私だけの居場所 後編 「ただいま」 「遅いっ! こんな時間になるまで、一体何をしてたんだ」 門に入った直後に怒鳴られて、望美は面食らったように止まった。だが、それが九郎であるとわかった瞬間、バツが悪くなり俯く。 「少し、浜に用事があったんです」 「なら、せめて一言いってから出かければいいだろう」 「それは反省してます、ごめんなさい。でも誰だって一人になりたいときくらいあるでしょう? 誰かに言ったら、危険だからってついてきて、一人になれないじゃない」 望美は自分が嫌な言い方をしているのはわかっていた。親切にしてもらっているのに、それを棚に上げて望美が言っているのは我侭だ。 「なら、せめてみんなが心配しないように早めに切り上げる努力くらいしろ」 「なっ…んですか、それ。心配かけたのは私が悪いですよ、でもそんな言い方ってないんじゃないですか? 早めに切り上げられるものなら、私だって切り上げてます」 「努力が足りないといっている。お前は白龍の神子なんだぞ。もう少し自覚を持て」 「自覚なら、十分以上に持ってます!」 神子として精一杯やらなきゃと毎日毎日怨霊を封印して剣を取り、戦い、普通の女の子のようにただそこで笑っているわけにはいかない。だから望美は今まで戦ってきたのだから。 言い争う声が聞こえてきたのだろう、声を聞きつけたほかの八葉たちが一人、また一人と姿を現してきた。 「どうしたんです、二人とも。先輩、無事でよかった」 譲を一度見た、望美は何とか笑みを浮かべるものの、九郎の言葉が頭に引っかかり上手く笑えない。 「自覚を持っている奴が、こんな風に仲間に心配をかけるものか」 「…………ッ! だとしても、九郎さんには関係ないことでしょう!」 「神子、血の匂いがする。怪我をしたね? 弁慶に見せたほうがいい」 白龍が厳しい顔をして望美に近寄ったが、望美はそれを拒むように一歩後ろに下がった。 「神子……」 「大丈夫だよ白龍、私怪我なんてしてないし」 「けれど神子……」 「大丈夫なら何故腕を隠す。見せろ」 九郎が望美の腕を掴もうとした瞬間。 「触らないでよ!」 パシッと九郎の手を叩き、はっきりと望美は九郎を拒絶した。九郎も望美のその言葉にぴたりと動きを止める。 周りに居た譲も白龍も思わず息を呑んだ。こんな拒絶丸出しな望美を見るのは二人とも初めてだった。 「怪我なんかしてない、九郎さんにも関係ない! 私のことは放っておいてよ!!」 完全な拒否。子供っぽい意地の張り方だが、それでも望美は言葉を止められなかった。ついでに涙が出そうになる。嫌だ、泣きたくない絶対泣きたくない。これ以上、みっともない姿をみんなの前に晒すのは嫌だった。 その時。 ゴンッ! 「おっと、わりぃ」 「いった……!」 望美の真後ろからやってきた将臣が、振り向き様持っていた木材を望美の脳天(後頭部)に直撃させた。 その痛すぎる攻撃に、別の意味で涙が零れてきた望美に、将臣は頭を撫でた。 「わりぃな、泣くほど痛かったかー、コブにはなってないみてぇだけど、まぁ、とりあえず中に入って冷やしてこいよ」 ほらっと、背中を押されて、望美は将臣の顔を見た。ふわっと望美が安心する笑顔を、将臣は望美に向けている。 そして気づく。きっと、望美が泣くのをこらえているのを、この長年の幼馴染は敏感に感じ取って助けてくれたのだ。 「……りがとう」 聞こえないほど小さな声で呟いて、望美は邸の中へ走って駆け込んでいった。 「何をあいつは怒ってるんだ……」 九郎は一切解らないと言いたげに、自分が伸ばした手を見つめた。 だが、拒絶されたことは思った以上に九郎にダメージを与えていたらしい。深く落ち込んでいる自分に、九郎はまた戸惑いを隠せない。 「さぁな、生理前じゃねーの?」 「兄さん!!」 将臣のデリカシーのない物言いに譲がたしなめるように鋭く叫ぶ。だが、将臣は言葉をとめなかった。 「でも、あいつが情緒不安定になってんのは本当だろ。ま、しばらく様子を見てやってくれよ。ああなったアイツを止めるのは俺たちでも無理だ」 「…………」 悔しいが本当のことなのだろう。譲も押し黙り将臣の意見に同意している。それらのやりとりを今までずっと黙ってみていた弁慶は静かに口を開いた。 「とりあえず、僕は彼女の手当をしてきますよ。コブになっていないとはいえ、頭ですからね。それと、腕の傷も確かめてきましょう」 「…………頼む」 九郎は視線を落として弁慶にそういうと、己は庭へと歩いていった。剣を構えて居るところを見ると、無心になって修行するつもりなのだろう。そんな親友のフォローをするかのように、弁慶は苦笑しながら呟いた。 「あれでも九郎は心配していたんです」 「それは俺らじゃなくて、あいつにいってやれよ」 今まさに邸の中へと向かった望美を指して、将臣は溜息をついた。 弁慶が失礼しますよ、と言って入った室では、望美がぼうっとしながら外を見ていた。 涙はもう、止まっているようだ。 「頭の具合を見せてもらえますか?」 「なんかその言い方って私が馬鹿って言われてるみたいです」 不貞腐れ告げた望美。弁慶の前ではもう、幾ら取り繕っても無駄だということが解っていた。 「ふふっ、だとしたら君は可愛いお馬鹿さんですね」 「否定はしてくれないんですね。……解ってますけど」 期待していたわけでは無いし、そもそも誰が見たって自分がとった行動は馬鹿だ。自分でも解っているだけに、落ち込む。 「しませんよ。人は誰でも、馬鹿なことをするものです。でも、もっと大馬鹿者を僕は知ってますから」 「大馬鹿者?」 弁慶は望美の後頭部に手を当てて、先ほどの衝撃でのコブを確認した。 「ああ、コブはそんなに大きくないですね。良かった……けれど、内出血を起こしてるかもしれませんので、今日一日は大人しくしててくださいね。寝るときに痛くなったら、遠慮なく呼んで下さい」 将臣が手加減してくれたのはわかっていた。痛かったけれど、でも自分を傷付けるよりもいつも守ってくれる人だから。 「はい、わかりました」 「さて、それでは腕の傷を見せてもらえますか?」 ギクッと望美の顔つきが変わったのを弁慶は見逃さなかった。極上の笑顔でもう一度「見せてください」と告げる。 渋々ながらに腕を出した望美は、袖をまくって患部を見せた。 「大したことは無いんです。紙で切ったような傷くらいだし、痛みもそんなじゃなくて」 「小さな怪我一つでも危ないんですよ。そういう時は僕をすぐに頼ってください。大事に至ってからでは遅いんですから」 弁慶に諭された望美は強く言えないので、小さくはいと返事をした。 「良かった……これなら一晩休めば治りそうです」 「はい」 薬を塗られ、上から包帯を巻かれて、望美はその作業を黙ってみていた。 「先ほどの話ですが、僕が知っている大馬鹿者は、心配してるくせにそれを素直に表に出せず、大切な人に辛く当たってしまうような人ですよ」 くるくると巻かれる包帯をじっと見つめる望美の視線が包帯に向かってでないことに弁慶は気づいたが、自分の言葉はとめなかった。 「へぇ、そうなんですか」 上の空な返事の望美に、弁慶は苦笑する。 「本当に大切だと思っているからこそ、余計に危なっかしいことをさせたくないんでしょうね。だから、望美さんもあの大馬鹿者も今回だけは許してやってくれませんか?」 「え? ええっ、それってもしかして九郎さんのことですか!?」 はい、終わり。と弁慶は望美の問いに笑顔で答え、ゆっくり休んでくださいねと言い置いて室を出て行った。 「……九郎さんが、本当に??」 何度も拒絶されてきたから余計に信じられない。 望美が取り乱して脳内をグルグルとしていると、じゃりっと音がして望美の室の前の庭にバツの悪そうな九郎が姿を現した。 「……何か用ですか?」 「まだ怒っているか?」 「今は怒ってないです。ただ色々と考えたいことがあるだけで」 自分でも驚くほど冷たい言い方をしてしまい、望美も良心が咎めて目をそらす。 「どうやら俺がお前に嫌なことをしたようだな」 「違いますよ、九郎さんが言ってることは正しいです。私がただ一人で期待しすぎただけなんです」 「期待?」 九郎は近寄る気配もなくただ一定の距離を保ったまま動かない。けれど、きっと望美の許可が下りれば近付いてきてくれるんだろう。そんな気がした望美は、そのことには触れなかった。今は間近で話せる勇気が自分には無い。一定の距離を保っていないと、己に潜む想いが外に溢れかねないからだ。 「私は、今まで九郎さんたちと戦ってきて、少なくとも信頼しあえる仲間だって思ってました。そしてそれはきっと私だけじゃなくて、みんな思ってくれてるって勝手に信じ込んでて。九郎さんが私を仲間とすら見てくれないことには気付かなかった。馬鹿ですよね」 「ちょっと待て、どういうことだ。俺はお前を仲間じゃないなんて思ったこと、一度だってないぞ」 「でも、九郎さんはいつだって私には関係ないってそればかりじゃないですか。仲間として頼りないから、そういってたんじゃないですか? 私は、仲間として認めてもらえてないからずっとそういわれてきたんだって思ってたんです」 仲間以外に、もう頼ってもらえる道は無い。今までずっと頼ってきた自分が、せめて少しでも九郎のために出来るのならば、仲間という道を極め続けるしかない。自分にとっては最高の……彼にとっては他の女性よりある意味近しい場所にいるために。 「それは違うぞ。俺はお前を信頼している。……お前には言ってなかったが、俺はお前を頼っているし、何より一緒に戦ってくれることについては感謝しているんだ。ただ、俺は口下手だし口が悪い。だからお前にも嫌な思いをさせてしまったのは反省している」 九郎は潔く自分の非を認めて謝罪した。望美も九郎が嘘をつかないことは知っている。だから、九郎が言っている事がすべて本心であるということもちゃんとわかっている。けれども、もう一度だけ確認しておきたかった。 「本当に、私は……仲間ですか? ちゃんと九郎さんを助けられている仲間ですか?」 「当たり前だ! それだけは、絶対にこの先、何があっても変わらない。俺とお前は仲間だ」 九郎の笑顔に、望美は泣き笑いを浮かべた。仲間として扱ってくれる嬉しいことのはずだ。だが、笑顔を見れば見るほどに、仲間以外の自分が存在しないことに対しての切なさが募る。 これ以上、望めない。仲間、他のどの女性<ヒト>よりも近い仲間。横に立てるなら、どんな形でも構わないから。自分だけの場所を、迷惑にならなくても、傍に居られる居場所を作るために。 「はい、私にとっても九郎さんは大事な仲間です……」 無理やり閉じ込めた想いを封じて、精一杯の笑顔を浮かべた。これ以上、どうにもならないものをどうにかしたいとは思わない。いつまでも、彼の幸せを願うだけだ。それしか、出来ないのだから。 想いなんて、消えてしまえばいい。この距離を邪魔するのなら、私はこれを捨てる。 さよならという言葉の代わりに、二度と会わないと誓おう。 割れたガラスが元に戻らないように、私の恋心も自らの手で粉々にしてしまえばいいから。 だから、お願い。誰もこの場所を奪わないで。 私が唯一、この人の傍に立っていられるこの場所を。 了 20070228 七夜月 |