カウントダウン



 風呂に入って、まだ濡れているタオルを投げ出したままのベッドを背もたれにペラペラ雑誌を読んでいた俺のそばに、躊躇いつつも四つん這いで近付いてきた望美。珍しく部屋に遊びに来るなんて言うから入れてやったのに、さっきからたわいもない話ばかり。雑誌を読んでた俺は好き勝手させていたが、なんとなく本題についてはわかっていた。
「ねー、将臣くん。24日のことなんだけどね……」
 ほら来た。
 望美にしては妙に照れた様子で話しかけてきたと思ったら、なんのことはないクリスマスの予定だ。だから、俺はああと頷き返しながら当然のように返事をする。
「バイト」
「…………」
 望美の顔色が一気に絶望で青ざめた後に、怒りのために顔が真っ赤になった。怒ることも想定内だ。
「なんで!」
 むぅと強く口を引き結んで、こちらを睨んでる。予想通りの反応に俺は笑いをこらえた。
「当たり前だろ、この時期は稼ぎ時だ」
「わかってるけどさ、知ってるけどさ!」
 フローリングの床にアヒル座りで直接座り込んで、それきりだんまりを決め込んだ望美は拗ねているのだろう。抱えたクッションに力を込めて八つ当たりをしている。ビーズクッション特有のサラサラした音が耳に入った。
「あーあ、初めてなのにな」
 望美はツンと横を向いてしまったので、俺はふーんと流した。ちらちら視線がこちらに向いているが気づかない振りをして雑誌をめくる。
「付き合って初めてなんだよ」
 ホントのアヒルのように喚き立てる訳ではないが、その一言はちゃんと届いた。
 あんまりやりすぎても機嫌悪くするだけだし、虐めるのはこの辺にしておく。
「夜」
 一言で区切った。望美は顔を上げて怪訝そうな顔をしている。
「24日、夜からなら付き合ってやるよ。25日は一日中空いてるしな」
 望美の顔が段々明るくなっていく、ホントわかりやすい奴だな。
「ホント!?」
「ウソついてどーする」
「絶対だよ、約束だからね!」
 やったと喜んで脇から首に抱きついてきた望美の好きにさせてやりながら俺は雑誌を望美とは反対側に置く。
「……で?」
 望美の腰を引き寄せてにっこりと笑ってやると、望美は焦ったように離れようとするが遅い。ふわりと香るシャンプーの匂い、望美も風呂に入ってきたのだろう。離れないように、より一層腰を抱く手に力を込める。
「こんな夜更けに男の部屋に来るんだからもちろん覚悟はしてるよな?しかも準備の良いことにお互いに風呂にも入ったとこだ、湯冷めしたらマズいよな?」
「えええええ!ちが、ちがちがちが!ち〜が〜う!!」
 暴れる望美をそのまま床に押し付けて、慌てる様を見て思わず吹き出した。全部が全部顔に出るのでからかうととても面白い。そんな俺が不満なのか、望美はプンプン(本当に頭から湯気が出るかと思うほどだ)しながら、喚き立てた。
「どうせ子供ですよー!」
 俺を押しのけて立ち上がり子供のようにあっかんべーと舌を出しながら、部屋を出ようとドアノブに手をかける。
 そんな望美に俺は声をかける。
「望美、待てよ。忘れてた」
「なによ?」
 不可解そうな顔をしている望美に近づいてドアをあける。
「おやすみ」
 触れるだけの口づけをして、部屋のドアの前でぽかんとしている望美を置いて閉めた。
 閉めた後、数秒。ガタンと大きな音がしてからバタバタ走って階段を降りる音が聞こえた。
 含み笑いを漏らして、すぐに窓際に寄りかかる。目の前の部屋の電気がすぐにもつくだろう。
 ホームパーティじゃなくて、二人で過ごす初めての聖夜。
 24日までのあと数日、楽しみが増えた。






   20071223  七夜月











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