龍神温泉パニック☆2 一方、そんな望美が喚きながら猿を追いかけているのを言われたとおり見ないようにせずに、八葉たちはのんびりと歓談して過ごしていた。 「今日のアイツは一段とおかしい」とか「そういえば祖母が言ってたのは京での話だっけ?」とか「譲〜今日のメシってなんだ?」など核心に迫る話から結構どうでもいいようなことまで話題は多岐に渡る。信じていたといえば聞こえがいいが、皆望美の実力は知っている。猿の一匹や二匹や百匹くらい、簡単に追い払えると踏んでいた。望美が本気を出せば牛百頭でも確実に殺れるだろう。だが、 「ぎぃやぁああああああ!」 女の叫びとは思えないほどの野太い悲鳴が歓談していた八葉たちのほんわかムードをぶち壊した。 「望美ッ!」 約束を破って振り返った九郎は、膝を突いて絶望している望美とその背中で勝ち誇るように踊り狂っているボス猿を見て、唖然とした。 「望美……どうし「こんの猿めがぁああああああ!よくも私の胸を触ったわねぇええええ! 絶対許さない! その罪命によって償うがいい!!」 九郎の問いかけを途中で遮ぎり、峰打ちではなく抜刀した望美はぶんぶんと猿目掛けて本気で斬り始めた。さすがにこれはヤバイ。止めないと(周囲に被害が及んで)大変なことになる。九郎もといその他の八葉もあちゃーっと言った様子で望美に助太刀と言う名の彼女の行動を抑止するために、動いた。 「こら、望美! たかが猿に熱くなりすぎだ!」 望美を後ろから羽交い絞めで押さえつけたのは将臣で、九郎は罪無き猿達を山へと追い払う。本気の望美の殺気に当てられたボス猿もなかなかに怖い思いをしたらしく、アッカンベーと負け惜しみの如くつけていた耳……もといブラジャーを放り投げ、他の猿たちの後を追うように駆け抜けていった。 「待て猿!!」 「望美……もう行っちまったんだから冷静になれよ」 「ダメよ、アレが無いと……!」 その時猿が放り投げたブラがストンと九郎の頭の上に落ちた。勿論、望美は気付いていない。だが、譲は気付いてしまった。それが何で、何故望美があそこまで必死になっていたのかを。 九郎は頭上に落ちてきた布を手に持ち、疑問符を浮かべている。ヤバイと咄嗟に譲の脳内が事態を把握した。 「九郎さん待っ……!」 「望美、アレとはこれか?」 譲がこれからの悲劇を思いつき慌てて止めるも遅く、九郎に呼ばれて振り向いた望美は九郎が不思議そうに持っていた自らのブラジャーを見て顔を真っ青にして真っ赤にしてを繰り返し。 「いぃぃやぁあああああああああ!!!!!!」 後、熊野の森の伝説として以後1000年は語られるほどの大絶叫をあげたのだった。 「もう無理……私生きていけない。猿に胸触られるわみんなにブラ見られるわ生きる価値なんか無いんだ」 地面でへたり込みブラを握り締め切々と涙をこぼしながら語る少女を見て、誰が白龍の神子だ何て思うだろうか。そういう感想を抱かざるを得ないほど、望美の頬は痩せこけ、生気なんてものは皆無だった。一瞬でここまで女性から生気を失わせることが出来るのだから、ブラジャーというものはある意味恐ろしい。 「の、望美……女の価値は下着じゃないわ! 身体よ、身体で勝負よ!」 朔の発言に一瞬景時の顔が引きつった。対して口笛を吹いて喜ぶヒノエを笑顔で景時は睨みつける。 そんな周囲の様子には気付かずに、望美はふふっと乾いた笑いを漏らした。 「無理だよ朔……あの猿、ヒトの胸を触った後、どうしたと思う? 鼻で笑った後に身近に居たメス猿の胸触って満足そうに頷いたんだよ。私の身体は猿以下なんだよ」 朔も朔らしからぬ発言で望美を励ますが、望美は一向に立ち直る気配が無い。むしろ、地雷を踏んだらしく盛大にまた喚き始めた。 「うわああああん、もうお嫁にいけないしこれからもう誰ともお付き合いできない汚れた身体になってしまったんだーーーー!」 「神子、神子、貴方は汚れてなんていないよ。大丈夫、神子は綺麗だよ?」 「そうだ、神子……それを言うなら私のほうがずっと……」 心配そうに寄り添う白龍と敦盛が必死になって望美を慰めるも、今だけはショタ心をくすぐる白龍パワーも母性本能をくすぐる敦盛パワーも望美の負の感情を吹き飛ばすには及ばなかった。 その時、今までだんまりを決め込んでいた九郎が、少しだけ顔を赤らめながら口を開く。しかし言葉を選ばないこの男。 「まぁ、なんだ……たかが猿のやることだ。気にすることでもなかろう」 「たかが?」 「別に見られたからと言って害があるわけでもないし、気にする必要性などない」 「害が無い?」 ピクッピクッと九郎の言葉に望美が反応した。 「華の乙女が胸触られたことをたかが? 私の一番これ以上無いくらい恥ずかしいものをみられたのに害がない? 九郎さん、それ本気で言ってるんですか……?」 望美の声が低くなり、九郎は後ずさるも、ここで負けては男の恥じだという意味不明なプライドのせいで、九郎は望美を睨みつけるといった形容詞の方がマッチするような視線で見つめた。 「ああ、サルに触られたのは犬にでも噛まれたと思えばいいし、逆に一番恥ずかしいものを見られたということは、それ以上恥ずかしいことを将来見られなくて済むということなのだから、将臣の言葉を借りるのならばラッキーだったと思「えるかアホがぁあああ!!」 九郎の言葉にブチギレた望美は九郎の胸倉をつかんで揺すった。 「そんなことが出来るんだったら最初ッから悩んだりするわけないでしょう!」 「あのなぁ、俺はお前のためを思って」 「どこが!!」 いつもどおりにギャンギャン口喧嘩を始めた九郎と望美に周囲はまたかと言いたげな重い溜息をつく。放っておけばすぐこれだ。二人にとっては真剣でも、周りで聞いているほうはたまったものではない。というか、『いつものこと』が出来るほど望美が回復しているのはむしろいい兆候なのでは無いかとさえ楽観的に考えているくらいだ。 「全然解ってませんね! 乙女にとってはお嫁にいけるかどうかの一大事だって言うのに!」 「ああ、うるさい! 解った、そんなに嫁手が欲しければ俺が貰ってやるから文句言うな!!」 望美の大絶叫に、九郎もつい買い言葉と言わんばかりに叫び返した。 静寂がその場に落ちる。 望美は凍結しており、譲も凍結している。ついでに言えば敦盛は顔を赤らめているし、弁慶は溜息をつき、将臣はニヤリと嫌な笑みを浮かべて、先生は無表情でヒノエは眉間に皺を寄せ、朔はわなわなと震え、景時はそんな朔をあわあわと見つめながら九郎と望美を交互に見つめている。白龍は敦盛の手によって耳を塞がれていたためきょとんとしている。 「今の、どういう意味ですか?」 望美が我が目を疑うかのように九郎を凝視しながら聞き返す。望美も何を言われたのか理解できず、幻聴でないかと思ったくらいだったのだから仕方ない。 「だから、嫁手がなければ俺が貰ってやる――…………ッ!?」 二度目を言ってから、九郎もその意味にようやく気がついたらしい。やかんが沸騰したかのように顔を見事な柿色に染め上げ、九郎は慌てて弁解を始めた。 「嫁手が無ければの話だからな!! それにお前なら他の男が放っておかないだろうし、別に俺なんかに貰われることなんかないだろうから安心しろ!!」 「言ってること、無茶苦茶ですよ、九郎」 「なななな、なんだ弁慶! 俺は普通だ!!」 「情けないね……閨を共にしたいと宣言したくせに動揺しまくりじゃん」 ヒノエの余計な茶々に、九郎のテンパり度は益々上がっていく。望美と九郎の声が見事にハモった。 『閨!?』 「ちちちち、違うぞ! 断じて!」 「ああああ、当たり前です! わわ、私だってそんなの信じてませんから! 子供じゃないですから!」 ブラを握り締め宣言をかました望美は九郎と同じく顔を赤くしながらスタスタと歩き出した。 「九郎さんが変なこと言うから、動揺しちゃったじゃないですか!」 「俺のせいか!? 元はといえばお前が――!」 歩きながらもやんややんやと言い合う二人。 またはじまった……苦悩を抱えた八葉は顔を染めあいながら喧嘩し続けるという奇行を素でやってのける九郎と望美に、苦笑を漏らすしかないのであった。 了 20060714 七夜月 |