった。
「おやすみ、愛しの姫君」
「おやすみなさい」
 ヒノエくんはそうして私を抱きくるみまたうとうととし始めた。寝息が耳に聞こえてきたのはすぐで、私は声に出さずに笑った。
 眠れないのは幸せだから。今夜一晩だってヒノエくんの顔を見つめていたいくらい。
 ずっと心配していた。何を考えてるのか解らない彼の言動や行動に戸惑いもした。
 けれど、今この瞬間だけはヒノエくんが幸せでいてくれているのがわかってホッとする。
 辛いはずだ。精神的にも体力的にも、こちらの世界とあちらの世界を行き来するのだ。どちらか一方ではなく、両方の全てを把握しなければいけないのは私が想像するより大変なことのように思える。
「ごめんね」
 聞こえないくらい小さな声で、私はヒノエくんに謝った。ヒノエくんがこうして頑張ってくれてるのは、こちらの世界に居る私のせい。全部私に合わせてくれるから。
 ごめんね、と今度は心の中でもう一度呟いた。
 そう、辛い思いをさせているけれど、それでも私はヒノエくんが……。

「好き」

 声にならない声で、呟いた。

「好き」

 呪文のように、うわ言の様に何度も何度も繰り返した。

「好き、好きです。君が好き」

 何より愛しいヒトだから。せめてこの思いだけは隠さずに伝えようと決めた。
 愛してるって言うのは解らないけれど、好きなのはたった一つの確かなこと。
 愛は育むもので、これからきっと私が自分の中で育てていくんだろう。
 昨日より今日、今日より明日。ずっとずっとヒノエくんを好きになっていく。もしかしたらこれが愛するということなのかもしれない。私にはまだよく解らないけれど。

「こんなに好きで、ごめんね」

 誰より好きで、ごめんね。
 私の想いは彼を縛る。彼は優しいから縛られる。だけど止められない想い。
 私は彼に恋をしたから。

「ごめんね、だけど……ありがとう」

 好きになってくれて、ありがとう。
 生まれてきてくれて、ありがとう。
 ずっと一緒にいようね。あなたの中が私で満たされている限り、ずっと一緒に。
 私の大好きなヒト――……。


















「君が好き」

 何度も聞こえたお前の言葉。
 オレにもちゃんと聞こえていたよ。
 お前が何度も好きというたびに、オレの鼓動が一つ、また一つと早くなっていくことに気づいてるかい?
 お前の唇からもたらされる極上の蜜は、言の葉となりオレを惑わせる。
 そして、オレの感情すら包み込んでしまうことをお前は知らないだろうね。
 オレは寝惚けたフリして身体を抱きしめる力を強くする。
 こうすれば、オレが目を開いていることは見えないだろ?
 ごめんね。意地悪だけどあともうちょっとこのままで。
 お前の口からもれるその言の葉が尽きるまで、いつまでも聞いていたいから。
 お前が眠って、明日目覚めたら開口一番にオレも言おうか。
 誰よりも大切な、オレの神子様。
 何よりも愛しい、お前という存在に 愛してる……と。


 了









   20060401 (加筆修正 20060402)  七夜月

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