つがい 「あ」と、散歩をしていた望美は木の上にとまる鳥を見て立ち止まった。先に歩いていた九郎はそれに気づいて数歩先で立ち止まり、肩越しに振り返る。 「どうした?」 あのね、と口を開こうとした望美は、鳥を驚かせないようにと口を閉じて木を指した。寄り添うように二羽の鳥がお互いの羽を突きあっている。仲が良いと言う人間の感覚を当てはめると、まさにそんな雰囲気である。九郎は視線を望美の指した方に向けてから頷いた。 「つがいだな。これからの季節は巣作りに最適だから、鳥も忙しいんだろう」 「つがいって、夫婦って意味ですか?」 「そうだ。子育て期間は人間よりも短いとはいえ、家が立派でなければ落ち着いていられないんだろう。だからこそ、巣作りは大事だ」 望美が考えていることと九郎の答えは噛みあっているようでかみ合っていない気がする。望美は九郎の言葉をゆっくりと飲み込んでから、ポンッと手を打った。 「九郎さん、つがいって意識したことはあります?」 望美の言葉を今度は九郎が飲み込めなかったのだろう。目を丸めた後に間抜けな声を上げる。 「つがいを意識する?」 「要するに、夫婦とか意識したことあるかなーって」 「意味がわからん」 考える素振りすら見せずに、九郎は即答した。望美は言い方間違えたかともう一度考える。望美が唸ったときは、九郎は根気強く待ってくれているのを知っているのでじっと九郎を見つめた。見つめ続けられて居心地が悪くなったのだろう、身じろぎしてからついに九郎は根を上げた。 「なんだ、言いたいことがあるならきちんと言え」 聞いてやるからと促されて、望美は単純に攻めることにした。どうせ回りくどい言い方をしても通じない朴念仁なのだ。 「つまりですね、夫婦になりたいと思った女性は居ますか?」 彼女がいましたか?という質問が適切でないことは望美もわかっている。だから直接的表現を使ったのだが、九郎は微妙と言う具合の表情をした。 「居る…が、お前がそれを聞くのか」 ああ、やっぱり。と望美は少し残念な気持ちになる。九郎は自分よりもずっと年上だし、望美よりも前に好きになった人がいてもおかしくはない。だが過去まで束縛するなんて望美には出来ないし、今は自分を大切にしてくれることは十分すぎるほどわかっているからその点を攻め立てるわけにもいかない。 過去は過去なんだしっ、と気持ちを切り替える。 「そうですか」 望美はそれで会話を終わらせるつもりで締めくくったのだが、九郎は眉を顰めてから不満そうに継ぎ足す。 「なんだ、文句でもあるのか」 「ありませんよ、というか九郎さんの過去の女性に口出しできるほどわたし常識ないつもりありません」 待て、と九郎から、声をかけられるまでもなく、望美の口は閉じられる。 「お前勘違いしてないか?」 「勘違い?」 聞き返すと、案の定望美の意図したことと九郎の考えは違ったらしい。その反応で九郎は望美がわかってないことを理解したようだ。 「お前が俺にした質問は『夫婦になりたいと思った女人がいるか?』だな?」 わざわざ確認してきた意味をなんら考えることなく、望美は頷いた。 「で、俺は『いる』と答えた。そして『お前がそれを聞くのか』とも言った」 「言われました、確かに言われました」 二度肯定して九郎に、ちゃんと理解している旨を伝える。だが、その情報だけで九郎の言いたいことまで理解して欲しかったらしい九郎はこれ見よがしに溜息をつく。 「俺は妻となってほしいと思ったのは後にも先にも一人だけだ」 言外のニュアンスを汲み取れということなのだろう。そこでようやく望美と九郎の考えが見事に一致した。望美のしぼんだ心に急に花咲いて春爛漫を感じるようなそんな心持になる。 「わたしだけ?」 「……そうだ」 その一言をもらって、望美の目元が赤らんだ。九郎は何が気に入らないのかごまかすように低い声を出して睨む。 「途端にお前は絞まりない顔をするな」 「えー、だって嬉しいんですよー。ふふ」 止めようにも勝手に笑ってしまうのだから、望美はふいっと横を向いて顔を隠す。九郎はまだ少し不服そうだったが、「それよりも」と話を切り替えた。 「なぜ、あんな質問をしたんだ」 問われてから、自分でも考えてみたが、よくわからなかった。望美はそれを隠そうともしない。 「なんとなく?」 「俺に聞くな、そしてなんとなくってなんだ」 九郎に頭を小突かれて、望美はへらっとした笑顔を浮かべた。 こんな風に二人で歩きながらつがう鳥を見つめる自分たちがいつまでもいいのに。その思いは言葉として形になることをせずに望美の深層に潜ってしまった。 だけど、言葉にするまでもなく、二人の共通の願いになっているそれは、今更表に出る必要はないのかもしれない。 了 20080906 七夜月 |