また君に逢えるなら 振り返り、去り行く背中を哀惜の思いで見送る。見慣れた長い髪を揺らして、結局最後まで振り返らずに、望美は立ち去って行った。 そう、それでいい。 一緒にはいられない。だから、この選択は間違っていないはずだ。けれどこの男はいつも自分を惑わすことばかり言う。 「いいのか」 隣でいつの間にか同じように振り返っていた知盛が、将臣に問い掛けた。 「なにがだ」 わざととぼけるように答えると、くっ、と笑い声が聞こえてきた。どうやら将臣で楽しんでいるらしい。 「このまま幼馴染みと別れてもいいのか。もう会えないかもしれないんだろう?」 「どうしろってんだ」 「追いかけたらどうだ?」 知盛は面白いものを見るように、唇を歪めた。 「んなこと出来るかよ。あいつにはやるべきことがあるんだ。いつまでも一緒にいて保護者面なんか出来るか」 「したいのは、保護者面じゃない。……と、言うことか」 まるでお見通しであるかのように、知盛にそう言われ、将臣は押し黙った。 「お前も大変だな……。神子様には、いつだって幾人も守役が傍についているんだろう」 その瞬間、将臣の脳裏に譲の姿が浮かび上がる。望美の番犬としては最適な人材だが、いつしか彼が番犬からたった一人の望美の騎士になる日がくるかもしれない。 自分は傍にいないのだから、いつかそうなっても仕方ないとは解りつつも、胸を占める痛みを気取られないように、軽く受け流す。 「他人事のように言ってくれるな」 「他人事だからな」 「どうだか、お前も望美を結構気に入ったんだろ?」 「選択肢が二つしかないのなら……気に入らなかったとは言わない」 「……はぁ、素直に言えばいいだろ」 そこまで捻くれた答え方をしなくても、と将臣は溜め息をついた。 そんな自分を棚にあげて、知盛は続けた。 「欲しいなら奪えばいい。あいつの何もかもを奪えば、満足出来るんじゃないか?」 囁く知盛の言葉の響きは甘く魅力的過ぎるほどで、将臣は駆け出しそうな自分を振り切るようにいささか強く否定をした。 「そんなことしてどうすんだ。あいつの自由を奪うのが俺の望みじゃない」 「本当に…?同じことじゃないのか?お前の望みはあいつの全てを手に入れることだと、顔に書いてあるぞ」 「……アホくさ」 これ以上話す事はないと、将臣は踵を返した。 案の定、知盛はついてくる。けれど手に入れた玩具でまだ遊び足りないのか、雰囲気が話を終える事を拒んでいた。 仕方なく、将臣はもう少しだけ付き合ってやることにする。 「さっきから俺ばかり答えてるが、お前だったらどうする?」 聞かれっ放しは性に合わない。いざ切り返してみると、少し目を細めながらやはり楽しそうに知盛は答えた。 「俺なら奪う。……そして俺がいないと生きられないくらい、俺に溺れさせてみせるさ」 「大した自信だな」 あまりにも知盛らしい考え方に、呆れて苦笑してしまった。 「確かに俺はあいつが欲しい。けど、今はしなくちゃならないことがある。あいつを手に入れるのはその後だ」 「誰かに先を越されても……か?」 「その時はその時だ。あいつの幸せを祈るさ」 「ふっ……重盛兄上は相変わらずお優しい事で」 それが呆れである事は将臣にも解ったが、敢えて何も言わなかった。 この選択肢は逃げなのかもしれない。今掴まえても幸せにしてやれる自信なんか無いし、望美がそれを望まないだろう事は解っていた。 だから、臆病な自分を肯定化したいだけ。 けれども。 「チャンス、なんだ」 「ちゃんす?」 「そう。強くなったあいつに釣り合うだけの俺となる、絶好の機会でもあるだろ?」 「………………」 「今度会う時はもっと俺も強くなる。そして、全てが終わったその時に、あいつの全てをもらう。選択権はなしだ」 そう、選択権などいらないほど、いい男になればいいだけの話だ。常に隣を歩く事を認められる選ばれた人間になればいい。 そのために、今必要なのは望美との別れ。自分が幸せにしてやれる自信を得るための距離だ。 「俺には……理解出来ない」 「いいさ、理解して貰おうとは思ってない。俺の考えを押しつけるつもりもないからな」 これは将臣の考え方であって、別に他人にどうこうしようと言う気はない。一度だけ溜め息をついたあと、知盛はにやっと笑った。 「理解は出来ないが……そのいい男とやらになれるように、俺も祈ってやろう」 「ははっ、サンキュー」 理解出来ないというのに応援してくれるのだから、将臣は思わず笑ってしまった。 知盛なりの理解の示し方はいつも複雑だが、いつしか将臣にもそれが解るようになっていた。それだけの年月を過ごした、将臣にとっては八葉と同じくらい大事な仲間だ。 だが、やはりそこで終わらないのが知盛だったと言うことを、思い知らされることになる。 「手に入れて安心するのは自由だが……誰かに奪われないようにせいぜい気をつけるといい。俺は気にいったものは何でも手に入れるぜ」 こういう奴だと言う事を、うっかり失念していた自分に、思わず将臣は呆れてしまう。 「……それは忠告か?」 「さぁ」 上手くはぐらかされたが、こちらに連れて来ても、どの道心配の種は消えないことを将臣は静かに悟った。 この男の前に無垢な幼馴染みをさらすなら、まだ弟に預けておいたマシだ。 その沈黙をどう思ったのかは知らないが、ポツリと知盛が付け加えるように呟いた。 「なんにせよ…また、すぐにも会える。どんな形になろうともな」 「……そうだな」 知盛の言う通りだ。 きっとまた会える。だから、将臣もうかうかなどしていられない。今まで以上の努力と、何よりも早くこの戦を止めなければ、と決意新たに一歩を踏み出した。 待ってろよ、望美。次に会ったその時は、きっとお前のすべてを貰う。 そのために、俺はどんなことでもするからな。 それはいつか、自信を持って望美を迎えに行くために、何より必要なものだから。 了 20060209 七夜月 |