雲間の月



 白龍から警告を受けた直後に突然天界なんて場所に飛ばされて、軟禁状態に自分が置かれてることに気づいたからには脱出を試みるものの頑丈な扉は蹴っても殴っても頭突きしてもびくともしない。終いには頭突きの衝撃で出来たたんこぶを一緒に居た神子に癒してもらう羽目になった。
「望美さん、無茶しすぎだよ」
 苦笑がにじんだその言葉に、返せる反応は数少ない。
「望美でいいよー……はー…心配なんだよねぇ」
 神子の力は便利だ。じっとしていてといわれ、患部に手をかざされたら急に痛みが和らいできた気がするので、神子の力は偉大すぎる。たんこぶひとつ直すのに龍神の力を使ったなんていったら、九郎さんあたりに何を言われるか。「お前という奴は……貴重な龍神の加護をそのようなことに使う奴があるか!」は、絶対言われる。内緒にしよう、絶対。
 癒されながらあかねちゃんの声は朔のように少しおっとりとしている気がして、なんだか安心した。
「八葉が?」
「うん、変なことしてないか」
「変なこと?」
「特にね、天の朱雀がねえ……」
 ヒノエくんの今までの言動から考えると、自分がこの心配をすることも仕方がないと思う。女の子には誰にでも優しいフェミニストだ、前代の神子だと知れば、口説くに決まってる、100%間違いない。
「ふふっ……」
 わたしの話を聞いていたあかねちゃんが突然笑い声を上げるから、話し手を止めて思わずそちらを窺う。
「なに、変なこといった?」
「ううん、ただ…どこの次代の八葉にも一人はいるんだなあと……」
「タラシが?」
 真顔で聞き返すと、あかねちゃんはぷっと噴出して、そうそうと頷いた。そうか、タラシというのも八葉のうちのひとつなのね。でもそういうのって遺伝するのかな?そもそも八葉って遺伝性?って、そんなことはどうでもいいの。
「どうせ練習だとかなんとか言って、天女とかも口説いてるんだよ。絶対」
「望美ちゃん、その人のこと好きなの?」
 寝耳に水なその言葉に一瞬答えることを忘れたものの、両手をクロスしてそれを否定した。
「ないない、有り得ない」
「どうして?」
 どうしてって……ヒノエくんはわたしの仲間だし、それに今はそんなこと考えてる場合じゃない。今だってここから出なきゃこのまま死んじゃうかもしれないんだし、たとえ元の世界に戻っても平家との戦いが待ってるんだ。好きとかそんな甘いことを言ってる場合じゃ、絶対ないと思う。 
「望美ちゃんって可愛いね」
「はい? いや、あかねちゃんそれ、世界中の人間が可愛いって言ってるようなもんだよ?」
「自覚がないのも可愛いと思うよ」
 いや、ニコニコしてそんなこと言われても。そもそもわたしは、ヒノエくん含めて八葉の皆をそんな風に見たことない。見ようがない。
 それとも、あかねちゃんにはいるんだろうか? 神子としての役目を果たしながらも、想う相手というのが。
「うーん、どうだろう……今はわからないな」
 その含みのある言い方と一瞬だけ見せた逡巡に、わたしは続きを聞いてはいけない気がして押し黙った。きっと、想う相手が居るんだろう。それがどういう形になっているのかはわからないけど、あかねちゃんには確かに想う相手が存在していたけど、だからといってわたしがいるかと言われればやはり首を捻らざるを得ない。
「でもなあ、一番ヒノエくんはないなあ」
 と、思わず口に出して呟いてしまった。それは当然あかねちゃんの耳にも届くわけで、きょとんとした顔でわたしを覗き込む。
「ヒノエくんって言うの?」
「そうだよ、優しいんだけどね」
 女の子に分け隔てなく、優しい。口説き魔でよく困らされるけど慣れればかわす術も覚えるし、すると今度は別の戦法でやってくるから困ったものだ。
「好きなんじゃないかな?」
「え?」
「ヒノエくん、望美ちゃんのこと好きなんじゃないかな?」
「まさか、ヒノエくんにとって女の子口説くのは社交辞令だよきっと」
「そんなことないと思う」
 あかねちゃんは笑顔を絶やさない。なんでだろう、どうしてそういいきれるのか解らない。
「私はそのヒノエくんに会ったことないからヒノエくんのことはわからないけど、誰かを好きになる気持ちはわかる」
 あかねちゃんはそういった。
「あかねちゃんって、大人だね……見習わなきゃ」
「そんなことないよ、私は望美ちゃんが強くて羨ましいな」
「ええ? そうかなあ、いつも兄弟子に『落ち着きがない、慎みがない、考えが足りない』って怒られてるんだよ」
 「ない」の三拍子だ。
 ああ、そうだった……そういえばその兄弟子含めてみんな無事だといいんだけど。こちらから連絡できる手段でもあれば、まだマシなのに心配かけてるだろうな。
 やっぱり、早くここから出なくちゃ。
「ようし、今度は回し蹴りで挑戦してみるから!」
「の、望美ちゃん!?」
「せぇの!とりゃあああ!!…………っくぁー……!」
「……私も八葉の皆によく心配かけるけど、その気持ちがちょっとわかったかも」
 強烈な一撃はそのまま強烈な振動と刺激になり自分の足にそのまま返ってきた。飛び跳ねて痛みを堪えるが、それでも痛いものは痛い。
 それからはさすがにあかねちゃんに止められて、そうこうしているうちに南斗様がやってきて何故かわたしの行動を爆笑なさった挙句(初対面の神様に腹抱えて笑われたのはさすがに初めてだ)、連絡くらいなら取れますからと宥められてみんなの無事を確認した。

「助けに来たよ、オレの姫君。大人しく待ってたかい?」
 ドアが開くと同時に大勢が入ってきて、特に先頭きってやってきたヒノエくんに、南斗様とあかねちゃんの三人で手製トランプをしていたわたしたちはようやく振り向いた。
「って……随分寛いでるね」
「暇だったんですよねえ、捉われてる間。そしたら神子たちが面白い遊びがあるというので、つい」
 それに答えた南斗様は何処吹く風で飄々としている。その清清しい笑顔には深い敬意を表したいと思う。
 トランプを片付けて、各八葉たちと無事を確認し合ってから、逃げる前にわたしは今回一人で24人を従えたある意味女傑とでも呼べる神子の下へと急いだ。
「ええーっと、花梨ちゃんだよね? 先代の神子の。助けに来てくれてありがとう、そしてお疲れ様でした」
 花梨ちゃんは一度玉越しで会話した時にあっているけどそれ以上に可愛い子で、尚更苦労したんじゃないかと思う。ねぎらいの意味を含めて話しかけると、花梨ちゃんはきょとんとした顔になる。
「全然そんなことないよ、無事でよかった」
「いや、でも大変だったでしょ、特にウチの天朱雀には手を焼かされたんじゃないかと……」
 当人が近くにいるので声を潜めてそういうと、花梨ちゃんは瞬きを繰り返す。
「ええと、ヒノエくんのことだよね? 全然そんなことないよ」
 まるで覚えがないように考え込むので、わたしは思わずよくわからない否定をしてしまう。
「いやいやいやいや、ものすごく口説かれたんじゃない?…神子とわかれば閉じない口を持ってるから」
「え? そんなことないよ?」
 本当に覚えがないというように花梨ちゃんの反応は淡白だった。だが、わたしとしてはそんなバカな!な展開だ。彼が口説かないはずがない。
「ヒノエくんはずっと、あなたの話ばかりしていたよ。そして、ずっとあなたを心配してた」
 青天の霹靂な発言にわたしは完全に言葉を失ってしまう。だってヒノエくんが口説かないなんて、どこか病気なのか頭を打ったに違いない。
「貴方がすごく大事にされてるのが、わかったよ」
 花梨ちゃんは微笑んで最後の爆弾をわたしに落とした。そんなまさか……だってありえない。彼が口説くのは社交辞令だし、わたしはそう認識していたはずなのに。
 ジッとヒノエくんを見ていたら、その視線に気づいた彼と一瞬だけ目が合う。そして言葉を交わす前に自分から視線を外した。
 そして、突然あかねちゃんとの会話を思い出した。

『ヒノエくん、望美ちゃんのこと好きなんじゃないかな?』

 まさか、と思うのにわたしの心臓は鳴り止まない早鐘となって全身でヒノエくんの存在を意識した。


 了



   20081012  七夜月

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