射光の丘 望美と出逢って、俺は変わった。いや、俺の存在意義までもが変わったと言っても過言ではない。 いつだって俺は前に立ち望美を守っていたはずなのに、いつの間にか隣に立ち、共に戦って俺は望美に守られていた。 あいつが呼ぶ声が好きだ。握ったら壊れてしまいそうな細い手首、それでも手のひらにはあいつが刻んできた歴史がそれを否定して俺に教えてくれる。いつも守ることばかり考えて時には無謀なことをして、それでも必死になって仲間を支え続けるお前に、俺はいつから惹かれてたんだろうな。 背中を共に預けて戦ったとき? 一緒に桜を見たとき? いや、宇治川でお前を見つけて瞳を見た瞬間かもしれないな。 怒鳴られても怯むことなく真っ直ぐな瞳を向けたお前を、俺は綺麗だと思ったのだから。 「望美」 楽しげに前を歩くお前の名を俺は呼ぶ。お前は振り返りながらあの時と変わらない眼差しで俺を見る。どこをとっても他の女性と変わらない、小さな肩を持ったお前は、みっともなく情けない俺を見ても幻滅せずについてきてくれた。 共に生きることを選んでくれたお前が居てくれるのが、俺の一生分の運だったと本気で思う。 「どうしたの? 九郎さん、疲れちゃった? 休憩する? モンゴルって広いですもんねー」 「いいや、何処に行くのかと思っていただけだ。そろそろ教えてくれても良いだろう」 「へへー、それは秘密です。っていっても、もう着きますけどね」 急ぐ必要はどこにもないのに、望美は子供のようにはしゃぎ早足になりながらも俺の手を優しく包み込む。それを幾分か強く握り返すと、望美が嬉しそうに目尻を下げた。 二人暫く無言で歩く。けれど、その無言は決して居心地の悪いものではなく、握った手の温もりから互いの熱が伝わり胸が温まる。この季節にもなると、ここでは息すら白くなるほどの寒さだ。 住居のある場所からはだいぶ遠のいた。今頃皆はまだ宴会を続けているだろうか。平地が広がる場所を横目で見ながらそんなことを思った。 「ほらほら、あそこ、ちょっとだけ小高い丘があるでしょう、あそこに連れてきたかったんです」 「丘……ああ、あの木が一本生えているところか」 望美に手を引かれ、その丘までやってくると、星と月の光に照らされて、薄っすらと輝き放っている一本の木の真下へと到着した。 「とっておきの誕生日プレゼントあげちゃいますから! 座って座って」 望美に促され、俺は木の根元へと座る。上を見上げれば木の葉の裏側が見えた。このような土地にこんな立派な幹を持った木が生えているのは珍しい。朝と夜は冷え込み、昼間とは温度差が激しいこの大地は今もなお、俺たちに自然の厳しさをぶつけてくる。望美もいそいそと俺の隣に座りこむと、寒いと言いながら寄り添ってきた。その肩を抱いてやり、温かいその身体で俺自身も暖をとる。 「望美、今日はありがとう。とても楽しかったし、何より嬉しかった」 誕生日、という概念がなかった俺に、望美は生まれた日を祝うということを教えてくれた。皆に誕生を祝ってもらうということは照れくさくもあったがそれ以上に嬉しかった。生まれてきて、大事な仲間と出会い、今俺はこうして望美の傍にいる。これ以上、大事な人には出会えないだろう。 「いいえ、楽しんでもらえて良かった。……わたしのときはどんなことしてくれるのか、楽しみにしてますからね?」 悪戯を楽しみにする子供のような上目遣いの望美に勿論だ、と答えながら微笑んだ。 「それで、望美ここに座ってどうするつもりだ?」 「白龍にね、聞いたんです。今日すごくいいものが見れるよって」 時折望美は風が吹くと、立ち止まって瞳を閉じる。今ならわかる、風を通じて神の声を聞いているのだと。 「いいもの?」 「はい、きっと九郎さんビックリしますよ! あ、ほら!」 指差した望美の視線を追っていくと、俺は目を見張った。 「九郎さんは吉兆だって思ってるかもしれないんですけど、でもわたし達の世界ではそんなことないんですよ。すごい自然現象なんです。こんな風に星が流れるのは奇跡なんです」 幾億ともつかない星が、地面に向かって降り続けていた。流れ星、というのだそうだ。雨のように幾つも…異質な光景であるはずなのに、隣に望美がいるだけで、畏怖を感じない。顔を輝かせる望美を見て、自分の顔まで綻んでくる。 「あ、言っておきますけど、あの星が本当に地面に落ちてるわけじゃないですから安心してくださいねー」 「それくらい、わかっている。馬鹿にするな」 「あははっ」 その額を軽く小突いてやると、望美は笑い声を上げた。そんな望美の頭を抱え込んで、胸元へ抱き寄せる。不意に目に付いた二つに結った髪を手に取り、結んでいた紐を解いた。シュルッと衣服を擦って落ちた髪を一房手に取る。 「出逢った頃よりも、ずっと伸びたな」 「そうですね、あんまり手入れとかしてないから、痛んできちゃったんで切ろうかなと思ってるんだけど…」 「そのままでいい」 この髪が見てきた歴史の中に、少しでも自分がいるのなら、まだ切ってほしくない。俺を選んでくれた望美が家族と離れて寂しくないわけがないのだ。だったらまだ、家族を覚えているこの髪が、いずれ寂しさが紛れるまではそのままの長さで望美が家族を思い出す手伝いをして欲しい。 大事に慈しんで、いつか家族の事で泣かなくなった時に、改めて切り過去と決別してほしいと思うのは、俺の行き過ぎた我儘だろうか。 「九郎さん、変なこと考えてるでしょう」 「なんだ急に?」 「わたしが帰りたいと思ってるんじゃないか?とか、そういうことです。何度も言ってるのに」 「しかしな、家族を思い出すことは悪いことじゃないだろう。お前に帰ってほしいと思っているわけじゃない、むしろ俺の我儘でお前を引き止め続けているからこそ、お前には笑顔で居てほしいと色々と考えているんだ」 「んもー! だから、それが根本的な間違いですってば。誰の我儘でここにいるっていうんです? わたしの我儘ですよ。わたしが九郎さんと一緒に居たくて、今ここにいるんです! 九郎さんの我儘なんかじゃないんです」 強く強く、望美は俺の腕に抱きついてきた。でも、その瞳はどこか自信なさげに揺らいでいる。ああ、こんな瞳を自分はさせてしまいたいわけではない。俺は望美を今度こそ抱きしめた。 「悪かった……不安になるな」 「なってないです」 「本当か?」 「うそ」 「お前という奴は……」 苦笑が滲み出て、思わず望美の顔を両手で覆った。その手に添えてきた望美の手は少し冷たかった。 「不安になったら、九郎さんが拭ってくれるんでしょう?」 「当然だ。というより、不安にはさせない」 「期待してますよ、総大将」 「今は何の肩書きも持ってない、ただの男だがな」 「ふふっ冗談ですよ、わたしは九郎さんがいればそれで十分。捨てたら呪って化けて出てやりますからね、覚悟してください」 「馬鹿、そんなことあるわけがないだろう」 信用されてないのかと眉を上げれば、ひゃっと目を瞑って望美が首を竦める。本気で言ってないことはもちろん解っていたので、その隙を逃さずに唇に触れた。 驚いた望美が瞳を開けて、俺を真っ直ぐ見つめる。言い訳がましいとは思いつつも、俺は赤くなった顔を見せたくなくて、視線を逸らした。 「不安にさせないんだろう?」 「そっぽ向いたら台無しなんじゃ…」 「いっ…言うな! 俺も少し思った」 「あははは! 自覚してたんだ!」 視線を逸らしても覗き込まれて、逸らしても覗き込まれて繰り返し行い、観念して俺は望美を真っ直ぐ見返した。 「九郎さん真っ赤ですよ?」 「笑うな」 「笑いません」 見返した望美の表情も照れたようにほのかに赤く染まっている。 二人で照れあって、一体何をやっているんだ、俺たちは。 それでも、望美の眼は柔らかい光を称えていて、俺はその光に近付きたくて顔を近づけた。望美の瞳に俺が映る。柔らかい光はそのまま俺の姿を包み込んで、そしてゆっくりと消えていった。 重なる口づけは何度も繰り返されて、冷たい身体を内側から温める。背中に回された望美の腕、衣服を握る手に強い力が込められて、俺も望美の身体を強く引き寄せた。 星は降り続ける。月が想いを馳せて幾度も涙を流し、大地がその涙を受け止める。俺はこの大地のような存在であろう。 望美、お前が望む望まざるに関わらず、俺はお前を離しはしない。 今日見たこの星々の涙のように、お前が涙を流すことがあっても、俺はそれを黙って受け止める。 一つ歳を重ねるたびに、こうしてお前といたいんだ。 俺に出来る全てをかけて、お前と共にあると誓う。 だから、ずっとそのまま笑って居てくれ。 真っ直ぐな瞳で、見つめて欲しい。そこに俺を映し続けて欲しい。 お前という希望に抱かれる俺を、いつまでも見続けていたいから。 了 モンゴルはこの時期、なんと夜などは氷点下を軽く超えるようです。−13度とかはざらだそうでw お前さんたち、いちゃこらするのは勝手だが、風邪引くなよ?といった感じです(やらせたのお前だろう) そんな感じで偶然にもネタが降臨したので書いてみましたw九郎さん、おめでとう! ワンパターンにしか出来なくてほんとゴメンネ? うん、反省はしてるんだよ? でもね、私の中でいちゃつき方って解らないんだ。ホント、どうやっていちゃつくの? だってこの人たちが「やだーもう、九郎さんったら☆」「ははは、馬鹿だな、お前は☆」 とかやってたら、周りの人間がこいつら病気か!?って疑うと想うのていうかまず作者が疑うと想うの。 や、言い訳ですね、すみません。 くろーさん、おめでとう!! 超おめでとう!! オメガおめでとう!!(?) 20061109 七夜月 |