貴方が私を選ぶから


(神子が敦盛さん大好き過ぎてますので、性格破綻を起こしてます。ご注意ください)

「敦盛さん……私……」
「神子、黙って」
 呟いた私の声を止めるかのように、唇に当てられた敦盛さんの指。
 敦盛さんの髪が肩から落ちる。さらっとした毛先の感触が私の頬をくすぐり、私はその感触を味わい顔を赤らめたまま瞳を閉じた。
 近づく吐息に高鳴る胸。
 敦盛さんからの初めてのキスにうっとり酔いしれた私が、触れ合うまであと数センチというところで聞こえてきた異界の言葉。

『……きろよ、望美。起きろって』

 うるさいな、ちょっと黙ってよ。むしろ邪魔しないでよ。
 今超絶いいところなんだから。

『はぁ? おまっ、何言ってんだよ。いい加減起きないとしらねーぞ』 

 はぁ?知らないって何が。っていうか。マジで今は放っておいてよ。
 ようやく敦盛さんと念願かなってキスできるってのに、邪魔しないで!

『それこそ知るかよ! ってか、マジで起きろっつーの』

 ゆっさゆっさゆっさゆっさ。
 
「……神子、やはり貴方は私ではダメなのだな」
「え、敦盛さん……何言って……」
 悲しげに伏せられた瞳、その時私は自分の顔からサーッと血の気が引いていくのがやけにリアルに解った。
「さよならだ、神子。貴方の幸せをいつまでも祈っている」
「え、さよなら!? ちょっと待って敦盛さん! 敦盛さぁああん!」
 遠くなる敦盛さんの儚げな笑顔。私はそれを絶望的な思いで呼び続けたが結局敦盛さんは遠くなって、代わりに私の目の前には白い光が灯っていった。


「はっ……!! 敦盛さん待って! ぷりぃずギブミーユアキィイイイッスゥウウウ!」
 ガバリと起き上がり手を伸ばしてみると、そこには誰も居らずいつもの見慣れた室の景色があるだけだった。
「敦盛ならいねぇよ。ってか、なんの夢見てんだお前は」
 ゴツンと頭を一度殴られて、私は私から敦盛さんを奪い取りやがった諸悪の根源を見つけた。
「まーさーおーみぃいいいいくぅううん! なんってことしてくれたのよ! せっかく敦盛さんが……敦盛さんがちゅうしてくれるところだったのに……!!」
「良かったなー幸せな夢が見れて」
 将臣くんは反省の色がないのか、私の言葉に投げやりに返すだけだ。ムカつく。
 せっかく敦盛さんが私にキスをしてくれるところだったのに、なんてこと……!
「あのさ、お前いい加減敦盛のケツおっかけるのやめろよな」
「無理。敦盛さんはアイドルだもん、永遠に19歳の私のアイドル!」
「……不憫な奴」
 それが私に対してでも敦盛さんに対して言ったことでもないことは、さすがの私にも解った。というか、その人物が目の前に居たら嫌でもわかる。
「あ、おはよー九郎さん」
「………………」
 九郎さんは怒っているのか私と目も合わせようとせずに、そのまま歩いていってしまった。
「で、何で将臣くんがここにいるわけ?」
「っつーか、追いかけてやれよ。可哀想だろ幾らなんでも。自分の妻が他の男の名前叫びながら起きたら」
「大丈夫、キスもちゅうも意味はきっと解ってないから」
「そういう問題じゃねーだろ」
「無問題」
「いやいやいやいや」
 将臣くんは額を押さえながらなんとか私と話をしている。なんだかなー、そう言われたって無理なもんは何度言われても無理なんだよ。
「やっぱアイドルだからね! 敦盛さん絶対私たちの世界来たらアイドルデヴューできるよね!」
「よね、とか同感求められても答えようがねぇし」
「神子、呼んだだろうか」
 そこへひょっこりと敦盛さんが私の目の前に姿を現した。
 夢とまったく同じ顔に声! あぁ、やっぱり彼は私の天性の癒しよ!
「おっはよーございまっす! 敦盛さん!」
「ああ、お早う。先ほど九郎殿が私を神子が呼んでいるといっていたのだが……何やら少し怒っている様子だった」
 元気よく挨拶すれば、敦盛さんも優しい笑顔で答えてくれる。でも最後の言葉は少し顔が引きつっていたけれど。
「もうお早うって時間じゃねーだろ。何時まで寝てるつもりなんだお前は」
「いいじゃない、少しくらい夕寝したって。問題ないない、最近眠くて仕方なくてさー」
「ま、暖かいしな。でも、食べてから寝ると太るぞ」
「あっはっはー。こんだけ運動してれば大丈夫だよ」
 平泉は広い。何処までも続く平原を食料調達から遊びなどで馬を毎日走らせていれば、運動にもなるというもの。
「それに女の子に太るって、禁句だぞー?」
 笑顔で拳を右頬に思い切り当ててやれば、将臣くんは結構効いたのか、それなりに吹っ飛ぶ。中庭に落ちなかったのは運がいいというか何と言うか。
 将臣殿……!と敦盛さんは少しだけ顔を引きつらせたけど、それは見てないフリをする。気を取り直した敦盛さんが咳払いを一つして、私の事をまっすぐに見つめてくれた。あぁ、天使の微笑み……!
「そ、それで神子、用件とはなんだ?」
「え、ないですよ? 強いて言うなら敦盛さんに会いたくて……! あー何度見てもやっぱり目の保養〜!」
「は、はぁ……神子が喜ぶなら幾らでも見ててくれて構わないのだが……」
 この困ったような敦盛さんの笑顔がたまらないのです。もう、胸をズキュンとやられてしまうのですよ!解りまして!?
「いやいやいやいや、九郎怒ってたんだろ? 誤解……じゃ、明らかにねーけど、一応言い訳くらいしてやれよ」
「言い訳することなんてないわよ。だって敦盛さんラブーなのは事実だもん。ねー敦盛さん」
 にこーっと笑って言うと、敦盛さんもにこーっと笑い返してくれる。将臣くんがはぁっと溜息をついたので、仕方ないから私も重い腰を上げた。
「解りましたよ、行きます、行けばいいんでしょ?」
「さっさと行って来い」
「はぁい」
 立ち上がると落ちた、あの人の衣。私はふふっと笑ってそれを拾い上げ、室を後にした。

「ったく、わっかんねー。何であんな別の男のことばっか言ってる奴がいいんだ?」
「そんなことを言っていても、将臣殿は解っているのでしょう?」
「…………まぁ、な」
「神子が本当に心から愛しているのは私じゃない。神子はいつだって彼だけを見てきた。だからこそ、私も戸惑わずに神子の傍に居られるのです」
「……お前って見てないようで見てるよな。さすがっつーか、鋭いっつーか」
「私は神子の幸せを願っている。もしも自らのせいで幸せが消えるようであれば、私は姿を消すだろう。けれど、そうしなくて済んでいるのは、本心から神子と九郎殿が愛し合っているからなのです」
「……結構言うな、お前」

「九郎さ〜ん、どこですか〜? 部屋に戻りましょうよ〜?」
 外に出た私は九郎さんの姿をすぐに見つけることが出来た。理由は簡単。高舘のいつもの場所で剣を振っていたからだ。
 鍛錬をしているといえ私から見れば何やら一人でいじけているようにも見える。剣を振っているのは、どうせまた己の中のもやもやした気持ちをはらいたいとか何とかなんだろう。
「九郎さん、戻りましょうよ」
「……先に戻っていろ、俺は戻るつもりは無い」
「……ふぅ〜ん、じゃ。私剣持ってないし、こんなカッコだし、終るまでここで待ってますんで」
 背中を向けたままこちらを向かずに意地を張った冷たい言い方に、私も意地を張り返す。
「……勝手にしろ」
「しますよ」
 それからきっかり小一時間、九郎さんは剣を振り続けた。
 さすがにそろそろ退屈だなぁと思い始めた時に、初めて顔を見せるようにこちらを振り返りながら、九郎さんが硬い表情を向ける。
「まだ帰らないのか?」
「帰りますよ、九郎さんが帰るなら」
「俺はまだ帰らん。先に戻っていろ」
「嫌ですよ、終るまで待つっていったじゃないですか」
「強情を張るな、春が近いとは言え、まだ夜は寒い」
「大丈夫ですよ、ちゃんと九郎さんのかけてくれた上衣持ってきたし」
 見せてから羽織ってにっこりと笑うと、九郎さんは少しだけ顔を赤くして勝手にしろといった。やっぱり敦盛さんに負けるとは言え照れる姿は可愛いと思う。 
「俺は、時々お前が解らんぞ」
「何でですか?」
「お前は敦盛と俺と……いや、やめておこう。こういうことを聞くのは男らしくない」
 九郎さんの言いたいことが解ってしまった私はくすくすと笑った。
 ヤキモチを妬く旦那様というのも、見ていて愛しさが湧くものだ。解っていて妬かせている、なんて知られたらやっぱり怒ってしまうだろうか。
「敦盛さんのことは好きですよ、普通に。敦盛さんは私にとって」
「あいどる、というものなんだろう。何度も聞いた」
「そうそう、解ってるじゃないですか」
 アイドルの意味は敦盛さんと出逢った頃に懇懇切切と語った。だけど、やっぱり九郎さんも不安なんだろう。私も逆の立場だったらきっと不安になるだろうから。むしろ殴っていると思う。
 そう考えると、私ってつくづく悪魔な性格だな。
「でもね、九郎さんは違うんですよ。アイドルなんかじゃなくって、私にとって九郎さんは……」
 剣を振る手を止めてこちらを向いた九郎さんに、私は抱きついた。
「大事な人。すごく大切な人。愛してる人」
 ストレートに言えば絶対彼が照れることを承知で言い募った。案の定、九郎さんは口をパクパクさせている。
「それに、こういうこと私からするのも、九郎さんだけですよ?」
 軽い音を立てて、唇を押し付ける。それはすぐに離したが、九郎さんを驚かすには十分だったらしい。夜目にも解るほど顔を赤くしている。
「お前は……!」
「えへ、嬉しい?」
「ったく……」
 前髪を掻き分けて、照れるのを隠すかのような九郎さんの態度に、私は微笑を浮かべた。
「九郎さん、帰りましょう? ご飯も食べた後なんだからあんまりエネルギー使うの良くないですよ」
「……風邪を引かれてはたまらんからな、帰る」
 すっかり機嫌が直ったらしい九郎さんに私も笑って頷いた。
「九郎さんってヤキモチ妬きですねー」
「や……! あのな!」
「うふふ、嬉しいなぁ、もっと妬かせちゃおっかなぁ〜?」
「……望美」
「怒った? 嘘ですよ、う〜そ」
「お前な!」
 九郎さんと繋いだ手を離さずに、私は笑った。騒いで硬い形相の九郎さんも無理に離そうとはしないし、余計に強く力を入れる。
 繋げる指が嬉しいの。繋がってるのは指だけじゃなくて、絡めたいのは小指だけじゃなくて。
 全てをこの人と共に在りたいと思った。
 だって、私はこの人を選び、この人も私を選んでくれたから。


 了




 
  20060808 七夜月

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