永久就職


 (お題部屋のミツ編の「潤い溢れる気持ち」の続きです)

 先輩と九郎さんが結婚するらしい。
「はあ……それは、おめでとうございます」
「ありがとう譲くん!」
 嬉々として喜びを俺に語る先輩を見て、俺は溜め息を押し殺して笑った。
 これで何度目の失恋だろうか。先輩の視線が他の男性に向いてもう何年も経つというのに、俺の心は未だにこの人に囚われたままだ。
 何を今更、予期していたこと…というか必然の事態ではないか。自分でもわかっているはずなのに、がっかりする気持ちが止められない。
「それじゃあお祝いに、何か作りましょうか。何がいいですか?」
「本当に? それじゃあ蜂蜜プリンがいいな!」
「京に居た頃にも作りましたからね。あれなら九郎さんも食べられますし」
「そう! 九郎さんもあれすごい好きなんだよ」
 それは知っている。普段からも俺の料理を褒めてくれる彼が蜂蜜プリンも例に漏れず褒めてくれていたのを覚えているからだ。
 こうなったらプリンに痺れ薬でも混入させて……いやいや、待て俺。犯罪者になってどうする。お祝いがサスペンスもビックリな殺人事件じゃ味気なさ過ぎるだろう。
「せっかくのお祝いですからね、腕によりを掛けて作りますよ」
 毒物を入れないようにするのに必死になりそうではあるが。
「本当!? ありがとう譲くん!」
 結局はこの笑顔には叶わないのだ。ああ、どうせなら申し訳なさそうな顔をしてくれればもっと別の道があったかもしれないのに。いつも先輩は笑って俺にお礼を言うから、俺は負けてしまうのだ。この人の笑顔を曇らせたら誰であろうと真面目にぶっ飛ばす所存ではあるが、それは当然自分も含まれているのだから。
 自分の祝福の仕方で彼女たちを祝いたいと思う。
「先輩が幸せになってくれるのは俺も嬉しいんですよ」
 本心だ。心からの願いでもあったから。先輩の笑顔が守られるのなら、守ってくれるのが誰であろうと構わない。
「だからとびきり幸せになってくださいね」
 俺の今言える、最大のお祝いの言葉。おめでとうよりもずっともっと重い言葉であると、先輩はきっと気付いていないだろうけど。


 望美と九郎が結婚するらしい。
「へえ、よかったじゃねえか。そりゃおめでとさん」
「随分と軽いな」
「いや、こうなることはわかってたしよ。改めて掛ける言葉なんておめでとうくらいしかねえだろ」
 むしろ不満気にこっち見られるほうがこっちとしては不満だ。あんだけプロポーズだなんだと悩んでたくせに、今さら何を言うか。という心境だ。こちらとしては丸く収まってくれたのでホッとしているというのに。
「その節は世話になったな」
「別に俺は何もしてねえよ。というか、ようやくじゃじゃ馬が巣立つかと思うと感無量な気分だぜ」
 ずっと妹のように面倒を見てきた幼馴染の結婚だ。感慨深いものが生まれるのは当然だろう。
「幸せにするぞ、俺は」
「……あのな、それは俺でなく本人に言えよ」
 危うく拭いていた皿を取り落としそうになって、俺は冷や汗をかいた。何を言い出すんだコイツは。前から読めねえヤツだとは思ってたけど、時折天然のように発するこの言葉の数々はなんとかして欲しい。……弁慶のヤツもこんな風に思ってたに違いない。
「それはもちろん、当人にも伝えることだが。お前にも言っておかねばと思った」
 生真面目にそう言った御曹司サマは、コーヒーをすすった。
 なんでいきなりそんなことを。まさか俺が望美を好きだとでも勘違いしてるんじゃないだろうな。そこまで考えて、頭を振った。恋愛感情かどうかは抜きにしても、自分が望美に対して特別な想いを抱いていたのは事実だ。それだけの時間を一緒に過ごしてきたのだ。
 幼馴染なのだ。ずっと一緒にいた。
 家族と同じ年月を共に過ごして育ってきた、妹のような存在。それが特別ではないといったらうそになる。
 恋愛感情があってもなくても九郎は関係ないのだ。俺にとって特別だった望美を幸せにすると、言いたいのだろう。
 本当に律儀なヤツだ。
「ま、幸せにするのは当然のこった。惚れた女を妻にするんだろ。男としての責任くらい果たせよな」
「当然だ。お前に言われるまでも無い」
 頭の固い返答に、俺は思わず苦笑を漏らす。
 おい望美、お前の選んだ男は実直で不器用だけど、すげー真っ直ぐなヤツだよな。嘘のつけない、俺なんかよりもずっと真摯なヤツだ。
「そりゃ安心だ」
 俺の言葉に九郎はふっと息を吐いた。表情を見たらどこかホッとしたようにも見える。俺なんかの反応一つにもこうやってこだわるんだから、本当にバカ正直というか真面目というか……どうしたってこれから望美はこの実直さに幸せを噛み締めることになるんだろう。むしろ望美の我儘に振り回される九郎の方が想像しやすい。
 そんな苦難の道なんて俺じゃなくても分かるだろうに、あえてそれを選ぶのだから物好きなやつも居たものだ。
「恋愛ってすげーのな」
 思わずそう言ってしまうと、九郎は顔を上げた。
「なにがだ」
「いや、こっちのことだ」
 自覚してないだけで、どれだけ自分たちがすごいことをしてるのか気付いていないのだろうか。たった一人、好きな女のためにこの世界を選んだ九郎。その九郎を守るために命を懸けて戦った望美。両方バカだが、それはとても好ましいバカに見えた。
 さしずめ俺が今悩むことはこれから始まるコイツと望美のこれからの苦難にどう手助けしてやるかだ。全部に手を差し伸べるわけにはいかない。それはもう一緒に生きると決めた二人の仕事で、俺はあくまで手助けだけ。
「まあ、頑張れよ」
 俺がそういえば、九郎は快活な笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、ありがとう」
 テレもせずにそんな風にお礼を言われては、こちらも茶化すことなんて出来ない。俺は自分でも気付かないうちに笑みを浮かべて、仕事へ戻った。


 了




 
  20091109(再掲載:20091124) 七夜月

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