もう一度 -First time- もう、触れることの出来ない笹竜胆。 触れようと手を伸ばせば葉がひらりと落ちた。 水を与えられず乾燥したそれは手で持った瞬間にパリっと音がして砕ける。 粉々となった葉は手に留まることなく砂のように零れ落ちる。 それを見ても、乾いた瞳は残像を残すことなく見送るだけだ。 全部が終った瞬間、望美の上に雨が降った。 枯れた笹竜胆を甦らせるには、遅すぎたスコール。 望美は胸元に光る龍のカケラを、強く握った。 誕生日プレゼント、知ってますか? 望美がそう尋ねたときに、九郎は首を捻った。 「知らないな。誕生日ぷれぜんととはどういったものだ?」 「誕生日に、贈り物をするんです。その人に生まれてきてくれてありがとうって意味を込めて」 「お前の世界の慣習か?」 望美は大きく頷いて、まだ不思議そうにしている九郎の顔を覗きこんだ。 部屋にいれてくれることはなくとも、近くに行くことは許された距離を存分に噛み締めて、にへらと気の抜けた笑みを浮かべる。 「そうです、九郎さんだったら何がほしいですか?」 「俺か……そうだな…突然言われても思いつかんな」 九郎が考えている間、そわそわしながら望美は待った。仲間は皆それぞれ休憩を取っている。熊野の怪異を調べる最後の手がかりを求めて、あちこちと歩き回っているが、なかなか目ぼしい情報が手に入らない。そんな折にとった、休憩時間だった。 些細な会話、でも女の子としては外せない質問。具体的に九郎の誕生日をいつかという話は聞いていないが以前に霜月辺りに生まれたという話を聞いた。あまり長くは一緒に居られなかったとはいえ、自分を産んでくれた母親のことをいとおしそうに話してくれた九郎がこの世に生を受けたことで少なからず意味を持っていることに喜びを覚えたものだった。 切り株に座っている望美は九郎に座るようにと、少し空いている隣を叩いた。拒否をしなかった九郎だからこそ、その隣に座って話を聞くことが出来る。 「思いつかないってコトは特にないってことですか」 「願い事は他人から与えられるものでなく、自分で掴み取るべきだろう」 「願い事とかそんな大袈裟なものじゃなくて、モノとかでいいんですよ」 「いらんな」 聞きたくてうずうずしてただけにはっきり答えられると、望美はそれ以上何も無いのかと脱力した。 「いらんなって……ほんっとに、いらないんですか?」 「いらん。俺は今恵まれている、兄上という素晴らしい方の下で、頼もしい仲間と平和を目指して奮闘する。その事実があれば十分だ」 「それじゃあ戦馬鹿ですよ。戦が終わったらどうするんですか」 「お前が聞くから答えたんだろうが」 怒るのを承知で挑発すると、望美の思った通り九郎はムッとしたようだった。 「だって気になったんですよ。ないって言われたら余計に気になるでしょう?」 「ないものはないんだ、諦めろ」 しつこいぞというように、九郎の片眉が上がった。望美はいつもの九郎の反応に満足して微笑んだ。 「じゃあわたしが見つけますね。九郎さんの欲しい物」 「見つけられるものならな、勝手にしろ」 「もちろん、勝手にしますよ」 売り言葉に買い言葉、いつも通りの応酬はその場限りの会話のつもりで自分を縛る何より大事な約束ではなかったはずだった。 「何故、この手を離したくないと思ってしまうんだろうな」 願い事は一つだと、彼の言葉に耳を傾けた。この手が離れれば彼はどうなるのだろうか、あるいは彼にはそれがわかっていたのかもしれない。だから、最初で最後の望みだと、その言葉を口にしたのかもしれなかった。 伸ばされた手を掴んだとき、見慣れた笹竜胆が揺れた。そして、力強い手がそのときばかりは弱弱しく望美の手を握り締めてきたのだ。 初めて知る、彼の持っていた弱さ。一体自分は今まで彼の何を見てきたのか不思議でたまらなかった。悲しかった。理不尽さに憤りが生まれた。 告げていない想いがあった。 約束を守ろうと心に誓ったのは、強く彼の願いが胸に響いたから。 死を悼むより、傍で生を祝いたい。 出来ればそれを未来永劫続けて生きたい。 お互いに顔中皺が出来て、声も枯れてのんびり喋るようになって、いつか来る本当の意味で二人が分かつそのときまで、ただ一緒に過ごしたい。 それが望美の夢となった。 「何故女が戦場に居る?」 不信そうに呟くその人は、望美を見るとすぐさま顔をしかめた。 望美が初めて出会った時のままで、頭の固い大将のお怒りを受けて望美は笑い声ですらあげそうになる。 だから、自然に込み上げる笑いを微笑みに変えて、望美は口を開いた。 「わたしは守りたいもののために戦うんです」 告げた言葉は誇張でもなんでもない。ただ、自分の夢を叶えるそのために、もう一度出会うところから始めよう。 「わたしの名前は春日望美、白龍の神子です」 もう一度、貴方が望んだことを叶える。 もう二度と、その手を離さない。 今度こそちゃんと約束を果たすために――。 了 BGM:「メグメル」(eufonius) 20071112 七夜月 |